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思い出のカプチーノ

食に関して今までで一番衝撃だったのは、
20年以上昔、
イタリアで飲んだカプチーノだ。
大学の卒業旅行中に
立ち寄った小さなバール。
ちょっと休憩するだけだったのに、
その味が旅一番の思い出になった。

「こんなに美味しいコーヒーには、
もう二度とありつけることはないだろう」
そう思ったのだが、
それからすぐにありつけた。
スターバックスが日本に上陸したからだ。

初めてお店で飲んだとき、
少々値が張るが、
「こんなに美味しいコーヒーが
これからいつでも飲めるなんて」
と感動したものだ。

さて、それから20数年後。
とある春の土曜日のことだ。
その日は朝から雨で、
小学2年生の長男は、すっかり
外に行く気をなくしている。
散歩に行こうと言っても無視だ。

そういうときは何か食べ物で釣るに限る。
少し暑くなってきたので、
シェイクで釣ることにした。

しかし、駅に向かうと、
いつものファーストフード店は
多くの人が並んでいて、
少し待たなければいけなかった。

そこで、スターバックスのフラペチーノを
思い出した。かなりご無沙汰だが、
あれなら間違いはないだろう。

子どもにとっても初めての体験だ。
あの味を味わったら
どんな表情になるだろうか。
ワクワクしながら、スマホで調べてみると、
ちょうど、期間限定で
「ストロベリー フラペチーノ」が
販売中だった。
子どもたちはいちごが大好きだ。

スターバックスは幸い、
それほど混んでいなかった。
ところで、このお店は、
耳の聞こえない方が働いている。
注文も声ではなく指をさしながら、
注文をしていく。
慣れたもので、全然不便さは感じない。
スムーズに注文をすませて、カウンターで
ストロベリー フラペチーノを受け取る。

私はストローをさして長男に与えた。
トールサイズなのでかなりの大きさだ。
自宅に飲みながら帰ったが、
まだかなり残っていた。
しかし、よほど美味かったのだろう、
私が所用をすませている間に
飲み干してしまった。

ちなみにそれを見た、年少の次男。
自分も飲みたいと、妻と一緒に
スターバックスへ向かった。
あとで聞くとドーナツも食べたそうだ。

その日の夜。
いつも通りに、2人の子どもと
一緒にお風呂に入る。
スターバックスの味の感想が
聞きたかったのだが、

子どもたちから、意外な質問をされた。
「耳が聞こえない人は
しゃべられないんだね」

フラペチーノを頼んだ、あのわずかな時間、
子どもたちが新しい発見をしていたことに
驚いた。
大切なことだ、丁寧に教えてあげたい。

「そうだよ。生まれたときから
耳が聞こえないとね、
話すことも大変なんだよ。
人の声も自分の声も聞こえないからね」

子どもたちは納得したようだった。
そのときはっとした。
なぜ私はそれを
普通にわかっているのだろう。
ひょっとしたら子どものときに
教えてもらったからかもしれない。
しかし、もっと身近な体験があったからだ。

大学のとき、耳の不自由な友人がいたのだ。
聞くことも話すことも不自由。
私も周りも手話はできない。
彼と会話するときは、筆談をするか、
口の動きをゆっくり見せながら話した。
読唇術というやつだ。

ただ、恐らく必死に訓練したのだろう、
卒業する頃には、何となくの
発音ができるようになっていた。
たどたどしいが、筆談中に声を出す彼。
こちらも筆談をやめて、
「わかったよ」とゆっくり声に出す。
彼の顔から笑みがこぼれた。

実はイタリアの卒業旅行も、
彼と一緒に行った。
確か海外旅行は初めてだった気がする。

入国審査、横断歩道、ホテルなど、
日本とは勝手が違うはずで、
彼は苦労をしたはずだろう。

ただ、あまり気をつかった記憶がない。
普通に連れまわしていただけだ。
彼が苦労を見せないように
気をつかったからか、
私が無頓着だったからか。

旅行のあと、改めて
彼から感謝のメールをもらったとき、
何もしていないのにと気恥ずかしかった。

あのイタリアのバールも一緒にいたはずだ。
彼の分は私が頼んだろうか。
いや、きっと彼のことだ。
メニュー表を指さして頼んだことだろう。

ローマの石畳の広場に佇む小さなバール。
異国情緒にあふれた景色を見ながら、
友人と一緒にコーヒーを飲む瞬間が
鮮明に蘇ってくる。

あのとき飲んだカプチーノの味は、
一生超えられないだろう。
思い出させてくれた、
子どもたちに感謝だ。

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