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林伸次さんの「聴き出す力」

noteでよく発信をしている人なら、林伸次さんを知らない人はいませんよね。奥渋谷のワインバー『bar bossa(バール・ボッサ)』のマスターで、cakesの大人気連載(現在はnoteに移管)『ワイングラスの向こう側』はじめ、エッセイや小説の名手でもあります。

少し前、Nサロンでご一緒したケイティさんと、bar bossaに飲みに行きました。林さんは昨年、繁盛店20軒の店主にインタビューをした『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』という本を出されています。それで、noteで自分をインタビューしてくださいと、SNSで発信されていました。

こんな本のプロモーション聞いたことない、面白いね、林さんにインタビューしてみたいねー、なんてケイティさんと話をしていたら、
「じゃあ、何日がいいですか?」
と林さんがカウンターごしに聞くのです。あ、じゃあこの日なら都内にいます……と、あっという間に話がまとまりました。林さん、ストライカータイプです。ゴール前のボールを見逃さない。

もちろんつまらない本だったらお断りしますが、とても面白かったのです。林さんってきっとインタビュアーとして才能があるんだなと思いました。読者が聞きたいなと思うことを全部話してくれて、語り手との距離も絶妙で、お店としてのストーリーとしてもちゃんと成り立っている。相手から話をちゃんと聞きだしているからだと思います。普段の林さんの、思わず読みたくなる文章の秘密も、林さんの「聴く力」にありそうです。

というわけで、この日はスープ作家ではなくライター・有賀薫として最も興味のあった「林さんの話の聴き方」みたいな話を中心にお話を伺いました。人の話を聴く、ということにおいては、どなたにも役立つように書こうと思います。

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まずはよく観察

どんな段取りでインタビューするのですか?と質問の組み立てについて聞いてみたところ、「実は僕、結構みっちり決めておくんです」と林さん。
もともと好きな店や気になる店を取材候補にすることから、事前にお店に行っていることが多く、オファー前から取材はスタートしているようです。

「どんなお店に入っても、飲食店なら『これ、どうやって儲かっているんだろう』ってすごく考えるんですね。この前有賀さんがメニュー読むのが好きって言っていたじゃないですか。僕も、あー、ここって実はこのパンケーキがすごく儲かるんだとか、ドリンクを頼んでもらって儲かる仕組みだとか、そういうのを見るのが好きで。
だから、その店に行ったときに『どうしてこうしてるんだろう?』って疑問を持っちゃうんですね。メニューもですが、たとえばスタッフがすごく感じよかった、あれってどうやって教育してるんだろうというようなことを、箇条書きしておきます」。

 いわゆる「プレ取材」をしっかりやっているというわけです。『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』では、オーナーとの対談の前に、林さんがこの店はこういうお店でこの点が気になるから聞いてきます、という説明を簡単に一人語りするリード部分があります。

クラフトビールって原価が高いんですよね。飲食店は「原価率3割」の法則があります。その通りにしてしまうとクラフトビールって1杯2000円とか、すごく高くなってしまいます。そしてビールはお腹がいっぱいになるので量が飲めません。それをなんとかするために「料理で設けたり」するのですが、その道は選んでないんです。(三軒茶屋 Pigalle)

これを考えられるのは、もちろん同業者だからということもあるでしょう。でも、林さんがただぼやっとお店でビールを注文するのではなく、ビール1杯の値段にすら意味があると考えて観察している意味は大きいと思います。街であれお店であれ人であれ、見たものから何を読み解き、どんな問いを立てるかという視点を常に持つトレーニングをしていると、人に質問するときに大きく役立ちます。

その一方、取材相手が取材された別の記事などはあまり読まないとのこと。事前に情報を入れすぎてしまうと、驚きがなくなってつまらないからだと言っていました。これもわかる。

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大事なところは細部に宿る

基本的には、どういう経歴で飲食業に入ったか、お店を立ち上げるのに協力者や資金はどうしたか、メニューをはじめ、店づくりをどうしていったかと、オーナーのやったことを時系列で聞いていくそうです。インタビューの手法としては基本的なやり方です。

聞いていく上で、林さんが心がけているのが「具体的に聞く」ということ。

たとえばお金の話。「その人がお店をはじめる上で、資金面というのが欠かせないんですね。だから割と最初の方にお金の話が出てきます」。連載されていたのが飲食の業界紙だということもあり、お金の話は読者の関心の高い部分ですが、なかなか聞きにくい部分でもあります。でも、林さんはどんどん聞いていく。相手の答えが足りないと、そこをさらに詰めていきます。

―ナチュラルワインって原価が高いと思うんですけど、安く出されていますよね。
―すごい値付けの仕方ですね。そしたら原価率がすごく悪くなりますよね。
―こういう永福町のような街でしたら、ナチュラルワインだけにこだわらず、安めの千円代のワインを仕入れて、3千円から4千円で出すっていうのが一般的だと思うんですけど。(永福町・永福食堂)

お店をやっている林さんならではですが、お店の利益の仕組みを解き明かすために、たたみかけるような質問で攻めていきます。おそらく、本の中に現れている言葉以外でも、こういう質問をして具体的な数字などを答えてもらっていると思います。
「なるべく具体的なところに落とし込んだ質問をする」は、林さんが相手から話を引き出す上で大事にしているポイントで、お店のカウンターでお客さんと話すときにも同じようにするのだそうです。

