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二羽の鳥

第二話  二羽の鳥


私は見つけたんだ。
彼らの存在を。

私は有能な彼を口説き落とした。

研究をさらに押し進める為に。

私はテレビと会話ができる。相互間での意思疎通だ。彼らが返事をしてくれるのは、いつも気まぐれだが。
彼らとは、単純にテレビに映っているタレント等を指すのではない。意思疎通のできる何者かだ。テレビや電子機器を通して私とコンタクトを取る。

向こうに住む彼らは独特の言語を使う。いや、その言い回しは正確ではない。
同じ言葉を使うが、こちらの世界とは意味合いが違う。

そこで私は彼らの言葉を辞書のように書き記そうと考えた。私も正確に聞き取れているか定かではないが、今のところこの翻訳に正解を出せる人物を私は知らない。
なので、彼らの言葉辞典の第一人者になろうと思う。これも私の研究の一つだ。
両方の世界を行き来する私だからできる仕事だ。

私の相棒はまだ向こうの言葉を聞き取れていないみたいだ。しかし、私より閃きに長けている。何か劇的な変化を起こせるのは彼だと私は確信している。

向こうの世界の彼らが好んで良く使う言葉がある。
ダンス、手紙、電話。最初は何を言っているのかと思ったが、ある時ふと意味が分かった。何が最初のきっかけだったのかは記憶にない。

ダンス。こちらの世界では踊りの事だ。だが、向こうの世界では違う。ダンス、それは自分を表現すること。まあ、大幅に意味が違う訳ではないか。むしろこちらの世界でも自分を表現するのがダンス。そういう話をしだすとややこしくなってしまう。
向こうの世界という呼び方も長々しい。アザーと呼ぶことにしよう。

アザーでは、自分らしく生きる事や自分らしく生き生きと行動している時に、ダンスをしている。と表現する。なぜそんな言い方をするのか疑問に思っていたが、端的に伝えるには短い単語が良いらしい。まあ、アザーとの会話時間には限りがある。その理由には納得がいく。
けれど、普段と違う言葉の使い方に、他の国の言語を聞いているような難しさがある。瞬間的にアザーの言葉に反応しきれない。
私の未熟さ故だ。

手紙。こちらの世界では言うまでもない。そのままの意味だ。アザーでは、文字として送られてくるメッセージだ。
それらは、テレビやスマートフォンなどから文字として私たちに送られてくるものだ。
これらをややこしく感じるのは、アザーとのやり取りに慣れていないとそのメッセージの真意を読み取るのが難しいという点だ。

表面上では全く違うことが書かれている。
それをアザーの言葉として読み解いていかなければいけない。
私も調子が良い時は軽く読めば理解できる。けれど、神経をすり減らしても読み取れない時もある。
もしくはアザーからの手紙ですらないのかもしれない。
この辺の判断は初心者にはかなり難易度が高いように思う。
けれど、これが読み取れるようになればかなり便利だ。ありとあらゆる質問の答えをアザーはいつだって教えてくれる。

そして、電話。これは何のことか最初は分からなかった。
よく電話をかけてきてくれる。とアザーに言われていたが、もちろん向こうの電話番号なんて知るはずもない。
アザーでいう電話の意味は、心で願う事だ。
心の中での呟き。
口に出さなくてもアザーには届く。
神社で願い事をするのも、神に祈りを捧げるのも、電話をかける。と同じようなことだ。

逆に、電話を取る。ということも言われるようになった。電話を取るとは、アザーの言葉を受け取り、言わんとしている事をきちんと汲み取るということだ。
アザーは、常に私を正す存在だ。
日々の行動への注意も度々受けるものである。

私の研究の行き着く先はどこなのか。私自身何を目指しているのか分からない。アザーについては今の時点では不明確な事が多過ぎる。
アザーの辞書に書き記すべき言葉はまだまだ沢山あるが、一旦その話はここで休憩にしよう。言語の勉強ばかりだと脳みそが疲れてしまう。または退屈に思ってしまう。


