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もう成瀬にはなれないから、成瀬を好きになる / 本屋大賞2024

さて、わたしもついに「成瀬」デビューしました。
2023年、彗星の如く現れた成瀬あかりに、多数の著名人が夢中になり帯にコメントを寄せているのを見て、そんな面白いの?と穿った目で見ていたのはこのわたしです。

でも結局わたしも成瀬にハマってしまったひとりで、ついにはなんでこの物語が、成瀬あかりが、こんなにも人を魅了してしまうのかなんてことを考えてこれを書き始めています。


作者の宮島未奈さんは、柚木麻子さんとの対談で、重くない話を書きたかったと語っていました。
その思いで書いたのが、「成瀬は天下を取りにいく」の第一話「ありがとう西武大津店」。
西武大津店が閉店してしまうニュースは、地元の人たちに暗い影を落としてしまったけれど、それらの惜しむ声や空気はもとより、大津店に通った楽しい思い出も込みで西武大津店との記憶を残しておきたかった、と宮島さん。

過去を振り返ってみると、じっとりと陰鬱で、悲痛な物語のほうが高く評価されてきたように思います。しかし、宮島さんが描く喪失は、とても前向きで明るい。その軽やかさは、文学の中では時に見過ごされがちでした。

かくいうわたしもそのひとりで、本屋大賞にノミネートされているラインナップの中では軽いな、とは思っていました。
成瀬は圧倒的に楽しい小説です。
誰かが殺されたり、死に別れるわけでもなければ、人生の岐路に立たされてにっちもさっちも行かなくなってもいないし、絶望から立ち直る話でもない。今流行りのバリバリの伏線回収物語でも、やっぱりない。

わたしにとっての本を読む醍醐味は、自分は今いる場所にとどまっているにも関わらず、本を開くだけで誰かの人生を知ることができる点。本に限らず映画もドラマも物語は全部そうだろうけど、個人的に本にはより一層それを感じて、いちばん没入できるエンタメなんです。

だからその醍醐味で言えば、この物語がいくら軽いとはいえ、成瀬あかりの人生を覗き見る楽しさを否定することは誰にもできない。なぜその軽さがあるとダメなんだ?という話で。

だって結局、鬱々としているときはそういう楽しい物語を手に取りたくなるし、実際それで気分が晴れたり、紛れたりするんだもの。


成瀬の楽しさのポイントはいくつかあって、まずひとつは彼女が誰かを笑わそうとしているわけじゃないところ。
成瀬の成瀬の周りの人たちが成瀬を描写したり、奇妙がったり、感心したりするその言葉たちがこちらを笑わせにかかってくる。
それは宮島さんのセンスが光っているところで、続編「成瀬は信じた道をいく」の4話目「コンビーフはうまい」とか絶妙じゃないですか。
このタイトルだけを見て「コンビーフがうまい」が何かの語呂合わせだと気づく人はどのくらいいる?それもまさか電話番号の覚え方だと。
100歩譲って「コ」は5、「い」は1と予想はつくけど、「ンビーフがうま」は何の数字なんだよ、と戸惑っている登場人物を見て、こちらもンフフとついつい笑ってしまう。その絶妙さ、うまいな〜。

次は成瀬がただの猪突猛進少女じゃないところ。
主張しないし、誰かを強引に引っ張り込むこともしない。いわゆる「声が大きな人」では決してないのがとてもいい。
成瀬はただ自分が思うままに生きているだけ。その真っ直ぐさに周りは巻き込まれてちょっと振り回されたりもするけれど、成瀬は1ミリも振り回されない。ただ存在が人を惹きつけて、誰かに影響を与えているだけ。そこはやっぱり新しいヒロインだなあって思います。そしてそれって実はカリスマ性のお手本なんじゃ……?
声が大きくないカリスマ、超かっこいい。

そして最後は、この物語が大人だから刺さるところ(とわたしは思ってます)。
中学2年生として始まり、次第に成長し続ける様子が描かれ、続編では大学生の成瀬が登場します。
となれば、我が道を行く成瀬の姿を同じ中学生にも読んでほしい!と思うのが大人かもしれないけれど、これって果たして中2が読んで刺さるのか?というのがわたしの正直な気持ち。
わたしたち大人が成瀬に夢中になるのは、成瀬の存在が、成瀬みたいに周りの目を気にしないで生きてみたかったけど無理だった大人の希望だから、だと思います。
そこに行こうと思えば行ける、今その立場に置かれている同世代の子供たちにとっては、成瀬はあまりにも突飛で眩しくて、もしかしたら苦しくなってしまう人もいるんじゃないかな……いやこれはもうわたしの老婆心ですけど。

そんな成瀬の独創的な生き様だけが面白いのではなく、彼女を人間だと思わせる唯一の存在、幼なじみの島崎が、この物語にさらなる魅力を与えています。
島崎が引っ越してしまうと知って動揺する成瀬や、成瀬がわずかな時間を割いて島崎に会いに行く成瀬を見て、成瀬にそういう気持ちがちゃんと備わっていることに、妙に安心する。島崎の存在が成瀬をちゃんと立体的にしてくれているんです。
そういう人がただ一人いるだけで、きっと人は生きていけるんだろうな。友達は多けりゃいいってわけじゃないってことよ。

と、こんなことをつらつら書いてしまうほどには、もうわたし、成瀬ガチ勢です。
3作目も楽しみ!

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