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*ライブとは、思いの伝え方だ*

ネット社会になり、あっという間に情報が手に入る昨今。
文字でも映像でも、スマホがあればいつでも好きなものに触れられます。
・・・なんて堅苦しい書き出しは、このシリーズには合わないな~

誰が言うてんの? 知らんけど(笑)

No music , No Life 

昔は本当にそれぐらいの勢いで音楽を聴いていました。
ただし、昔からそうなのですが、あんまりアーティスト名や曲のタイトルを覚えられない(覚える気がない?)タイプなのか、洋楽に至ってはそこそこ聞いてた時期もあったのに、有名どころくらいしかバンド名がわからない💦

私が学生の頃は、ちょうどヴィジュアル系が台頭してきた時期で、類に漏れず、山ほど聞きました。さすがに日本のアーティストの名前は憶えていますよ(笑)  毎日何時間も音楽を聴いていました。
この頃聴いていた曲ってかなりの割合で記憶に残っていませんか?もしこれらが全部英単語だったら、今頃私は天才でしたね。
あ、だからと言って、私は別にアイドル否定派でも全くないです。
カッコイイ人達はそりゃカッコ良いわけで、目に心に潤いを与えてくれて、素晴らしい存在。

・・・というような感覚で、メインはハードロック畑ですが、大変雑食でした。私が「好き」と感じたものは「好き」、ただそれだけのこと。

ライブとはなんだ

いわゆる「ライブ」って「コンサート」。「フェス」なんかも人気です。
私もしょっちゅうライブハウスに通っていました。
(一応私もバンドをやっていたので、ライブをする側も何回か経験あり)
やっぱり生身の演奏が好き。ドラムやベースの低音が、鼓膜や肺を直接震わせる、観客同士がぶつかり合うくらいの臨場感が大好物でした。

ただ、自分に子供ができたり、仕事が忙しくなったり、様々な要因の中でライブハウスに足繫く通うなんてことは、まずできなくなりました。
子供を背負ってライブハウスに行くほどの勇気はないし、そんな危険な状態には連れていけない💦

そして、そうこうしているうちに、記憶に新しいコロナ禍。
この時期、アーティストもライブハウスも、本当に大変だったと思います。
声を出しちゃいけない、人数制限、間引いて座るなど・・・
生身の人間どうしがぶつかり合うような空気感が醍醐味だったライブなのに、それができない。片方の翼をもがれたようなもの。

しかし、様々なアーティストやライブハウスが趣向をこらし始めました。
無観客でありながらも通常通りのセトリで演奏したり、会場にいるかのような演出やよりよく見えるような映像を配信したり。
もちろん会場に一緒に存在できるなら、その方が良いに決まっているのですが、アーティストとお客さんを繋ぐ創意工夫が急激に進化したのは、ある意味コロナの一面だったかもしれません。
そして「ライブ」というのは、目の前に生身の人間がいることだけではなく、相手に伝えたいという強い強い気持ちと、それに対してあらゆる手段を尽くすことで、その意味合いを変えてきたように思います。

「ライブ」とは、目の前にその人がいてもいなくても、
その人の生々しい本物の思いが、確実にオーディエンスに届くもの。

今私がこうやって書いている記事も同じだなと感じます。
SNSの世界でもそうです。自分の思いを丁寧に紡ぎ、読んでくれている人たちに伝えようとする行為は、顔出しされていようがなかろうが、命が宿った「ライブ」なのではないでしょうか。
そして伝える側の人は、しっかり伝えられるような技を磨き、愛と信念を込めて、世に送り出すべきものなのだと思います。

自分が書いたもの、自分が演奏しているものを、スマホやPCの向こう側で感じ取ろうとしてくれる人がいる。
その人たちに向かって、実直に、できるだけイキイキとした思いや生々しい感情をお届けしたい。
私は「ライブ」というのは、そういう思いの伝え方そのものではないかと思います。

ライブ、最高✨

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