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GUILTY&FAIRLY 『蒼 彼女と描く世界』 著 渡邊 薫    

第十四章  扉

 

リリーを手のひらに乗せ、リリーの案内する方に進むと、色鮮やかに咲いていた色とりどりの花が減り、今度は小さなブルーの花が点々と咲いていた。

その花は、周りにある木よりも大きな太い木の根に続いていた。

盛り上がって入口のように開いた根の間を指差してリリーが言った。

 

「ここが、入口よ」

「これが扉?」

「違うわ。扉が開くのはこの先よ」

二人でその根をくぐると、そこは辺り一面小さなブルーの花で埋め尽くされていた。

まるで青い絨毯が敷いてあるかのようだった。

「わあ! 凄い! 香りも何か落ち着く、柔らかな香りに変わったね」

ジャンはまた新しく現れた、幻想的な光景に興奮していた。

 

 

少し進むと、入り口と同じほどの大きな木があった。

ただその木は、木そのものが城のように複雑に枝が畝りながら威厳のある風格を醸し出していた。

中から白い髭に覆われた一人の妖精が出て来た。

「おかえり。帰って来たんだね」

リリーは頷いて、

「ただいま」

と答えた。ジャンはペコリと頭を下げた。

「君のお父さん?」

「妖精に父と母という概念はないの。言っていたでしょ?」

ジャンは小声で聞いた。

「じゃあ、あの妖精は?」

「ここを守る妖精」

すると、その妖精はリリーに言った。

「リリー、君は彼を選んだんだね」

「ええ」

「選んだ? 何の話?」

リリーは黙っていた。
するとここを守る妖精が口を開いた。

「妖精は心の美しい人間しか選ばない」

「選ばれるって何?」

リリーの方を見たが、リリーは黙っていた。

ジャンは、

「……リリー、扉は何処なの?」

質問をしたがリリーはやはり黙っていた。

「……まさか、場所を知っているというのは嘘だったの? 扉自体存在しないの?」

リリーは何か喋り出しそうにしたかと思うと、すぐに口を噤んだ。

 

すると、ここを守る妖精が、「まあ、まずは妖精の事からゆっくり話をしよう」と言って、話し始めた。

「もう見たかもしれないが妖精は、妖精から生まれるのではない。特別な花から生まれる。妖精の羽の色は、生まれて来た花の花びらの色になる。だが、形や色が他の者とは大きく違う者がいる。……王族だ。王族が生まれてくる根源の花は世界で一輪だけで、【ブルードレス】と呼ばれ、透けるような薄いブルーの花びらが幾重にも重なり、華やかな咲き姿をしている。唯一、この花だけ妖精が生まれた後も咲き続け、百年に一度また新たな妖精を生む。我々王族の役割は、その花を守り続ける事だ。王族を絶やさない為に」

 

「その花の羽って……。リリー? リリーは王族だったって事?」

「ああ、そうだ。……そしてもう一つ、王族には義務がある」

「義務?」

「……扉の管理だ」

 

「じゃあ、扉はあるの?」

「ああ」

 

「……扉はどこ?」

「すぐ目の前にある」

「周りには、花しかないけど」

「……。私なの」

リリーが、ポツリと答えた。

ジャンは、

「何が? どういう事?」とリリーに返した。

「……ごめんね……ジャン」

そう言ったかと思うと、

リリーはジャンの唇にキスをした。

リリーの羽は輝きを増し、リリーから剥がれ落ちた。

 

そして、その羽は、大きな青い扉になった。

その瞬間、ジャンは理解した。

「リリー。君の羽が異世界へと繋がる扉だったの?」

 

「……」

「君はいつからこうなる事を知っていたの?」

「……本当に、私は……特別なものは、何も持っていないと思っていたの」

ここを守る王族の妖精が続けて語り出した。

「……リリーは、自分の運命を覚えていなかったのだよ。最後の森に辿り着くまで」

「……覚えていなかった?」

王は頷き、

「妖精はこの森から出ると、記憶を失う。そして、ただ好奇心のままに人間を連れて森に向かうんだ」

「じゃあ、リリーはこの森のこと、本当に覚えてなかったの?」

「ああ、生まれ出てすぐに、彼女には運命を伝えていたが、その記憶は最後の森に着くまで閉ざされてあった」

「じゃあ、リリーは本当に僕と冒険をするつもりだったんだ。でも……それなら何でリリーは、最後の森でこうなると思い出したのに、この場所までわざわざ僕を連れてきたの?」