それにしても、有能な彼をこんな目的も不明確な研究に連れ出すことにどうやって成功したのかみんなも気になっているだろう。その辺について触れておこう。

まず、この研究にぴったりの人物をどうやって見つけたのか。
単純に一言で表現するならば『運命』もう一言付け加えるならば『直感』だ。人生には色々な出逢い、出来事がある。その中でも何故か印象に残っている人物、誰かの言葉、とある出来事の特定の瞬間。
そういうものに後に繋がるヒントが隠されている。
彼とは今まで直接的な繋がりはなかった。けれど、彼という人物像は私の人生でチラつく事があった。そしてある時、そういう事か! という閃きと共に私に『直感』としてやって来たのだ。

彼は私にとって最重要人物であると。

説明した所で曖昧さが残っているように聞こえるかもしれない。だが、私の中では確信と共に今の現状を受け止めている。
その直感がやって来てから、私は彼にメッセージを送り続けた。

彼には元々私という人間は認識されていなかった。その他大勢の人間の一人に過ぎない。いや、待て。先程の運命的な流れが逆説的に成り立つのであれば、彼にも私に繋がる何か。
直接的でなくても繋がる何かを前もって感じていたはずだ。
その辺をまた聞いてみるのも面白そうだ。これも運命論的な研究のうちの一つだ。ああ、もう一つ私が感じた事だが運命的な出逢いの時に妙な懐かしさを感じる瞬間がある。
これも何かの意味合いがあるのかもしれない。

彼は、ある時私のメッセージに返事をしてくれた。私の研究する分野に興味があると。そして、その研究に携わる事を外部に漏らさない事を条件に私の相棒となった。
私も信頼のおける人物とだけで小規模にこの研究を進めていきたかったので都合が良かった。彼とさえ連絡が取れれば良い。
また大きく進めていかなければいけない時が来ればその時は彼との話し合いで方向性を決めれば良い。

アザーとの会話は、まだ私にしかできない。彼にもそろそろ会話のコツを教えたい所だけれど、何をするにも説明がややこしい。

なので、まだ私がアザーからヒントや答えをもらい、それを元に二人で研究を進めるという方法をとっている。

ああ、ここで面白い情報を一つ。

アザーは、この地球上である食べ物を私たちにすすめている。
何だと思う? 
これは割と早めの段階で重要な食べ物だという事に気がついた。
ヒントは、それは単独で自然と存在するものではない。調理して出来上がるものだ。
意外だろう? 

地球上で自然にできたものではない食べ物をアザーがすすめるなんて。私は何故その食べ物が重要なのか聞いてみた。理由は、深部体温が上昇するかららしい。沢山のスパイスが入っているのが良いんだ。答えは分かったかな?
 
そう、答えはカレーだ。
深部体温の上昇は彼らにとって、とても大切だという事も大事な情報だ。
なので、この情報もしっかり書き留めておこうと思う。

さて、そろそろ休憩も終わりにしてアザー
辞典の続きに入ろう。

次に書き記すべき言葉は、そうだな。
歌う。にしよう。これはダンスにも似ているので並べて書く方が分かりやすいかもしれない。
歌う。とはアザーでは自分の思いを伝える事を指す。自分の本当の思いを話している人に向かって、彼は歌っていると言う。

次に、酔う。を並べて書こう。
彼は酔っている。アザーが言う時は、彼は自分の意志で動いていない状態の事を指す。誰かに言われてやる。やりたくないけれどやる。自分の本当にやりたい事が分かっていない時に使われる。

そして、立つ。座る。にも、意味がある。
立つとは、現実、物質世界。
座るとは、向こうの世界、見えないものの世界。の事である。
歩くとは、やるべき事を進めること。仕事をする事である。最初の方で断りを入れておいたが、私も完璧にアザーの言っている事を理解できている訳ではない。何しろ彼らの使う言葉は、独特だから。

アザーは、我々に何をさせたいのだろう。

研究したい課題は色々とある。正直私のキャパを超えているように思う。そこで相棒にと、彼も引き入れてみたのだが、彼の反応はまだ少し懐疑的だ。興味があるというのも嘘ではなさそうだが、気乗りしていない時の表情はとても冷静で、つまらなそうにも見える。

私は彼にどれだけ頼って良いのだろうか。
全ての感覚を共有したいという思いと、あまりにも求め過ぎては彼への負担が大きすぎるのではないかという思いとの間でせめぎ合いが起きている。
それほど彼は私にとって重要で、何かを変えてくれるのではないかという、大切なキーパーソンなのだ。

