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『幸福を見つめるコピー 完全版』 【わたしの本棚⑤】

どうしたら、こんな文章が書けるのだろう。

よい文章に出会うたび、考え込む自分がいる。自分では到底思いつかない瀟洒な言い回しや、息をのむほどに美しく整った表現。とてつもない切れ味なのに誰も傷つけないその技術に、惚れ惚れとしてしまう。

ただ、自分も書き手であるなら、それは「憧れ」であると同時に「壁」であるのかもしれない。たくさん書く。それ以上に、たくさん読む。そうやって壁をよじ登り、越えてゆく。

それでも、いつまでも越えられそうもない、ただただ「憧れ」の壁が、ここにある。

岩崎俊一 『幸福を見つめるコピー 完全版』。

人を救うこと、ものを作ること、安全を約束すること。企業によってやることは別々だけれど、誰もが目指す「人の幸福」。それを「北極星」と呼ぶ岩崎さんが書き溜めた「幸福を見つめるコピー」と、その土壌となる「二十篇のエッセイ」が詰め込まれた一冊だ。

最初に岩崎さんのお名前を知ったのは、インターネットでトンボ鉛筆のコピーを目にしたときだった。

ロケットも、文房具から生まれた。

そう始まる広告を見て、衝撃を受けた。コピーを読んで鳥肌が立ったのは初めてだった。余計なものを一切そぎ落としているのに、とてつもなく優しい温度をもって、作り出す喜びと誇りが綴られていた。

文房具と一緒にいる時、ひとはとてもいい顔をしている。
つくづく、そう思うことがあります。書く。ひたすら書く。
机に向かうその清潔なまなざし。手を休める。
思いをめぐらす。遠くを見つめるそのやわらかなまなざし。
考えている。苦しんでいる。迷っている。もがいている。
でも、まちがいなく前へ進もうとしている。
思えば、文房具は、人間のそんな素顔を、
なんと長い時間見つめてきたことでしょうか。
幸福な仕事。自分たちの仕事を思う時、
私たちトンボは決まってこの言葉に行きあたります。
なぜなら、私たちのそばには、いつも頭と心を
いっしょうけんめいに使う人がいて、
その人の手から、必ずひとつ、この世になかった
新しい何かが生み出されている。
そう思うたび、誇らしさに胸がいっぱいになります。
傷つきやすく、たくましい。弱くて、かしこくて、
とほうもなくあたたかい。そんな人間が、
いちばん人間らしくあろうとする時に必要なもの。
トンボは、これから先も、
ずっと人間のそばで暮らしたいと願っています。

トンボが動いている。人が、何かを生み出している。

声に出したくなるような心地よいリズム。苦しみ迷いながらも前に進もうとすることを「人間の素顔」だと表現する美しい切り口。そしてそのそばに自分たちが作ったものがある、という誇らしさ。

好きな文章は、なんてマニアックな質問をされることはないけれど、もしも聞かれることがあったなら、私は迷わず、この文章を挙げると思う。

このコピーをただ何度も読み返したくてこの本を買ったのだけれど、本当にどれも素敵で、詩集のようにぱらぱらとページをめくっては楽しんでいる。美しさにため息をついてしまうようなコピーもくすりと笑ってしまうようなコピーも、「北極星」を目指して発信されている。力強いその光は、いつまでも消えそうにない。

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