「それは、君の為だ」

「僕の為?」

「ああ。この青い花の香りは、君の眠ってしまっていた力を思い出させるんだ」

「……何も、変わった感じはしないけれど」

「いや、いずれ思い出すさ」

「その力って何?」

「それは、この扉を抜けて行けば分かる」

「この扉の先は、どこに繋がっているの?」

「君の、望む世界だ」

「僕の望む世界?」

「行ってみれば分かる。君は選ばれたんだ」

「僕が選ばれた?」

「妖精は元々好奇心旺盛で、悪気なく人々を誘う。そうして森に沢山の人間が迷い込む。けれど、扉になる事が出来るのは王族の妖精達だけ。限られた者だけだ。王族以外の妖精に誘われてやって来た者は、扉には辿り着けず、この森の中で栄養に変えられて、新たな命を生む。自然と人間が混ざって生まれた妖精になる。そうやって循環しているんだ。君は、栄養にならずに向こうの世界に行ける。特別な存在だ」

「でも、そんな……じゃあ、さっき見かけた人間たちは、妖精を生むための栄養に変えられていたって事?」

「そうだが、悪い事ではない。ただただ、循環しているだけだ。この世界に住む者が繰り返し巡っているのだよ。妖精は、元々は人間でもあるという事だ。見た目は妖精であり、人間だ。怖い事でも、恐れる事でもない」

「そんなこと言って、このままじゃあ、妖精ばかりの世界になるじゃないか」

「妖精も、自然を美しくし、自らは悪いものを溜め込み、そのうち朽ちる。妖精は、この世界を美しく均衡に保つために、存在する」

「じゃあ、何故扉は存在するの? わざわざ誰かを選んで別の場所へ?」

「可能性の連続だよ」

「可能性の連続? それってどう言う事?」

「循環と同じようなものだ。王族の妖精に選ばれた人間だけ行ける場所だ」

「よく分からない」

「分からなくてもいい」

「……だいたい、森に行くのは禁止しているのに妖精たちが人間をここにつれて来るのは変じゃないか?」

「君たちだって、ここにいる」

「そうだけど。結局来ちゃうなら、禁止にする意味はないじゃないか」

「禁止と聞いて、我慢できる子ももちろんいる。禁止にしていないと、この森は人間だらけになって、人間がやがていなくなってしまう。人間がいないと妖精は生まれる事ができない。だから少しずつ入れ替わるように、決まり事を作っているのだよ」

「妖精から森の記憶が消えてしまうのは何故? 人間にはちゃんと残っている」

「人間で、正気を保ったまま戻れる者は少ない。大体の者が扉を探し続けて途中で欲に惑わされ眠り続ける。この最後の森まで辿り着く者が現れるよう、欲に惑わされず元の世界に引き返すことができた人間には記憶を残し、情報を遺すようにしている。妖精を生むための栄養になるという事実は、扉に辿り着いた者しか知らない。そして妖精は、この森がどうなっているのか、記憶していない。だからこそ、無邪気に大好きな人間を連れて来る」

