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【中国の思想と文化】富貴の価値~野山の花か、花瓶の花か
「富貴名誉の道徳より来たる者は、山林中の花の如し」(『菜根譚』より)
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儒家の語る「富」
『大学』という書物がある。『中庸』、『論語』、『孟子』と合わせて「四書」と呼ばれ、儒家の経典として尊重されている。
この書物の中に、次のような言葉がある。
富は屋(おく)を潤(うるお)し、徳は身を潤す。
――富は、住まいを豊かにし、徳は、人を豊かにする。
財産が人の住居を立派にするように、徳行は人の品格を立派にする、という意味だ。
重点は後の句にあり、「徳」を積めば、品格が高くなり、自ずと立ち居振る舞いも立派になる、と言いたいわけで、それをわかりやすく説くために、頭に「富」を引き合いに出している。
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また、『論語』の中には、富貴について触れた言葉がいくつかある。
「顔淵」篇には、孔子晩年の弟子である子夏が、孔子から教えられた言葉として、次のような一節がある。
死生、命(めい)有り。富貴、天に在り。
――人の生死は、天命にゆだねられ、人の富貴は、天命にかかっている。
生死も貧富も、すべて天命であり、人力の及ぶところではない。だから、生死や貧富のことで、思い悩んだり、齷齪したりすることはない。人としてすべきことをしていれば、それでよい、という教えだ。
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富貴と功名
「述而」篇では、孔子は、富貴について、次のような言い方もしている。
不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し。
――不正なやり方で得た財産や地位は、わたしにとっては、浮き雲のようなものだ。
正しい道を踏み外した方法で手に入れた財産や地位は、空に浮かんだ雲のように、自分には関わりのないものだ、と語っている。
もう一例、「学而」篇には、孔子と弟子の子貢との問答がある。
子貢曰く、「貧しくして諂(へつら)うこと無く、富みて驕(おご)ること無きは、何如」と。子曰く、「可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好む者に若(し)かざるなり」と。
――子貢が問うた。「貧乏でも人に媚びることがなく、裕福でも驕り高ぶることがない者は、いかがでしょうか」。孔子が答えた。「まあ、それもよかろう。だが、貧乏でも道を楽しみ、裕福でも礼を好む者には及ばない」。
孔子は、貧乏でも卑屈にならず、裕福でも傲慢にならない者を良しとしているが、もう一つ上のステージとして、貧乏でも人の道を喜んで歩み、裕福でも伝統的なしきたりを重んずる者をより高く評価している。
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こうしてみると、儒家の言説の中で、富貴自体は、決して否定されているわけではないことがわかる。富貴に執着すること、富貴を得て人徳を失ってしまうことを戒めているだけだ。
富貴は、つねに功名とセットになった概念だ。儒家は、とりわけ名を重んじる。よって、世に名を立て、その結果として付いてくる富貴については、悪いものだとは言わない。
昔の中国では、名を立てるというのは、政界で出世するということに等しい。政界で出世すれば、自ずと富が付いてくる。名を重んずる立場からは、富を否定するのは、都合が悪いのだ。
黄粱一炊の夢
一方、道家思想においては、どうだろうか。
道家においては、富貴や功名は、人間の欲望にほかならない。
道家は、一切の欲望を悪しきものとして、徹底的に排撃する。
道家系の文学作品では、富貴や功名は、人間本来の在り方を損なうものとして描かれ、修行によって、それを超越し忘却することが、しばしば作品のテーマとなる。
唐代の怪異小説に、沈既済の「枕中記」という小説がある。
邯鄲の宿屋で、書生が不遇を嘆いていた。道士から青磁の枕を借りてうたた寝をするうちに、夢の中で、波瀾万丈の半生を送った。宰相となり、将軍となり、功成り名を遂げて富み栄え、欲望をすべてかなえて死んだところで、ハッと目が覚めた。すると、それは、宿屋の主人が蒸していた黄粱がまだ煮えぬ間の一瞬の夢だった。
「黄粱一炊の夢」「邯鄲の夢枕」という成語のもととなった故事だ。
