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文学人生相談所②太宰治『人間失格』

自殺に触れています。ご注意ください。


人間、失格です……。
本日の相談者 大庭葉蔵さん(津軽出身)

 恥の多い生涯を送ってきました。自分には、人間の生活というものが、見当もつかないのです。

 人は飯を食べなければ死ぬから、そのために働いて、飯を食べなければならぬ、という言葉は、自分には難解で、脅迫的に響くのです。つまり、自分には人間の営みというものが、何もわかっていない。自分の幸福の観念と、世の全ての人たちの幸福の観念とが、まるで食い違っているようなのです。

 そんなわけで、子どもの頃から道化を演じて笑わせる(笑われる)ことでしか、人と接することができませんでした。やがて東京の高等学校に進学しましたが、授業をサボって画塾に出入りするようになり、そこで先輩から酒と煙草と淫売婦と質屋を教えられました。それらは皆、自分の人間恐怖を紛らわすことのできる手段となりました。それらの手段のためなら、持ち物全部売り払っても構わないとさえ思うようにさえなったのです。

 そうすると、図らずも女修行を行って上達し、女達者となってしまった自分を、女性たちは本能によって嗅ぎ当ててすり寄ってくるようになってしまいました。これはのろけでも自慢でもありません。屈辱のように感じていたのです。

 それからは、銀座のカフェの女給と心中未遂(彼女の方は亡くなりましたが)を起こして実家から勘当され、シングルマザーの女性編集者の家に転がり込み、彼女の衣類を質に入れた金で酒を呑み歩き、やっぱり彼女と連れ子の幸せのためにそこを逃げ出して、今度は京橋のスタンドバーのマダムを頼り、そこの二階でまたも男めかけのような生活を始めました。次にはバーの向いの煙草屋の未成年の処女に手を出し、彼女を内縁の妻にし、更には薬局の松葉杖の未亡人にまで手を伸ばし、モルヒネを処方してもらい、アル中からヤク中になってしまいました。死にたい、もういっそ死にたい、何をしても取り返しがつかないんだ。地獄。結局、友人、世話人、内縁の妻に車に乗せられて、連れ去られた先は脳病院でした。……

かんやんの回答 今日一日を精一杯生き抜こう! 今日という日はもう二度と帰ってこないのだから。
 こんにちは、葉蔵さん。先ず一言、言わせてもらって良いでしょうか。話長いって言われませんか。よくもまあ自分の話ばかり一方的にペラペラと喋り続けて、本当は相談する気なんてないでしょう。自分大好き人間の自己陶酔独演会ですね。あのね、空気読まないと、若いうちはよくても、結局人がどんどん離れてゆきますよ。結果論になりますけどね。いや、十字架を背負ったような顔をするのは止めてくださいって。

 さて、なんでしたっけ。人間失格ですか。いや、ないです、ないです。犬失格の犬とか、猿失格の猿とか、キジ失格のキジとか、そんなのないですから。サピエンス失格のサピエンスとかいないですから。そんなところで、アイデンティティとか主張されても、は? とかなりますね。たとえ連続殺人犯であっても大量殺人犯であっても、同じ人間ですからね。

 私の見立てですと、発達障害から社交不安障害が生じて、結果鬱状態になってますが、結局のところ、重度の自己愛性パーソナリティ障害というところでしょうか。さらには演技性パーソナリティ障害の疑いも濃厚ですね。もちろん、ひどいミソジニーです。いえ、別に珍しくも何ともありません。え? レッテルを貼ってるだけじゃないかって? 葉蔵さんこそ、人間はどうの、女はこうの、淫売婦は……とレッテル貼りまくってるじゃないですか。

 実際、酒と薬物とセックスに溺れて破滅してゆく人間なんて吐いて捨てるほどいますから。先ずはリハビリ施設で煙草・アルコール・ドラッグとキッパリ縁を切ることです。神様だのお祈りだのは持ち出さないで、投薬とカウンセリングで経過を診てゆきます。鬱陶しい長髪は丸刈りにして、筋トレと有酸素運動で爽やかな汗を流しましょう。筋肉がつけば自ずと背筋も伸びて、前を向くことができる。山登りで自然と触れ合うこともお勧めです。ただ漫然とトレーニングしているだけではつまらないので、フルマラソン完走とかボディビル大会出場などの目標を持った方が良いと思います。あなたの人生に欠けているもの、それは達成感と成功体験なんですね。格闘技も良いかもしれません。自信がつきますよ、文弱の徒など、もう一網打尽ですから!

 依存症を克服して、クリーンな体になったら、就労体験をして少しずつ社会に馴染んでゆきましょうね。簡単な仕事から始めれば良いし、慣れるまでフルタイムで働く必要もありません。自分が人の役に立っている、社会に貢献している、信頼されているという実感を持てるようになると思います。

 え? そんなことしたら、自分が自分でなくなってしまうって? 大丈夫、大丈夫、ノープロブレム。もし今現在地獄のような生き辛さを感じているなら、新しい自分に生まれ変わるしかないですから。それでも、どうやっても変わることができなければ、そのときは……死ぬしかないでしょうね。

(了)

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