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「会計リテラシー」について

簿記の資格を持っていても、会社で経理の仕事をやっていても、本当のところ、ちゃんと会計のことを理解しているのか怪しい人は少なくない。

僕自身もそんな感じの人間であった。

大学生の頃に、独学で日商簿記2級までは取得していたので、自分はそこそこ会計のことは理解していると思っていた。

銀行に入って、取引先を担当するようになって、実際の財務諸表を見て、その会社におカネを融資しても大丈夫なのか否かギリギリの判断をしなければならない立場になってみて、実は自分が何もわかっていないことを悟った。

複式簿記というのは非常によくできている。ゲーテが、「複式簿記は人類の最も見事な発明の1つ」だと言ったとされるが、本当は、『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』という小説の中で、登場人物がそのように言っているにすぎない。それでも、非常によくできているのは間違いない。

何がよくできているかといえば、1つの取引を、「貸方」「借方」の両サイドから見ることで、「資産・負債」「損益」「現金収支」の3つの側面から同時にとらえることができることである。

単に仕訳ができたり、計算問題ができても、あるいは経理実務として会計ソフトが操作できたとしても、それぞれの取引が、どのように作用して、「貸借対照表(B/S)」「損益計算書(P/L)」「キャッシュフロー計算書(C/F)」にどのような影響を及ぼすのかが有機的に、あるいは相互連関的に理解できなければ、会計のことがわかっているとは言えない。

若手銀行マンの頃、業績の芳しくない取引先企業の決算書類をひっくり返しながら、前期のB/Sと当期の資金計画を並べて眺めつつ、今期末の予想B/Sとか予想P/Lを作成したり、損益上の利益が改善しても、資金繰りが破綻することに気づかされたりと、切れば血が出るような生々しい教材を使って、あれこれと勉強させてもらったおかげで、ある時分から、「財務3表(B/S、P/L、C/S)」が頭の中で相互にリンクしながら動き出すようになったのを覚えている。それまでは、「単にわかったつもり」になっていただけだったのだと、今ならばよくわかる。

会計リテラシーは、ビジネスの世界に身を置く以上、どんな部門で何を担当しようが最低限のことは身につけておくべきである。とはいえ、経理とか財務を直接担当するのでなければ、会計に関して職業的にマスターする必要はない。会計規則はどんどんと改定されるし、専門的な知識を常にブラッシュアップするためにはたいへんな労力を要する。そんなことよりも、基本的な考え方とか勘所さえ理解できていれば、あとは都度、必要に応じて勉強すれば済むし、わからなければ専門家に訊けば解決する。騙されない程度に基本的な仕組みが「腹落ち」していることが重要なのである。

社会人が会計のことを自学自習しようと思って、大学の先生が書いたような難しい本にチャレンジしても、たいていは挫折する。かといって、簿記の資格を取得するのもおススメしない。

大切なのは、「財務3表(B/S、P/L、C/S)」の相互連関的な仕組みをザックリとでも、しっかりと理解することである。それさえできていれば、大げさかもしれないが、会社というものが何をやっているところなのか、それこそ手に取るように、おカネの動きから理解できるようになるのである。

僕のおススメの参考書は、國貞克則著『財務3表一体理解法』(朝日新書)である。銀行時代に部下(かつての自分自身みたいな若手担当者)に必ず読ませるようにしていた。はっきり言うが、ものすごい名著である。本書をちゃんと勉強したならば、他の本を何十冊読むよりも、財務諸表を実感として理解できるようになることは請け負っても構わない。

少なくとも、減価償却費とか〇〇引当金とか言われて、おカネの出ていく経費だと思ってみたり、社内留保と言われて、そういう現預金がどこかに置いてあると思ったりするようなことはなくなるはずだし、同じ金額の売上が立つにしても、掛け売りの場合と、現金回収の場合とでは、企業にとってまったく意味が違うことについても理解できるはずである。

そんなの勉強するまでもなく当たり前だろうと思うかもしれないが、大新聞の経済欄の記事でも、その辺りの理解がどうも怪しい記事が散見されるのである。先日も当社の新規事業部門の責任者と会話をしていて、損益と現金収支の違いについて、彼がどうやらちゃんと理解できていないらしいことに気がついた。もちろん指摘はしなかったが。

したがって、本書をマスターするだけで、普通のサラリーマンでいえば、いきなり偏差値60くらい(上位2割弱)に躍り出るくらいはもしかしたら可能かもしれない。それくらいにスゴイ本である。

最初に出版された時は、1冊にコンパクトにまとまっていたが、版を重ねるごとに中身が充実した結果、現在は「基礎編」「発展編」の2分冊になっているもの。

内容としては「基礎編」をしっかり勉強すれば、「財務3表」の基本的な考え方については十分にマスターできる。

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