見出し画像

植物って人間の生命力よりもすごいよね

この世で一番生命力が強いものってゴキブリだと思ってます。
核戦争とかで人類が滅亡しても、ゴキブリなら生きていけそうじゃないですか。
だから、人類最後の一人にはなりたくないと切望しています。(ひとりぼっちは寂しいですしね)

最近の研究では、もし世界から人間がいなくなったら、てゆうシュミレーションもしているらしいです。
映画とかであるやつだと思います。

残念ですが、人間が作ったガラスやプラスチックは土に還るのに何十年、何百年とかかるそう。
きっとゴミだらけの地球なんだと思います。

でも人間が作ったインフラはあっという間になくなってしまう、らしいのです。
シュミレーションでは、ダムが崩壊して道路にも木が生えて、一年後には都会でもジャングルになるとか。

そうなると、ガラクタと植物が生い茂る地球になりそうです。


名前はわからない…

私が住んでる長野では、そりゃぁもう緑の植物がたくさん生えてます。
都会では、道路横の植物は四角くすっきりとしてますが、私の住んでる町では雑草が伸び放題です。
身長155cmの私と同じくらいの草だって生えてます。

道の下に川が流れてるんですけど、川の横にある大きな木は本当に大きな木で道の上まで伸びてます。
日中もほとんど日陰。
垂れてきた枝は傘をさして歩いてたらぶつかるほどです。

約30年ほど前に舗装された歩道は、木の根が張ってぼこぼこしてます。
根の力って本当にすごいんだと思います。


何十メートルの木

鳥もたくさん飛んでます。
ホーホケキョ。
東京から来たお客様が時計の音だと勘違いされてました。

少し前に行った臼田の山にあるJAXAのアンテナ。
あそこは人間がほとんどいないような環境でした。
ずっと登ると突然現れる大きなアンテナ。
その道中は、鳥たちが大合唱をしていました。

色んな種類の鳥たちが、それぞれの鳴き方で鳴いていました。
遠くにいる鳥、近くにいる鳥。
高い音の声、低い音の声。
ゆっくり鳴く声、テンポの早い声。
自然のオーケストラってあるんですね。


名前を知らない草

ある伝統工芸の作家さんが言ってました。
道に転がってる石を見たときに、「こんなに素晴らしいものは作れない」と思ったそうです。
そしてその方は、石を神様だと感じたそうです。

またある作家さんは、
顕微鏡で微生物を見るたびにその美しさに見惚れてしまうそうです。

その方たちは、木など自然のものを使って工芸品を作ってます。
何十年も作られています。
とても素晴らしい作品なので値段はお高いです。
日本でも長い歴史のある素晴らしい分野だからです。
でも結局、地球が生み出したものには敵わないと思うそうです。

私はまだまだその境地にはいけそうにありません。
でも、長野の自然をいっぱい感じてなんとか理解したいと思ってます。


ヒョロヒョロきのこ

昔、「涙の数だけ強くなれるよ、アスファルトに咲く花のように」という歌がありました。

アスファルトに咲く花は、絶対に強い。
だからあの花のように強くいよう。
そんな歌だったと認識してます。(違ってたらごめんなさい)

でも、花は根本的に人間よりとても強い存在ではないだろうか。
目標としてはいいかもしれませんが、そもそも同じ土俵にいません。

「太陽のように人を照らす存在でありたい」
これも似たように思います。
そう思うのはいいことですが、太陽って対象が偉大すぎます。
太陽もアスファルトに咲く花も、私には荷が重すぎです。


私はふらっと出かけた散歩で、自然の存在に畏れを感じました。
畏怖。
この感覚は忘れたくないなぁ、と思いこの記事を書きました。

この記事が参加している募集

#散歩日記

10,235件

#お気に入り写真

683件

サポートお願いします!いただきましたサポートは、新たなネタ集めの交通費として使わせていただきます🙏