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ミッション、掃除せよ!|短編小説

 ミッション「フローリング掃除を終わらせろ!」が追加された。俺の脳内だけで。
 フローリングが敷かれた1LDKのリビングの真ん中で立ち尽くす俺。冷や汗が人知れずタラリ、とこめかみを流れていく。
「あー、そろそろお肉の消費期限やばいかもー。使っちゃっていいー? ねえー?」
「ッあ、ああ! ありがとう、お願いしていいか?」
「はーい」
 朗らかな彼女の声が俺の背後、リビング隣のキッチンから聞こえてくる。黒く艶ややかなロングストレートの髪を白いシュシュでまとめ、部屋に持ち込んだお手製のエプロンとかいう可愛いエプロンを身に着けた彼女。声だけで俺のためにご飯の段取りを組んでくれている姿が容易に想像できる。だがしかしそれよりもまず俺にはやるべきことがあった。
 俺から見て正面にある、ベランダに出られる窓の手前。窓から差し込む西日に、きらりと床に落ちたゆるくウェーブのついた長い金の髪の毛が光っていた。
「(やっべえええええええ)」
 相手はお察しである。ちなみに俺はごくありふれた黒髪短髪。もう一度言うが、相手はお察しである。
 彼女は家に来てすぐキッチンに向かったのでまだあの髪の毛のことは気付いていない。よって、気づかれる前に早急に処分しなければ。しかし、下手に動くわけにもいかない。今はキッチン奥の冷蔵庫の中身を検分しているので気付いていないが、シンク前に立つとリビングが丸見えという構造の部屋なのだ。彼女がお皿を洗っているのをリビングの椅子に座りながら眺められる配置である。
 だから万が一を考え、さりげなく行動する必要がある。しかし情けないことに、俺は相当な不器用なのだ。さっと床に落ちた髪の毛を拾って何もなかったようにゴミ箱に捨てるのは無理。ついでに言えば、俺の爪は今短い。夜に彼女とほにゃららするために丁寧に短く整えてある。もちろん髪の毛の主とも。ミッションの難易度が更に上がった。ちくしょう。
 男の一人暮らしの部屋だが、掃除道具は辛うじてある。しかし、しかしだ。最悪なことに、今掃除道具は部屋の向こう、台所よりも向こうの、玄関の傍に置きっぱなしなのだ。そもそも彼女がすでに来ている状態で掃除機をかける? 隠したいことがあると言っているようなものである。
「豚肉だし、生姜焼きにしようっと。うーん、でも生姜、生姜どこだろー? ねえー?」
「奥の方にないかなー!?」
「んー?」
 語尾が少しひっくり返りそうになった。幸いにも気づかれていない様子。今日の晩御飯は生姜焼きらしい。彼女は料理が上手だから楽しみだ。もちろん、夜も楽しみである。どちらもつつがなく過ごすために、このミッションをやり遂げなければ。
 リビングを見渡す。二人用の木製のテーブルとイス、テレビ、やや小さめの本棚。ごくごく一般的な男の家。ああ、もう、かくなる上は。

 ドサドサドサ!!!

「わぁっ!? どうしたの!?」
「ああ……チョットホンダナガタオレチャッテ」

 名付けて「まとめて掃除しようぜ!」作戦だ。本棚を倒した以上、髪の毛一本に注意がいくわけはない。本棚を片付けた後に掃除機を持って来て本棚から散った埃ごと掃除すればミッションクリアだ。実際、片付けを手伝おうと小走りに彼女がリビングにやってきたが、髪の毛に気付く様子はない。
 さらば、本棚。お前の犠牲は忘れない。おれはやり切った気持ちでいっぱいだった。
 しかし、

「……え、この本……」
「あ」

 彼女の手にあったのは、一冊の本。
 本棚の奥の奥にこっそり隠していた『ナンパしたW人妻を(ピー)して快楽漬け!?』という極彩色の文字と共に表紙に載る、あられもない黒髪と金髪の女。

 ウェルカム、エロ本。

 ▼ミッションが追加されました!

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即興小説リメイク作品(お題:振り向けばそこに抜け毛 制限時間:15分)
リメイク前初出 2020/04/19
この作品は(pixiv/小説家になろう/アルファポリス/カクヨム)にも掲載しています。

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