書生が齷齪と追い求めていた人生、枕の中で実現されたその輝かしい人生は、なんと黄粱をひと炊きする間もないほどの儚い幻だった。
書生は、自分の追い求めていたものが、いかにつまらないものであったかを悟る。
この小説は、栄耀栄華、富貴功名という世俗的な価値が、いかに虚しく、無意味なものであるかを説いている。
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富貴は露の如く虚し
漢詩の中でも、しばしば、富貴や功名の事柄に触れることがある。
詩の世界では、世俗的な臭みは禁物だ。詩人たちは、本音であれ、ポーズであれ、とにかく富貴や功名を歯牙にもかけないという態度を示す。
歴代詩人の双璧、唐の李白と杜甫から、一首ずつ例を挙げる。
まず、李白の「江上吟」と題する詩の末尾の二句に、こう歌う。
功名富貴若長在 功名富貴 若(も)し長(とこ)しえに在らば
漢水亦應西北流 漢水も亦た応(まさ)に西北に流るべし
――功名やら富貴やら、そんなものが、もし永遠に続くのなら、漢水が西北に向かって流れることだろう。
漢水は、長江の支流。陝西省・湖北省を東南に向かって流れる。これが「西北に流れる」というのは、まったくあり得ないことの喩えだ。
虚しい功名や富貴に身をやつさずに、大江に舟を浮かべ、詩を賦し酒を酌んで、存分に楽しもうじゃないか、と歌っている。
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続いて、杜甫の詩。「孔巣父(こうそうほ)の病を謝して江東に帰遊するを送り兼ねて李白に呈す」という長いタイトルの詩だ。
孔巣父が官を辞して帰隠するのを見送る際に歌ったものだ。
惜君只欲苦死留 君を惜しみて只だ苦死して留めんと欲す
富貴何如草頭露 富貴は何ぞ草頭の露に如(し)かんや
――世の人は、あなたの才を惜しんで、必死に引き留めようとしている。
でも、あなたにとって、富貴など草葉の露にも及ばないものなのだろう。
「草葉の露」は、草の葉に降りた朝露。朝日が昇れば消えてしまうので、儚いものを喩える。
この世の富貴が朝露よりもっと虚しいものであることをいい、その道理を悟っている孔巣父が、官職を捨てて去っていくさまを歌っている。
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野山の花か、花瓶の花か
さて、中国の古典における富貴と功名について、あれこれ見てきたが、
いざ現代を生きるわたしたちの問題として考えた場合、どうだろうか?
資本主義の国家に生活している以上、富貴を頭から否定するのは、現実的ではない。
修行僧のような特殊なケースはさておき、世俗の凡人にとっては、富は、無いよりは有るに越したことはないし、好き好んで貧しい暮らしをしたがる人もいない。
功名のことにしても、「枕中記」の説くように、これを超越したり忘却したりという芸当は、凡人にはなかなか難しい。
ある程度の功名心や名誉欲は、人を向上させるモチべーションとしては、決して悪いものではない。
思うに、富んでいること、名を成したこと、それ自体の善し悪しを問うのではなく、そうした富貴功名が、どのようにして得られたのかを問題にすればよいのだろう。
そうした観点から、今を生きるわたしたちにも違和感なく受け入れることのできる名言がある。
明の洪自誠が著した格言集『菜根譚』からの一節だ。
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富貴名誉の道徳より来たる者は、山林中の花の如し。自ずから是れ舒徐(じょじょ)繁衍(はんえん)す。功業より来たる者は、盆檻(ぼんかん)中の花の如し。便ち遷徙(せんし)廃興有り。若し権力を以て得る者は、瓶鉢(へいはつ)中の花の如し。其の根、植えざれば、其の萎(しぼ)むこと立ちて待つべし。
――富貴や名誉で、有徳の行いによって得たものは、自然の野山に咲く花のようだ。ひとりでに枝葉が伸びて生い茂る。事業の功績によって得たものは、鉢植えや花壇の花のようだ。植えたり捨てたり、あちこちに移し替えられる。もし権勢まかせに力ずくで得たものであれば、花瓶に挿した花のようだ。根が無いのだから、立ちどころに枯れてしまう。
徳行を積んだ結果として得た正当な富や名声には、然るべき評価を与え、そうでないものは、価値の無いもの、長続きしないものとして退けている。
富貴と功名について、教条に囚われない柔軟な考え方が、さりげない表現で披露されている。ピリッとした辛辣な一面ものぞかせていて、味わい深い文章だ。
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