【No.25】娘たちに背中を見せ続ける
これじゃあダメだ。そう思ったのはいつのことだっただろう。
3人の子の母となり、ほぼ専業主婦の状態が続いていた。フリーライターの看板は上げていたけれど、リーマンショックを機に仕事が激減した。
その時はまだ仲が悪くとも夫がいた時期で、3人目が小学生になるまで家にいればいいとのんびりと構えていた。私の実母は、お菓子やパンを焼いて私たちが小さい頃は家にいてくれた。それが私の理想の姿でもあったからだ。
長男が受験を意識して塾に通い始めた頃、ストレスなのか、思春期なのか、イライラを爆発させるようになった。親の身長を超える頃が反抗期とは聞いていたけれど、本当にそうだった。5年生になった長男は背が高くて、私と同じ165cmになり、力も強くなった。
なんのきっかけかは分からないけれど、私と長男が口論をしていた時、夫が何かを息子に向かって言った。
「うるせー、クソ野郎」
反抗期の10歳児が返した時、夫がキレた。プラスチックのハンガーを手にしていたのだが、それで息子を思い切り殴った。自分を守ろうと腕で頭を庇った息子をハンガーが壊れるまで何度も叩いた。一瞬、何が起こったのか分からなかった私だけれど、割って入った。
実は怖かったけれど、子供たちの泣き声がワンワン耳に響いてきて、自らを奮い立たせた。夫の肩を思い切り押して、「そこに座れ。同じことをしてやる」と凄んだ。夫は一瞬で額から汗を滴らせ、顔を青くして私を見つめた。そして、自分の部屋に消えていった。
この出来事は子供達の中ではネタになっていて、チビは誰かに腹を立てると私と全く同じ調子で、可愛らしい小さな姿で再現をしていて少し笑えた。でも、同じような修羅場が繰り返された夜、あまりに悔しくて歯噛みをし、そのうち徐々に私の考えがはっきりとした輪郭を持つようになった。
子供3人を連れて家を出るには、あまりにも稼ぎが少なくて、就職するにはブランクが長すぎる。
経済力さえあれば!
お金の問題だけではない。自分の足で立っているところを娘たちにちゃんと見せてやらなければ。思えば、母も父に浮気をされても耐えていたではないか。そこから学ばなかったとは、我ながら情けない。
平凡でも良いから稼げる会社員になろうと決意をして、私は自立に向けて歩き出した。不必要な我慢をする必要はないように、1人で立てるだけの力を養えるように、背中を見せ続けるのが私の役割だ。
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