富士

「ええやん、富士山ずっと見れるん」

彼氏のその言葉に、冗談と分かっていてもなんて思いやりのない人なんだと思った。

確かに富士山の見える家がいいと言ったのは私で、ちょうど私の部屋から富士山が小さく見えてそれが決め手となったのだが、同棲4日目の今日、私の視界から富士山が消えないのである。

何を言っているのかというと、いつものように朝起きてカーテンを開けて遠く小さい富士山を見て、トイレに行こうとすると、富士山が付いてきたのである。

ちょうど窓からの景色がスマホのカメラロールの画像だとして、右上に小さく富士山があるのだが、富士山を指で長押しして富士山の輪郭を切り取ったみたいに、富士山だけが私の視界に残留したまま、視界の右上に張り付いたままなのである。

それがずっとなので例えなんてあってないようなものだが、例えばトイレしてるときも、アパートの階段を降りているときも、バスを待っているときも、いつでもどこでも富士山が右上にいる。

外食してるときは、ワイプに富士山がいるのかと、スタジオで富士山がモニタリングしてるのかと、「おいしそ〜」ってわざとらしく売れようとしてるのかと、使いやすいと思われようとしているのかと私の方が噴火寸前になるのである。

雪化粧してるのもテレビやからか？とすっかり富士のアンチに成り下がってしまった。

目を瞑っているとき、眠っているときにどうなるかという疑問があると思うが、本当にそれこそ透過処理したみたいな光景、真っ黒背景、ご存じあなたが目を瞑ったときと同じ真っ黒背景に、綺麗に輪郭が透過処理された富士だけが右上に残るのである。

殴ってやりたい。

たこ殴りにしてやりたい。

馬乗りになってたこ殴ってやりたい。

富士をたこ殴りにしている光景を見かけた通りすがりの人たちは、100人が100人、私を「縁起でもない」「罰当たり」「ろくでなし」、ひいては「反日だ」とさえ言い出すだろう。

全ての暴力には事情がある。

先ほど眼科→脳MRIという流れをやってきた。

「異常なし」だった。

イコール対処法がないってことか。

一生付き合えってことか。

なら私が名付けてやろう。

「富士の病」じゃボケ。