『夜は、待っている。』【わたしの本棚⑥】
部屋の棚にぎゅうぎゅうと身を寄せ合う本の背表紙を見ていると、どこでその本と出会ったのかをはっきりと思い出す。雨宿りをするのに立ち寄った本屋で、平積みされていた。中学生のとき、課題図書だった。それから、インターネットの海でたまたま。
そうやって出会った本は、本棚に迎え入れる前に図書館で借りて何度も読む。お気に入りのシーンやセリフを、ほとんど覚えてしまうほどに。それからようやく、手元に置いておきたい本を買うのだ。そうしなければ、小さな本棚はすぐにいっぱいになってしまうから。
けれど一冊だけ、図書館で借りることなく、買った本がある。
糸井重里さんの『夜は、待っている。』
糸井さんがWebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に書いた1年分の原稿と全ツイートの中から厳選された、珠玉のことばたち。2007年に『小さいことばを歌う場所』でスタートして以来、ほぼ毎年刊行されている「小さいことばシリーズ」のうちの一冊だ。
どこでこの本に出会ったのか。その記憶はどうしてだかすっぽりと抜けているのだけれど、この本を買った理由はしっかりと覚えている。
ただただ、こだわりの装丁に惚れた。
「夜」という言葉のとおり、黒や青が印象的な酒井駒子さんの装画。タイトルの横に、ぱらりと散る三つの星。ページの外側を染める、紺色のインク。
何度手に取っても、ため息が出るほどに美しい。シリーズ通して使用されている表紙カバーは、少し硬くてざらざらとした「タントセレクト」という紙。印刷が擦れたり、ひび割れたりするのは少し早いけれど、それがまた愛おしいのだ。「わたしの」本、と言いたくなるほど、読んでいるうちにぴったりと手に馴染んでくる。
この本をきっかけに、シリーズを遡って買いそろえた「小さいことばシリーズ」は、私の本棚にいま、13冊並んでいる。えいや、とページを開いてランダムに楽しむことも、何ページに載っているかを覚えてしまったお気に入りの言葉を読み返すこともできるのだけれど、今夜は最後に、13冊のうちで私が一番読み返している言葉を、紹介したい。
緊張感をともなう打席に立つ回数が、
どれほど大事であることか。
とにかく、逃げないで思いっきり振る。
その蓄積というのは、誤解を恐れずに言えば、
「凡人を天才に変える」くらいすごいものです。
早熟な人が、よく天才にまちがわれますが、
ほんとうにすごいのは、
天才のようになった凡人だと思うんです。
(『夜は、待っている。』より)
高校生の頃から、何度も何度も読んでいる。装丁に美しく溶け込む紺色の糸の栞を、これまでも、きっとこれからも、私はこのページに挟んだままだ。
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