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GUILTY&FAIRLY 『蒼 彼女と描く世界』 著 渡邊 薫    

第二章 ジャンとリリーの出会い

 

リリーがジャンの家の隣の木の上に、家を作って二週間ほど経った日。

いつもなら眺めるだけのリリーは、ジャンがコーヒーを飲みに仕事場から席を外した隙に、窓から仕事場にこっそりと入ってみた。

ジャンの仕事机に仁王立ちで彼のデッサン用紙を見ながら言った。

「今日は全然、デッサン進んでないじゃない」

そう言って、ジャンが先ほどまで握っていた、リリーの身長の三分の二ほどの長さのペンを持ち、用紙にガリガリと線を書き入れた。

その時、仕事場のドアがガチャリと開いた。

いつもならリビングのソファでゆっくり飲むはずのコーヒーを片手に持ったジャンが、リリーに言った。

「君だね。いつも覗いていたのは。何か視線を感じると思った」

リリーは慌てて持っていたペンをテーブルに置いた。

そして飛びながら、

「そうよ。私はリリー。隣の木に住んでいるの」と言った。

「僕はジャン。ああ、あの木に。あの木に妖精が家を作るのは初めてだ。どうりであの木、日に日に大きくなると思った。妖精が住むと成長が早いっていうし、君が居たからだね。……それにしても、君の羽って、蝶みたいだね。他の妖精たちはみんなトンボみたいな羽や、丸っこい羽なのに」

ジャンはリリーの羽を興味深そうに見つめながら、さらに質問をした。

「ねえ、妖精って羽以外に何か特別な力とか何かあるの? 君の羽は特に珍しいし」

「別に何もないわ。ただ、飛んでいるだけ。私だって羽が大きいだけで他の妖精たちと変わらないわ」

「へえ〜。そうなんだ。魔法でも使えるのかと思った」

「使えるなら私だって使ってみたいわ」

「君の家は、あの木なんだよね。お父さんとお母さんもあそこにいるの?」

「居ないわ。人間と違って、妖精はお花から生まれるのよ」

「花から?」

「そう」

「花から妖精が生まれるなんて僕はまだ見た事ないけど」

「ふふっ。私もないわ。でも、妖精の羽は生まれてきたお花と同じになるらしいの」

「ああ、確かに言われてみればみんな花びらみたいな感じだった」

「左右で羽の色が違う妖精も居るのよ」

「へえ、それは珍しいね」

「オッドフェザーって言われているの。とても可愛いの!」

「それは見てみたいね。でも、君の羽も透き通っていて、形も蝶のような、繊細なレースのような形で美しいね」

「ありがとう。……でもこんな羽の子、全然いないから、妖精界でもジロジロ見られちゃう。私は恥ずかしくて嫌よ」

「僕は好きだけどね。君が生まれてきた花も見てみたいよ。……そうだ! ちょっとその羽、絵に描かせてもらえないかな?」

「……別に良いけど」

リリーはちょっと照れた様子でゆっくりとテーブルに降り立った。

ジャンはコーヒーをテーブルに置き、先ほどまでリリーが描いていた用紙を脇に置いて新しい紙を取り出した。

それからリリーの羽をじっと見つめてそっくりに描き始めた。

「ねえ、なんで今日はお洋服の絵、全然描いてないの?」

リリーはジャンにじっと見られている事に落ち着かない様子で、質問した。

「なんか……。アイデアが浮かばないんだ。ワッとアイデアが浮かんで一気に描き終えちゃう時もあれば、今日のように何にも出てこない時もある。むしろ出てこない時の方が多いよ。僕も早く描き終えたいんだけれど、無理に描いても良いものは出来ないし」

「ふ〜ん。そうなんだ。得意ならいつでも描けるものだと思ってた」

「別に得意でもないし」

「こんなに上手なのに?」

「……これくらい描ける人なんて沢山いるよ」

「そうなの?」

「うん。もっと上手い人も沢山ね。……それなのにお客さんは僕なんかの所に、なんでわざわざ来るのかな。って、いつも思っているよ」

サラサラと羽を描きあげながら言った。

「私はジャンの絵、好きだけど」

ジャンは、ふふっと笑った。

「ジャンは仕事好きじゃないの?」

「いや、好きだけれど。たまにものすごく逃げ出したくもなるんだ。こういう、何にもアイデアが浮かばない時とか」

「じゃあ、逃げちゃえば良いじゃん」

「そんな事出来ないよ。みんな困っちゃうじゃん。それに今の仕事から逃げ出した所で、別に他にやりたい事もないし。僕に今以外の人生なんて考えられないよ」

「そういうものなの? 好きな事が仕事なら楽しそうだけれどね」

「……好きだと思っていたけれど。どうなんだろうね。嫌だなって思う事もあるし」

「……分かった! 私と一緒で、同じ様な日々に飽きているのね。だから好きかどうかも分からなくなっちゃうのよ」

「そうなのかな。飽きているのかな。……そうだね。もっと、刺激的で楽しい事があれば良いのにね」

リリーは、フワッとテーブルから羽ばたいて言った。

「大丈夫よ。飽きたっていう事は、もうこれから何か新しい事が始まる、始まりの合図よ!」

ジャンはまた、ふふっと笑った。

「君って面白いね。妖精と、こんなに近くで話すのは初めてだ。君は話しやすいから、なんか喋りすぎちゃう」

ジャンは羽をきれいに描き終えてペンを置いた。

リリーは、

「こうやって出会って、何か新しいことが始まりそうだと思わない? 私は、ジャンの絵を見た時に何か、ものすごく惹かれたの! きっと私たちの新しい物語が始まったんだわ!」

「新しい物語? ……そうだね。今日はいつもより楽しい一日になったよ。君のお陰で」


「ジャン、これからよろしくね!」『GUILTY & FAIRLY: 罪と妖精の物語 color』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。

異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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