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千利休

最近歴史小説系にハマっています。深い理由はありませんが、歴史を知るのが面白くて。

「茶聖」やっと読み終わりました。(500ページ超えは時間かかりますね、圧巻ですが!)

千利休を主軸にした彼と秀吉、戦国武将達の話です。


「茶室」に関しては、建築学部に所属しているので、日本建築史で習ったし、京都にいたこともあり、授業で非公開のものを見にいったりもしたことがありました。

ただ、実際茶の湯を大成した「千利休」自身については詳しく何も知らず。

お茶のお稽古も受けたことあるけど、「茶道」のバックグラウンドに関しては何も知らず。

古都再見という本を読んだときに京都や歴史をもっと知りたいと思ったし、特に千利休や秀吉は京都を語る上では外せない人物!と思って手に取りました。(+母の勧め)

明治になるまで日本にはいわゆる「建築家」という概念がなく、「大工」が存在していたのみでした。じゃあ誰が神社仏閣などを設計したのか、と言われると、「大工」が作り、その様式は時代の文化や権力者に影響されていました。

(そもそもArchitecture=建築の概念は明治になり西洋から導入したものでした)

というのが、私の頭の中では一種当たり前のように存在していたので、茶人が「空間を作ってる建築家だ」なんて思ったこと、一度もなかったのですが、

この本を読みながら、ふと、千利休含めた茶人って、現代的に言えば一種の「建築家」であるな、と思った訳なのです。

彼らは、「茶室や庭を設計し」その空間を用意した上で、「器、壺、軸、花を選び」「料理を作り」「客を饗し」「茶を立てる」・・・・つまり今風に言えば、「設計」「インテリア」「調理」「サービス」の全てをデザインし、その全てをもって「茶の湯」の文化として浸透させていた・・・(しかも政治と結びつきブランディングまでしていたという風にも見て取れます。)

と、私は読み取って、本の話とは別に感心していました。

現代でこんなにオールマイティな文化はあるのだろうか。。。というか、現代は上記のそれぞれが職業として、文化芸術としてある種分かれているので、個人が全てをデザインしある文化を作り上げるというよりは、より大きなスケールで、協同で作り上げているという感覚が私の見解です。企業を作り上げる感覚と近いのかも。

最後に好きだった文章です。利休が2畳の茶室、待庵を秀吉に見せた時の会話。

「・・・で、この茶室の名は何という」

「待つ庵と書いて、待庵とーーーーー」

「何を待つ」

「新しき世でございます」


・・・かっこ良すぎる(笑)

文化は、新しき何かを求め続けた結果、後世に残る揺るぎない物になっていくのかもしれません。


ちなみに、茶室の躙口の小さいのは、「相手が誰であっても平等に見て等しく仁を施す」という意の「一視同仁」という中国の古い言葉が背景にあり、つまり「この口から入れば誰もが身分関係なく平等になる」ということ。「茶の湯は一視同仁」と述べた利休の師匠、武野紹鴎の教えを元にし、千利休の「数寄」を表したものだそうです。


今我々には茶会の機会はあまり身近にはありませんが、「一視同仁」を体現する為の、自分の中の「躙口」を持っておく必要はあるのかもしれませんね。


建築の理論書系をずっと読んでいると疲れるので、気晴らしの小説は心を満たしてくれます。

次は何読もうかな。

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