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猫と私

第四話  猫と私とそれから

それから数年後……
 
僕らの過ごす日々はほとんど変わらなかった。
ただ一つ変わったのは、僕らの関係性で、何を言わずとも一緒にいるのが当たり前になった事だ。
彼女は社会人になり、仕事を始めてもう数年経つ。
彼女は会うたびに色鮮やかなワンピースや柄物のワンピースで僕の前に現れた。
鮮やかなワンピースを着るようになった彼女は、今でも僕の想像のつかない事を突然思いついて喋り出す。今日もいつもの調子で、急に思い立ったように言った。
「私、舞台の台本とか、お話が書きたい!」
今彼女がしている仕事とは、全く関係のない分野だった。
「ずっとお話を考えるのが好きだったけれど、その世界が目の前に現れたら、すごく素敵だと思わない? このお話、私の頭の中だけだともったいないと思うの!」
彼女の目は、やはりいつものようにとても真剣だった。
僕は、彼女の描く世界なら住んでみたいと思った。
「君の描いた世界の住人になれる人は、きっと幸せだね」
僕の本心から出た言葉だった。
それを聞いた彼女が嬉しそうに、もっと良い事を思いついたというような満面の笑みで続けて僕に言った。
「それなら、私がお話を描くから、その主役はあなたが演じて! あなたが演じてくれたら、この私が描く世界はもっと素晴らしいものになる! 絶対にそう!」
僕は真面目に、
「俳優でもないのに?」と当たり前の問題点を彼女に投げかけながら、僕でも出来るのかな。と可能性を探っていた。
「ん〜。じゃあ、あなたが主人公のお話、新しく考えようかな」
彼女は僕の投げかけた問題点を全く気にした様子がなく、自分の世界にまた入り込んでいた。
「舞台になったら、お母さんとお父さんを招待してあげよう」と彼女がまた思いついて言った。
僕は、
「父さんは……来てくれないかも」と小さな声で返した。
すると彼女は僕にずいっと近づき、
「絶対、来てくれるよ!」とちょっと強めの口調で言った。
彼女がそう言ってくれるので、僕も何だか来てくれそうな気がしてきた。
 
彼女の言葉は、いつも魔法のようだ。
僕らは窓際にあるお決まりのソファに深く腰を掛けて、新しく綴られていく彼女の物語りの世界を一緒に散歩した。
僕は彼女の描く世界に、
「じゃあ、ラストは驚くような終わり方がいいな。バットエンドとかでもいいよ。例えば……」と言って、僕の世界の扉を開いて彼女に見せてみたりもした。
僕らは真逆の考え方で、その世界を行き来するのが面白かった。
彼女はハッピーエンドが良いと言ったけれど、彼女の描く世界なら、バットエンドでも僕は良いと思った。
綺麗な心で描く彼女の世界は、どちらの終わり方にしろ、とても美しい世界になると分かっていたから。
 
 
——それから僕らが一緒に仕事をするようになったのは、もう少しだけ先の話だ。



人生を歩む上での違和感、悩み。そういったものに出くわした時のとっさの反応。あなたは一体どう反応するのだろうか。
この物語を読むことで浮かび上がる、自分自身の輪郭。人生が大きく良い方向へと舵を切るのは、どういう時なのだろう。自分らしい生き方とは。

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