「珈琲屋に通ってみた」〜画家がいっぱい
先日、店主のおかあさんが店に現れ、
「S先生と美術館に行ってきたのよ」
と、一枚の写真を見せてくれた。
「S先生の絵が展示されているの」
え?S先生の絵が?!
写真を見せてもらうと、素人の絵という感じではなかった。
「ぜひ持ってきてもらいましょうよ」
「いやいや、私の絵なんか…」
遠慮がちに手を振りながら笑うS先生というのは、お店に毎日やって来る、今年84才になるというおばあちゃん。
今年は年女だと教えてくれた。
先生と呼ばれているのは、音楽の先生だからだ。
今でもホールの様な自宅で合唱を指導していると聞く。
音楽の先生だと思っていた方が、絵を描いて、しかも街中の美術館に展示されているとはびっくりだ。
美術館展示は、その日までだったらしい。
後日、再び行くと、部屋の隅に置かれたピアノの上に、包装された額縁が置いてあった。
「S先生が絵を持って来てくれたんだ」
「見たい!」
私が言うと、店主が包みを開けて見せてくれる。
ウラジオストックの街角の水彩画だ。
そういえばS先生は、旅の話を時々してくれるのだ。
どうしてそんなに旅が出来るのか、その間、旦那さんの事はどうするのかとある日聞いてみた事がある。
「旦那の事は放っておくのよ。
あなたもあなたの人生なんだから、誰にも遠慮しないで自分の行きたいところへ行き、したい様にしたら良いのよ」
とニコニコしながら答えてくれた。
私自身は、温かい家庭というのに憧れ、一生懸命家庭作りをしてきたが、同時に誰にも遠慮なく自由に生きたいとも思う。
そのバランスで揺れる様子を、時に人から意見される事がある。
「そんなに出かけないで、もっと家庭にいなきゃ」
とか、反対に
「そんなにご飯作りまできちんとしないで、適当にしたら?」
とか。
私の倍くらい、長い人生の経験豊かな方からニコニコして言われると、私は私の生き方で良いのだという気がする。
「飾りましょう!この店にぴったり!」
どこが良いかな?!と店主が選んだ場所に絵をかけると、昔からそこにあったみたいによく馴染み、しかも新しい絵になって新鮮だった。
常連さん達が次々とやって来る。
「新しい絵が入ってるんですよ。誰が描いたと思いますか?」
店主が客に聞き、答えを明かす度、
「ほおー!あの、いつも窓際に座っている方が?!」
「素晴らしい」
と感嘆の声を上げる。
店では、いつもニコニコして遠慮がちに座っている、しかも音楽の先生が描いた絵が、ピリッとした品の良さを放っているのが驚きで、私も刺激された。
「ワシも一度絵を描いた事があるんですよ。
前に入院した時に、あんまり暇だったから」
「へえ!」
「ほお!」
これまた絵を描きそうに無い、いかにも重役風の常連さんが言うので驚く。
「持ってきてくださいよ」
「いやいや、若いもんが手放さんのじゃ。部屋に飾って」
「やっぱりそれだけ良い絵なんでは無いですか?ますます見たい!」
皆が話しているのを聞いていると、私も絵が描きたくなった。
絵なんかずいぶん描いていない。
けれどそういえば、私が16才の時に学校の宿題で描いた絵本の絵があるはずだ。
宿題は家庭科で「子供向けのおもちゃを作る」だった。
おもちゃなんて思いつかなかったから、16才だった私は絵本を描いた。
話は思いつかなかったから、小さい頃大好きだった、「ちいさなくれよん」という本からヒントを得たものだったけど。
「私が16才の時の絵だけど」
店主に見せると気に入ってくれた。
「めっちゃいい!絵本いいっすね!
絵もいい!
描かないともったいないですよ」
ほんとに?ほんとに?
私が絵を描いても良いのかな。
こんな絵でも大丈夫?
…実は、私の娘は絵ばかり描いていて、とても上手なのだ。
娘の絵を見ていると、とてもかなわない気がして、自分では描ける気がしない。
「SNSに載せてくださいよ。
いや、本当良いから。
この店は、褒めて伸ばす店なんですよ」
店主があんまり褒めるので、だんだんその気になってきた(笑)
なので、ここに載せてしまおう。
幸いな事に、16才の時に描いたこの絵本は、幼かった我が子達に大人気だった。
大人になった今は、10代だった頃の様に自由な発想で描けるか自信がないけれど。
文章が誰かの心に響いて、それが対価になって、それを元手にさらに経験を積んで文章など色々な表現で還元出来たらと思い続けています。 サポートお待ちしております♪