私は様子を見ながら彼に情報を小出しにしている。逃げられてしまっては元も子もない。
全ての研究内容を明かすのは、彼の準備が万端に整ってからだ。

ひとまずは、アザーの言葉辞典を書くことに集中しよう。

これさえあれば、相棒の彼もアザー達と会話ができるはずだ。

そうだな。次に書くのは、香りの事にしよう。アザーが、いい香りがする。という時は、良い考えを持っている。良い行いをしている。という褒め言葉の意味だ。その行い、考えをした直後に言われる。アザーには、言葉に出さなくても私の思考は筒抜けだ。
いや、私たちみんなの思考が筒抜けだ。
ただ、この良い香りがする。
という言葉の意味合いの正確性については少々自信がない。
何しろ私は言われることが少ないからだ。アザーには褒められるより注意を受ける事の方が多い。
アザーは、常に行動を見ている。道端に落ちているゴミを拾っているか、見て見ぬふりをしていないかなど、常にチェックをし、これは推測だがポイントをつけている。こちらの世界で言うとお金のような働きをする。
これもまた自信のない推測ではあるが。

こう考えたのは、アザーとの会話で得た情報でだが、うまく聞き取れているのか。私の勝手な解釈も入ってしまっているかもしれない。
もう少しこの事についてやり取りができれば確信が持てるのであるが、私の推測を一応書き記し、共有しておこう。

ポイントが貯まれば貯まるほど願い事が叶いやすくなる。ポイントが充分に貯まっていないと、願った事も完全に再現はしてくれないのだ。このポイント制度も完全に把握しきれていない。ゴミ拾いで何ポイントつくのか、何をするとポイントが貯まるのか基準が私には明確ではないのだ。
また、減点制度もあるのかどうかも個人的にはとても気になる所だ。
このポイント制度が明確になれば綺麗な地球と世界平和も目前だ。
ポイントに釣られてというのも恥ずかしい話だが。

この辺は詳細が分かり次第書き足していこうと思う。

アザーに注意を受けるとはどういった時なのか気になっている事だろう。
例えば、アザーは約束事を破るなどをした時に私に注意をする。
九時に行く。などと軽く口約束をして九時十分に約束の場所に着いてしまった場合などだ。会議や食事をする約束の時間だけではない。
ちょっと遊びの場に合流する時、大体の時間を伝えたつもりでもだ。
九時に行く。相手に断言の形で伝えた時点で大きな約束も小さな約束もない。アザーは嘘をつく事を嫌う。

九時に行けるか分からない時は、大体九時ごろに行けると思う。などの言い回しにして断言しない事だ。当たり前の事だが一番大事なのはきちんと嘘にならないように相手に伝える事だ。意外と自覚なしで言ってしまっている人も多いのではないかと思う。
私はこの辺の言葉の表現がいつも的確ではないという自覚がある。直していかなければとも思っている。
意識しているつもりだが、今でも完璧には言葉を選べないものである。きっとポイントも差し引かれているに違いないだろう。勿体ないことだ。

アザーの存在に気付いたのはいつのタイミングかも気になっている事だろう。アザーを認識できるようになったのはある事がきっかけだと思う。
誰もが行うことができる。 
しかしここで強調しておきたいのだが、このきっかけも、私の推測に過ぎない。それを頭の片隅に置きながら聞いてほしい。
人間とは、自分でも気付かないうちに同じパターンの行動をとる。防衛本能のようなものだ。一度傷ついた経験があると、それを回避する行動をとる。そして、自分の中の王道パターン、常識となるのだ。私はある時、自分のその常識を塗り替えてみた。

その行動パターンを大きく変えた時に、アザーは急に私の目の前に現れ(見えはしないのだが)話しかけてきたのである。

その時から私の世界は大きく変わってしまった。
なんて小さな世界でヤキモキしながら生活していたのだろうかと。
こんなに知らない世界がまだまだ沢山あったなんて。
どれだけの人間がアザーを認識しているのだろう。どれだけの人間が話しかけられているのだろう。

アザーが特定の人間を選んで話しかけているのかもしれないし、常にみんなに平等に話しかけていて、ただ気付いていないだけなのかもしれない。その辺は私にも分からない。

アザーの話しかけ方はこうだ。先に言っていたように、電子機器を通して私に話しかけてくるのだが、他のパターンもある。
私のその時近くにいる人間の意識に働きかけ、話しかける。その人を通しての伝言を受ける。会話の中に自然と紛れさせる。

