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片想いのしまい方-14-

この記事は以下から連続した内容になっています。
もしよろしければ、順番にお読みいただけますと嬉しいです。

思はじと 思ふばかりは かなはねば(平成元年)

告白もできないうちに、マンガのようにマヌケな失恋をしてしまった私。
「好きな人にはすでに彼女さんがいたみたいです⇒じゃあ諦めます」となってくれれば良かったのだが、人間の心はそんなに単純ではなくて、翌日からも変わらぬ片想いの日々が続いた。
元々が片想いだったのだから、昨日も今日も大勢に違いはない。
ただ1点、違うとすれば「望みがないとわかったこと」。
ただそれだけ。

彼女さんがいるのならば、バイト帰りに送ってもらうのも本来は遠慮すべきだと思われた。
八軒さんにとってはただの親切心でしてくれていることなのだろうが、こちらはメチャクチャ好きな訳だから、やはり2人きりになるのはよろしくないだろう。
「毎回送ってもらうのも彼女さんに申し訳ないから、今日から私は1人で帰るようにするね。」
そう言わなくてはいけないと思った。でも言えなかった。
(バイトもあと残り数回だけだから、許してください。ほんのちょっとの間だけ、八軒さんを私に貸してください。)
会ったこともない彼女さんに、私は心の中で手を合わせた。

思はじと 思ふばかりは かなはねば
心の底よ 思はれずなれ

あの人のことを想うまい、想うまいと思うばかりで、でもそんなことは叶いっこないのだ。
ならば私の心の底よ、もう人を想うことなどできないようになってしまえ。

遊義門院 玉葉和歌集恋三

鳴らない鈴(平成元年)

「バイトを辞めたら、八軒さんとはもう一生会えない」
バイトの最終勤務日が近づいてくると、それまで考えないようにしてきたこの事実が私の心を圧し潰しそうに迫ってきた。
私達はバイト先では仲良くやってきたように思っていたが、その実は「ただのバイト仲間」であって「友達」ですらなかったのだ。

「もう二度と会えないのなら、何か1つだけでいいから彼が身に着けていたものが欲しい。」
切実にそう思った。
それから私は、ターゲットを絞り込む掏摸すりのように、八軒さんのことをジロジロと観察した。
結果は「こいつ、何にも持ってねー。」だった。
彼は絵に描いたような昭和男子だったので、アクセサリー的なものは一切身に付けていなかった。
加えて、バイトに来る時には手ぶら。
まあ、バイク通勤ですのでね。

どうしよう。
「一緒にバイトしてた記念に何かちょうだい」とお願いすれば、きっときいてくれるだろうとは思ったが、できればもっと自然な形でおねだりをしたい。
そんな風になやんでいたある日。

その日も私達は、一緒に晩御飯を食べ、その後とりとめのない雑談を交わしていた。
ふと見ると、テーブルに八軒さんのバイクのキーが置かれていた。
さりげなくそれを手に取ってみると、バイクのキーとアパートの鍵をまとめて通してあるリングに小さな鈴が付いていた。
その鈴は壊れていて鳴らないようだった。
これだったら貰っても良いのではないか?
そんな気がした。
でも、壊れているのに付けているということは、大切なものなのかも?という気もした。
もしかして彼女さんから貰ったものなのかも…と考えて少し怯んだ。
でも、もう貰うならこれしかないと思い、震える手をおさえながらこう言った。
できる限り、さりげない感じを装って。
「これ欲しい。チョーダイ!」

八軒さんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに「おお、いいぞ」と答えた。
私の手から鍵の束を受け取ると、鈴だけ外して手渡してくれた。
「大事にしろよ。」
ニッコリ笑ってそう言った。

私はそれを両手で受け取った。

ああ、この人は私の気持ちに気付いているんだ。
そう、思った。
でもそれに気付かないフリをしてくれているんだ。
とも思った。
それが彼の答えなのだと思った。
だったら私は、何も告げずにこの恋を終わらせようと思った。

受け取った鈴を両手で包み込むと、私もとっておきの笑顔でこう言った。
「うん、ありがとう!大事にするね!」

壊れて鳴らない小さな鈴は、まるで私自身のようだった。

恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす

山家鳥虫歌

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