「妖精がいっぱいいたあの森も何かの欲があれば囚われるの? オリバーのお父さんは、息子であるオリバーの為を思ってここに来たんだ。欲があって囚われたとは思えない」

「最後の森は、今までの現実を手放せるかどうかで関わりを変える。その父親は息子との時間を、思い出を、手放せなかったのかもしれない」

「……そんな。手放す必要なんてないじゃないか。大切な事だ」

「ああ。人が想い合うのは何よりも大切だ。けれど、特定の誰かだけに囚われていてはいけない」

「何で?」

「この世界で大事なことは、扉を開き続けることだ」

「開き続けること? 扉はひとつじゃないの?」

「扉の先に扉がまたある。それを繰り返していくんだよ。楽しむのは良いが、何にも囚われてはいけない」

「囚われるとどうなるの?」

「幻想の世界に飲み込まれる。それを本人が望むならそれでも良いが、望んでいないならば、進んで行かなければならない」

「リリーは、僕にとって特別な存在だ」

「ああ。リリーにとってもそうだよ。それは紛れもない事実だ」

「なんだか、話が変だ。訳がわからない。……変な世界に迷い込んでしまった。こんな所……来ない方が良かったのか?」

「いや、事態は良くなるんだよ」

「……リリーと、この先に進んで行くの?」

「それぞれが進まなければならない道がある。君たちは、別々の道を行くんだ」

「別の道を? 離れ離れになるの? 一緒にはいられないの? 何で?」

「本当の意味で、離れ離れになるわけではない。形が変わるんだ。まだ、二人とも開いていかないといけない扉がそれぞれ別にある」

「リリーまで、扉を探す事なるの?」

「どういう事か、先を進めば自分で分かる」

「僕は、リリーさえいれば……」

「君は囚われてしまうのか? せっかくリリーは覚悟を決めたのに。彼女の想いまで無駄にするのかい? 言っただろう。想い合うことはとても大切だ。けれど君は、また新たな扉を探しにいかないといけない」

「そんな……」

 

——ずっと黙っていたリリーが小さな声で、話し出した。

「……あなたの世界を変えてしまって、ごめんなさい。ここの場所まで来たのは、ジャンに力を思い出して貰いたかったのももちろんあるけれど、少しでもまだ一緒に冒険をしていたかったの。ジャンにとって、扉を開いてしまったのが幸せなのかは分からない。けれど、あなたも、この世界の人たちも、もっと幸せになれる気がしたの。そう思って……けれど私……間違っていたのかな」

「……」

「……実は私、この森の事を思い出してから、不安だったの。あなたは、この事をどう思うのかなって。私の事を嫌いになっちゃうんじゃないかって」

「……」

「ジャン……」

ジャンはリリーの問いかけに対して、やっと口を開いた。

「……君は、扉を開いてしまったら、一緒に居られなくなることも思い出していたんだよね?」

「ごめんなさい。黙ったまま、ここに連れて来て。騙したみたいになってしまって……」

「……リリー……。君が居たから、僕は冒険に出掛けたんだ」

「……」

「この先を一人でなんて。僕には……」

「私も、ジャンが居たから、真実にまで辿り着きたいと思ったの。扉の存在や、妖精がいる意味。自分自身の意味を見つけに。冒険に行ける勇気を持てたの」

「僕は……君の、あの大切な美しい羽を失ってまで……」

「……いいの。羽なんて。あなたが幸せになってくれるなら。……私の扉を通るのは、ジャンがいいの。ジャンじゃないと嫌」リリーは、目に沢山の涙を溜めて言った。

「……リリー」

「行きたくない? ……迷惑だった?」

ジャンは俯いて沈黙した。

 

それから先ほどまでリリーの背中にあった羽の輪郭の記憶をリリーの背中へと描き、大きく息を吐いて、リリーの前に片膝をついた。

 

「……僕は……行くよ。君が僕に与えてくれた場所だ」

「ジャン……私……わたし……」

リリーは言葉を詰まらせながら、ボロボロと涙を流した。

「大丈夫だよ、リリー。僕らは大丈夫だ。君と僕とは運命でちゃんと繋がっている。簡単に切れてしまうような縁じゃないっていうのは、僕には分かるんだ。だから、大丈夫」

リリーは、顔を涙でグシャグシャにしながら、声を振り絞り答えた。

「ジャ……ン。……うん……うん」

ジャンはリリーの頭を優しく撫でると、立ち上がった。

「……覚悟は……できた。……リリー、君と過ごす時間は、僕にとって、とても特別だった。それに、こんなにもすごい秘密に触れる事ができたんだ。楽しかった。……幸せだよ」

 

ジャンは、こぼれ落ちそうな涙を堪えながら、リリーに笑顔を見せた。

 

突然現れた、目の前の道。

「君がいてくれたから、僕は変われたんだ」

 

ジャンは、扉の先に足を踏み入れた。

 ——新しい世界に。


『蒼(あお) 彼女と描く世界 』 end


「ジャン、これからよろしくね!」『GUILTY & FAIRLY: 罪と妖精の物語 color』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。

異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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