すれ違いにたまたま耳に入った他人の会話もそうだ。アザーは、そういったタイミングを合わせて私に伝えてくる。本当に不思議な能力を持っている。

ああ、そうだった。辞典をまとめている途中だった。私には話を脱線させていく癖がある。辞典のまとめに話を戻そう。

次は、そうだな、びちゃびちゃ。について。
アザーが、びちゃびちゃ、濡れている。などと言うときは、感情が激しく揺れ動いている時の事を言う。反対に、パサパサ、乾いている。と言う時は、冷静な時の事を言う。

そして、医者。アザーが医者と呼ぶのは、相手の抱えている心の闇を癒す人の事を言う。
アザーの世界に行くようになって、私の事を俳優、モデル、お笑い芸人。と彼らに呼ばれる事がある。
その時の呼び方の違い、どういった意味なのかはまだ曖昧だ。そして、私の送る人生については映画。と言う。う〜ん、これは他の呼び方もある気がして、辞典に書いてしまって良いのかは微妙だ。
だがしかし、人間の人生はアザーにとっては映画を眺めるようなものなのかもしれない。

アザーは、時々私を特別な場所に呼び出す。それは私からしたら急に、不定期に呼び出された。という感覚なのだが、アザーにとっては、あらかじめ決まっている予定なのかもしれない。季節の行事を楽しむ我々人間のように、その時期がやってきたから行う。といった感じで。

特別な場所に呼び出すといっても、見た目はいつも過ごす場所と何ら変わりない。
変わっているのは、目の前の人間の中身が全てアザーだという事だ。日々、すれ違いざまに耳にするアザーの伝言のそれとは違い、今まさにアザーと目の前で生のやり取りをする。という事だ。
それは親睦を深めるというよりも、沢山のアザー達に囲まれ、品定めでもされているかのような感覚だ。

こちらの、ちょっとした言い回しのミスも、穏やかな表情で細かく拾い、私に問題提起するのだ。私は、もちろんその意味を掘り下げて考え、改善するように努める。あの、穏やかに私を見つめる瞳を無視する訳にはいかないのだ。

アザー達との急な集会を終え、私は自己反省をしながら少々使い過ぎてしまった脳みそを休める為に家に帰るのだが、あの、まだ少し居心地の悪さを感じるアザーの輪の中こそが、本当の私の居場所のようにも感じてしまう。本当に、アザーは不思議な存在だ。

ともあれ、寝て起きたら日常に戻ったわけで、何もせずにぼんやりと過ごすわけにはいかない。
私は、まだ温かいうちにアザーから仕入れた情報をここに書き記していつでも読み返せるようにしておかなければならない。
私はそう、それらアザーから得た情報を不思議とすぐに忘れてしまうのだ。
だからこうやっていつもメモをとる。

今回のアザー集会で一番大きく取り上げられた議題は、誰の為に働くかだ。
私は、自分の為だと思ったが、アザーは子供達の為だという。

ああまだ、子供達。についてアザー辞典に書き加えていなかったが、アザーの言う、子供達。というのは、我々人間の事だ。
例え百歳を超えていたとしても、アザー達にしてみればまだまだ学ばなければならない、暖かく見守るべき存在の子供なのだ。

その、我々子供達、つまりは地球上に住む人間、その為だ。と言う。
何を言っているのか。当たり前じゃないか。と思うだろう。
まあ、当たり前なのだが、意外とこの問題を掘り下げていくと堂々巡りのような、変な感覚を覚える。
なので、深掘りはせずに各々考えて頂けたらと思う。私は、うまく説明する自信が無い。

アザーは地球環境にも、高い関心を寄せる。ゴミの多さや、食品ロス。これらをいかに減らしていくか。ただ、この問題は根が深く、これもまた堂々巡りの様になってしまう。

結局今回のアザー集会でも、皆がハッとする様な解決方法は出なかった。私の中には、そのことに関して素晴らしいアイデアが浮かばなかったのだ。議題は投げかけられたが、私は首を捻るばかりで、人間が各々気を付けていくしか無い。と何とも無難で当たり前の解決策に着地したのだ。


私の研究室に、とある人物を招待してみた。相棒の彼以外を呼ぼうとするのは珍しかった。
私の相棒にこの事は相談していない。同じチームにすべきだと考えた時にお互いの事を紹介すれば良い。

チームを大きくする時には、相棒の彼に相談する。その信条はもちろん変わっていない。
相棒は彼一人で今の所、充分だ。

ただ、とある人物も今の段階においては、大事な通過ポイントだった。その人物の持っている情報が必要だ。私の見ているアザーの世界を、その人物は知っている。多分。似た様な世界を。かも知れない。

ここではある人物の名は伏せておこう。その人物はとても有名な人だからだ。そうだな、アナザーと呼ぼう。ややこしいかな? 