「たとえばお店に来たお客さんに、仕事は何ですか?と漠然と聞いてもぼんやりした答えしか返ってきません。『私OLやってるんです』って言われて終わってしまいます。だから『僕、ホワイトカラーの仕事したことないんですが、OLってどんな風なんでしょう、あなたが職場に行ったら、えっと、タイムカードガチャガチャってやった後、何するんですか』って聞くんですね。そうすると『あ、今はタイムカードではなくて……』と、話がスタートしますよね。」

こんなふうに具体的に聴けば聞くほど、相手もしゃべりやすいし、自然にその人の面白さが立ち上がってくるのだそう。

ちなみに、相手の話に面白さがみつからないときはどうしていますか?と聞いたら、こんな風に答えてくださいました。
「タクシーの運転手さんに話しかけると、あまり面白くもない景気の話とかするんですよ。で、ある日『今まで一番困ったことって何ですか?困ったお客さんいましたか?』って聞いたら、むちゃくちゃ面白いんですね。で、もう、こんなことがあった、こんなことがあったって。そうか、困ったことの話って面白いんだなと。
その延長線上ですが、フリーの人やミュージシャンと話すときは、一番悔しかったことは何ですか?と聞くんですね。『いやー、こんなこと言う人がいて、ほんとすっごい悔しかったんだけどそのとき我慢した』『え、そんなこと言うクライアントいるの?』そんな話がいっぱい出てきます」。

ちょっと、本の話からそれましたが、相手の困ったことや悔しかったことを聞き出すのは、会話術としては王道です。共通するのはより具体的な数字やシーンが出てきやすい質問をするということだと思います。

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読者が聞きたいことを聞く

この本のインタビュー記事、林さんが取材して、テープ起こしをして、文章を書くまで、すべて一人でやっているそうです。無名のライターなら当たり前だけど、林さんぐらいの方だとインタビューだけ本人がやって、ライターがつくことも多いはず。

林さん、インタビュー中、ひょこっと「書く自分」が出てくると言います。

「僕インタビューしてるときもしゃべりながら『この話は使えないな』って思うことがよくあります。でも、この人このことがしゃべりたいんだな、どうやってこの話切り替えようかなって・・・」

インタビューで自分が聞きたいことを聞くのは比較的簡単なこと。でもそれを原稿にしたり、人に聞かせたりする前提で聴くときには、一対一で話しているようで、そこに読者もいるという三角関係になっています。
実は、林さんのインタビューのすごさは、ここにあります。自分が質問をしているようで、ちゃんと読者の興味に応える質問をしている、というところ。

「もしかして僕がインターネットでデビューしたからかもしれないです。僕、20代の頃は小説家になりたかったんですね。音楽は詳しかったので、お店やりながら音楽ライターとしてCDのライナー書いたりしていました。書く仕事をしながら小説家になろうと思っていたんです。
で、2011年、大震災の時に売り上げがすごい落ちてどうしようかなってときに、ちょうどFacebookのお店のページが持てるようになったんです。はじめは音楽やワインの話を書いたんですね。それが、全くいいね、好きがつかなくて、PV数も伸びないし全然拡散されなくて。
ところが、経営の話やお客さまのこと、恋愛の話を書いたらぐわーっと伸びて、『あ、そうか、みんなこういうことが好きなんだ』ってなったことから、どういう文章を書いたらPV数が伸びるのか、何をみんなが読みたいのかっていうことを意識するようになったんです。それってインターネットの弊害でもあるんですけど、そこを常に考えて書くって言うのが習性になっていまして、だからインタビューで話を聞いていても『あ、これは使えない』ってことになっちゃうんです」

これは私もウェブで発信しているので痛いほどわかります。反応がダイレクトに返ってくるので、つい受ける話を先回りして出してしまう。それは林さんの言葉にもあるように、ある種の弊害があるかもしれません。でも、読者を意識するからこそ「自分が聞く」というよりは「読む人が聞きたいことを聞く」という気持ちにつながります。

とはいえ、これは私の個人的な感想ですが、読みたくなる文章を書く人は読者の聞きたいことを書きながらも、ちゃんと自分をなくさない人。林さんはバーテンダーという職業柄、人との距離感のとりかたが絶妙で、ご自身の言葉やスタイルをキープしているところが魅力なのだと思います。

試しに(PVを意識することに)ストレスはないものなんですか?と聞いてみると、「それはそれでけっこう気持ちいいんですよね。やっぱりいいねの威力ってすごいですよね。ドラッグですね。いいねがつくようなのを考えちゃう、聞いちゃうんですよね」。

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誕生日を聞き返す人ですか?

そういえばこのインタビューを終えて帰り際に林さんが「うちの奥さんは、誕生日を尋ねられても「あなたは?」と聞き返さない人なんですよ…」と言っていました。そこでは聞き返した方がいいよって奥さんに言うのだとか。みなさんは、どちらですか?

やっぱり林さんは、人が好き、人に関心がある方なのです。だから恋愛やお金など、人の人間臭さが出る部分を扱っても温かみがある会話や文章になっていくんだな、そんなことを感じました。

『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』(旭屋出版)、そんな林さんの魅力が詰まっていて、さらに繁盛店ガイドにもなっていて、経営の勉強にもなる、読む価値のある本だと思います。ぜひ、お手に取ってみてください。

林さん、ありがとうございました!

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撮影・編集協力:Katy



読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。