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スリナムで考えた

スリナムにはスリナムの生き物がいる
インスタ映えするような美しい生き物もマニア受けな侘び寂びを感じる生き物もいる
私はそのどちらも同じだけ美しいと思う
今日一番嬉しかったのは地味な虫も丁寧に見ることができたこと
人間でもカラフルに生まれるか、シックに生まれるかはある程度分かれてしまって、カラフルな方が評価されがちな世界だけれど本当はそれぞれ同じだけの美しさがあるのだと思う
私はもちろんシックな方
可愛いとか綺麗とか、そう思わない人の方が多いからそれなりに悲しいこともあるけれど、私が私として侘び寂びのある味わいを持って生まれたことは地味なバッタやクモが美しいのと同様に大切なことだと思う
一つの美しさしか分からないより、バリエーションのある美しさを味わえる方がずっと楽しくて生きやすい
私は英語が堪能ではないけれど、同じく虫を愛するスリナムの方と虫の話をしてカミキリムシの良さを共有することができた
涙が出るほど楽しいと思った
日本の裏側にきてもカミキリムシが素敵だと分かり合えることは幸せなことだと思う
好きなものがあり、その好きなものが世界中にいるなんて運が良いとしか言いようがない
世界には人間以上にたくさんの生き物がいる
私はその全てを見ることはできないし、知ることすらできない
だからこそ一生生き物を好きでいるだけで愉快に生きていくことができる
地球箱推しオタクは公式からの供給がとめどない
いつか歳をとったらジャングルを歩く足腰の力はなくなって在宅生物オタクになるだろう
それでも自宅でサイリウムの代わりに誘蛾灯を振って生き物を好きでい続けられたらいいなと思う

夕暮れに今日はどんな日だったかと考えたら、ナマケモノが見つからなかった日だと思った
殆ど動かないナマケモノであれば確実に見られると信じたから目撃情報に従って長く険しい道のりを歩いたのだ
しかし、ナマケモノは姿を現さなかった
確信に近い期待を裏切られた時の落胆は大きい
でも、一日を振り返って考えると今日はナマケモノを見られなかった日ではなかった
今日はホエザルの群れを見た日だ
オレンジ色の被毛を輝かせるホエザルの群れに心をときめかせたはずの私の記憶は容易にナマケモノを見られなかった徒労に塗り替えられてしまっていた
私たちは良いことも悪いこともその瞬間はそれに支配される
14年前、徒歩8分の小学校に行けないことが私の世界の全てで苦しかった
でも、今の私は24時間かかる日本の裏側まで来ている
まだまだこれでも世界の全てではないと知っている
この先もきっと良いことも悪いこともたくさん覚えては忘れて生きていく
いつか今日の日を思い出した時、私はホエザルの美しさを思うだろう
そして、ナマケモノを探した時の自分の意外な体力も誇らしく思うだろう

私が訪れるずっと前からスリナムはその歴史を紡いできたのだけれど、私は国名と幾ばくかの事実しか知らずに生きてきた
生物学の視点から見るとスリナムでは毎年次々と新種が発見されている
でも、きっと知られていなかっただけでずっと一緒に生きてきたのだ
私はここで多くの動植物を見たけれど、その名前も生態も殆ど知らない
知っているはずのクモザルやモルフォ蝶だって知っているのは彼らのほんの一面に過ぎない
ここでの短い生活の中で今まで見たことがないたくさんの生物を知った。それと同時に自分がどれだけのことを知らなかったか改めて考えた。多分私は限りなく広がる世界の殆どを知ることなく一生を終えるだろう
それでも知ってゆくことに意味がないとは思わない
知ることで私の世界の中で白黒の文字だったスリナムが熱を持った色彩を帯びていく
新しいものを見て知って考えて、私は昨日より今日の世界をもっと好きになる

#コラム #エッセイ #日記 #世界ふしぎ発見 #ミステリーハンター #海外 #スリナム

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ミステリーハンター。慶應義塾大学政策・メディア研究科在籍。著者『恋する昆虫図鑑 ムシとヒトの恋愛戦略』文藝春秋、『LIFE 人間が知らない生き方』文響社など。