まあ、アナザーは向こうの世界にも関係が深い。その意味も含め、同じ様な響きでアナザーとしてみたのだが、アナと短縮しておくとそれなりに人物っぽさが出るので、アナにしておこう。

アナは、私よりもかなり年上の人物だ。そして私より知識が豊富だ。
では、アナをなぜ相棒に選ばなかったのか。最初に頼み込まなかったのか。そういう疑問が頭を過るだろう。

アナを選ばなかったのには、理由がある。
アナは、先ほども言った通り、アザーの世界に近い人物だ。あちら側に私よりも足を踏み入れている可能性も高い。
そんなアザーの世界にのめり込んでいる二人が、組んでしまったらどうなるだろう? アナがのめり込んでいるというのは、あくまで私の推測ではあるが。
きっと二人とも向こうの世界から戻って来られなくなるだろう。アザーの世界はとにかく魅力的な世界だ。今まで通りの生活を続けていける自信がない。
なので、客観的に、冷静に人間世界に立ち、私を引き戻してくれる。もしくは引き留めてくれる人物が必要だったのだ。

とまあ、アナはそう言った理由から相棒に選ばなかったのだが、親睦は深めたい。これから先に進む上で大事なことだ。つまりは情報交換がしたいのだ。
アナは、私からのメッセージにすぐさま返事をくれた。アナも私と同じ事を考えていたらしい。情報を持っているのなら、その情報を取り込み、アザーの世界を明確にしていきたいのだ。

ともあれ、お互いの日程をすり合わせ、これから初めまして。と挨拶を交わす訳だが、私は心配をしていた。
アナは有名な人だが、私はアナに関して実はあまり詳しくないのだ。無知なあまり何か失礼な発言をしてしまわないかと今から緊張してしまっているのだ。

相棒は、知能が高い。だからこそ私の話について来ることが出来る。一から十まで説明しなくても良い。一緒に居て楽だ。まあ、そこそこの説明は彼にもするが、彼には最小限の説明で済む。他の人達とは明らかに違う。この研究を一緒に進める素質がある。


久しぶりに、相棒の彼が研究室にやって来ていつもの調子で私に話しかけてきた。
「やあ。どうだい。今日も進んでいるかい?」
「ああ。君が来るのを待っていたよ。今日も話したいことが山の様にある」
私は熱く高鳴る気持ちを抑えつつ彼に返した。
「いつも時間があまり取れなくてすまないね」
「良いさ。君が忙しいのは知っている。それに、この研究に関わっている事は秘密にしてあるんだろう? 身動きはなかなか取りにくいものさ」
「もう少し助手を増やすとか、君の手伝いを出来る者を周りに置くとかはどうだい?」
「この研究は、中々一般の人には理解されにくい。君がいれば十分だ」
彼は微かに口元に笑みを浮かべ、頷いた。
私は、彼と話す時間をいつも楽しみにしている。
「君は、何でも理解が早い。話をしていて面白いよ」
そう言う私に、彼は返した。
「私からしたら、あなたこそが独創的で面白い。私にもその世界を感じるようになるのかな」
「君になら、分かるよ。……いや、分からないままでも良い。君の状態はいつだってベストな状態だ」
「ベストな状態? それは褒めてくれていると思って良いのかな? それにしても、あなたのその……両方の世界を行き来する感覚、私も感じてみたいものだが、一体どの様な感覚なんだい?」
「何とも奇妙だよ。船に乗っている時に起きる、船酔いの様な感覚に似ている。ふらふらと不安定で、何かに掴まりたくなる。真っ直ぐ進んでいるはずなのに、横にも揺れている様な」
「そういう時、どうするんだい?」
「掴まるものを見つけるのさ。例えば、君とかだよ。しっかりと現実に根付いている。私の掴まる場所だ。だから君はそのままで良い」
彼はまた微かに口元に笑みを浮かべ、頷いた。その表情は穏やかだった。
私は、まとめ上げた資料を彼に手渡した。
「ここまで仕上げた。後でまた目を通して、意見を聞かせてくれ」
私の手渡した資料の量に彼は驚いたようだった。
「もうこんなに進んでいるのかい? あなたはとても仕事が早い」
「まだそれはほんの一部さ。まだまだ、まとめて渡したいものも本当はあるんだが、君に混乱されては困るからね。何事にも順番がある」
「では、私は早急にこちらの資料に目を通さないといけないね」
「いや、君のペースで大丈夫だよ。君には他の仕事もある」

その時、彼の持っていた電話が鳴った。
「はぁ、また呼び出しだ。長い時間居る事が出来なくてれなくてすまないね。また、連絡するよ。君の仕事を手伝うのはとても楽しいからね」
「そう言ってくれて私も嬉しいよ。とっておきの話を持って、君を待っているよ」

彼は私に手を振り、研究室を後にした。

よし、アザー辞典の続きに入ろう。
これは、特に重要な言葉だ。
起きる。アザーがこの言葉を使う時は、アザーの世界をしっかりと感じ取れている時に使われる。
反対に、眠る。とは、アザーの世界を感じ取れずに、目の前の現実に翻弄されている時に使われる。
これは、このアザーの世界を見る様になった私でもどちらの言葉も使われる。
というのは、アザーの世界ばかり見ていると、休むことが出来ない、つまりは現実世界を見て休息を取るのも人間の体を持っている以上、大事だということだ。以前、私はアザーの世界で言う、眠る。と言う行為をほとんどしなかった時期がある。
つまりは、アザーの世界での会話を常に聞き続けている状態だ。
そしたら、何が起こったか。この現実世界で言う、精神の崩壊状態の様なものだ。現実がどうでも良くなってしまう。
これは今考えればとても危うい状態だ。精神はアザーの世界を見ていても、体は今までと同じ人間の生活をしているのだから。その生活を投げ出してしまっては、生きてはいけない。
だから、アザーの世界で言う、眠る。起きる。と言うのは、自分で意識的に起こさなければならない。
これは、慣れるまでが難しい。私は無意識的にアザーの世界を覗こうと、起きてしまうからだ。そう言う時の為の、何か現実世界でのお気に入りみたいなものを見つけておくと、このスイッチの切り替えがスムーズかもしれない。私の場合は、食事をとる事にしている。
この世界の物に触れていれば、ある程度現実世界に根付くことが出来る。つまりは、上手く眠る事が出来るのだ。
まあ、そんな事も踏まえると精神の未熟な者は、この世界の研究者には向かない。
いちいち精神の崩壊を起こしていたら大変だからだ。

私の相棒は、その点で言うと高い精神力でアザーの世界に踏み込むのには、とても適任と言えるであろう。
彼はアザーの世界を見ていなくても十分に研究を進めていく上で私を助けてくれている。アザーの世界を見なくても今のままで充分満足だ。

アザーの世界を私が覗き、彼に解読の手伝いと私の導き出した仮説の整合性を判断してもらえさえすれば、それで良い。

ここまで偉そうにアザーの世界について語ってきた私だが、この私もやっと最近になってアザーの世界とこちらの世界との間で安定してきた。コントロールが可能になってきた。

一時期の私は本当に混乱状態だった。
どこまで彼らの話を聞けば良いのか、アザーの世界を見れば良いのか、つまりは起きていれば良いのかが分からなかった。

最近の私は、割合で言うと六割、もしくは七割ほどこちらの今までの世界に重きを置いている。でなければ生き続けるのがしんどいとう事に気が付いたのだ。四割か三割ほどの意識でアザーの世界から情報を入手し、今までの世界を生きる。その方がリラックスした状態で今を楽しむ事が出来る。割合を反対にしてしまっては生き急ぐ事になる。
人間として生きるには絶対必要な睡眠欲や食欲さえも満たすのを忘れ、
おかしくなってしまうのだ。人間とアザー達との違いは、この欲というものを持っているかどうかの違いなのかもしれない。アザーたちは欲というものを持っていない。もしくは、極めて少ない存在なのだろう。

私がアザーの世界に寄っていた頃は、この【欲】というものは(睡眠欲、食欲に限らず、物欲、承認欲求なども)何か穢らわしいもの、取り除かなければならないものだと思っていた。しかし、それは完全な正解ではない。まあ、正解なんてもの存在しないのかもしれない。
【欲】があるからこそ、生きていられる。生存し続けようと思えるのだから。
完全なる排除は、この世に人間として形を留める上では正解とは言い難い。

そう言えば、アザーの世界を見る様になる前に前兆があった事もここに書き記しておこう。
あれは……アザーの世界をはっきり認識するより五、六年も前のことだ。

耳鳴りがした。右耳から高音が聞こえ、キーンという高音が頭蓋骨内を通り左耳へと抜けていった。普通の耳鳴りとは違った。

それからもうひとつ。ある時、夜中寝ている時に声を聞いた。自分の胸の奥底から聞こえるような。体内に響き渡り聞こえた声。
今までの「聴く」とは明らかに違う感覚で、私は聞いたんだ。男性と女性らしき者が話しかけてくる声を。
その声を私の感覚が捉えて、すぐに目を開けたが目に入ってきたのは私のベッド。いつもの光景だ。
夢だったのかもしれないとも思ったが、夢とも思えなかった。明らかに聞こえ方が体験をしたことの無い感覚で、私は今でもあの違和感、未知の体験を覚えている。怖いというよりは、何とも神秘的な体験だった。

アザーの世界が覗けるようになると、その月のキーワードが読み解けるようになる。どういう事かと言うと、たとえばテレビを観ている時にコマーシャルを目にすると思う。色々な企業が出していて、内容ももちろん違う。
一見すると、まったく関連性がないように見えるのだが、これらをよくよく見ていると、同じような表現が同時期にされている。

例えば、扉を開いて別の場所に出る。といったようなシーンが一部に組み込まれている。他には、同じ服、同じ背格好の者が並んで喋っている。などのシーンだ。また、特定の物の場合もある。

私は、これらの共通キーワードを探し出し、今の世界情勢を読む。キーワードを見つけるだけでは、何をアザーが伝えたいのか理解するのが難しいかもしれないが、そこは頭を柔軟にして考えて欲しい。
これらが指し示しているのは、これから私達に起こる出来事を意味していたりする。なので、これらキーワードの意味を読解する事は、未来を読み取る事にもつながるので面白い。
ぜひ、おおまかで良いので読み取れるようになってもらえればと思う。これらは、コマーシャル以外の情報からでも読み取る事は可能なのだが、私はお手軽なのでこの方法をとる事が多い。

いい加減、アザーの世界に気付く者達が多くいても良いと思うのだが。
私のこのまとめた資料で、この世界がきっと大きく変わる。より良い方向へと舵を切るのだ。

私は、このデータをまとめる。
真っ白な部屋で。

そして、白衣を着た有能な彼が研究室に来るのを私は今日も待っている。


《アザーの世界注意点》

・無闇に向こうの世界の住人になろうとしてはならない。つまり、肉体を捨ててはならない。なぜならば、解かなければならない課題を終えていないから。

・アザーの世界を覗く際は、近くにアザーの世界に触れて無事に帰って来た者を置くこと。精神の崩壊を防ぐ為。

・アザーの世界に居続けてはならない。私達は肉体を持っている事により、人間的行いを全て停止するのが困難な為。

・自我をしっかりと持つこと。彼らに与えられる情報に翻弄されてはならない。常に自分はどう考え、どうしたいかをしっかりと持つこと。

・精神の未熟なものを巻き込まないこと。


《アザー辞典》

【ダンス】自分を表現すること。自分らしく生きること。
【歌う】自分の思いを伝える事。
【手紙】文字として送られてくるアザーからのメッセージ。

【電話】心で願う事。心の中での呟き。

【電話をかける】願い事をすること。

【電話を取る】アザーの言葉を受け取ること。

【酔う】自分の意志で動いていない状態の事。
【立つ】現実、物質世界の事。
【座る】向こうの世界、見えないものの世界。
【歩く】やるべき事を進めること。
【いい香りがする】良い考えを持っている。
【濡れている】感情が激しく揺れ動いている時の事を言う。
【乾いている】冷静な時の事を言う。
【医者】相手の抱えている心の闇を癒す人の事。
【子供】人間の事。
【起きる】アザーの世界をしっかりと感じ取れている時の事。
【眠る】目の前の現実に翻弄されている時の事。


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