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私の大切な仲間が詐欺に遭った話(前編)

(この話は妄想8割、現実2割です)

彼女は喜んでいた。「こんな会社から仕事の依頼が来た!」と。とある異国の地から、上京してきて早6年。写真の腕前は確かなのに、なかなか目が出ずにいた。ウーバーの配達員をやりながら、撮影の仕事が来た時だけ対応する日々だ。

「いつかは広告がやりたいんだ」

と、大きな夢を語ってくれたこともある。それなのに、来る仕事は、SNS用のプロフィール写真の撮影やカップルフォトなど、個人の撮影ばかり。しかし彼女は諦めず、コツコツと小さな実績を積み上げていった。私は彼女のそうした日々を知っているからこそ、彼女に大きな会社から話が来た時、本当にうれしかった。目の前で喜ぶ彼女の表情にも、今までにない明るいものがあった。

仕事はどんな内容なのか、早速私は彼女に聞いた。すると、「まずは話したいってことで、カレンダーに予約入れてだって」と。自分が都合の良い時間を、相手の会社が提示してきたWeb上のカレンダーから選ぶ形式のようだ。実際に来たメールも見せてもらった。私はこの時点で、怪しいと思った。第六感がびびびっと来たのだ。

「メールに値段とか書いてないし、たぶん大量のカメラマンに声かけて、会社側でスケジュール管理ができないから、カレンダーから日程を選ばせるって感じだと思う」

「最初に金額聞いてみるか、あるいはこっちの希望金額を言って、相手の出方を見たほうがいいかも」

我ながら的確なアドバイスだと思った。彼女は上京してきて6年とはいえ、人に騙されることなく、のんびり育つことができた異国の地のオーラを捨てられずにいたからだ。反面、私は、騙し合い、殺し合い、奪い合い……、死ぬか生きるか、刺すか刺されるか、そういった国で生きてきた。誰にも心を許さず、自分のことさえ信用せず、目の前の現実と今まで培ってきた知識から、起こり得る確率が100パーに近い合理的な選択肢を考えだし、より安全な道を選ぶようにしてきた。どんなに腰の低い相手だろうが、会社だろうが、最初から信用することはゼロだ。

彼女は、そういった私の雰囲気を感じ取ったのだろう。「わかった」と。神妙な面持ちでうなずいた。もちろん、何事もなければ私も彼女もうれしい。無事に仕事がもらえれば、今までにないステップアップになるだろう。ウーバーの時間も減り、夢だった広告カメラマンへの道を確かに歩くことができるだろう。ウーバーのしすぎで顔を覚えられ、いつも配達しているおばあちゃんに会う機会は減るかもしれないが、夢を応援してくれていたおばあちゃんに胸を張って報告ができる。

数日後、彼女からLINEが来た。「めっちゃ話してもうた。ええ感じの人やった」と。普通ならここで「よかった!」と安心するのだろうが、逆に私は危機感を募らせた。「ええ感じ」の人間なら、その人柄の良さで、すでに違うカメラマンや会社と「ええ感じ」の業務提携をしているのではないのか。そんな「ええ感じ」の人間が、突然、目立った活動をしていない彼女に連絡してきた理由がわからないのだ。彼女もまた、「なんで私に連絡してきたのか、ようわからんかった」と言っている。「この人にお願いしたい!」、そういう強い気持ちがあってこそ、「依頼」は成立するのだ。「若くてやる気みなぎる人」を探しているとはいえ、そういう人はたくさんいて、その中から何か惹かれるものがある人に声を掛けるわけだ。

私は本当なら、「もうやめておきな」と言いたかった。しかし彼女は「値段交渉もした!」と目をキラキラと輝かせながら私に伝えてきたのだ。「高収入が期待できる」と。私は瞬きをして、そのまま目を閉じた。目の前の純粋無垢な彼女のことを直視できなかったからだ。このまま永遠に目を開けることなく、もうこの世界のきれいなもの、汚いもの、なんにも見たくなかった。耐えられない。ここは安心安全な世界だと思っていた。誰もが傷つくことなく、胸を張って、笑顔で生きられる世界だと。それが一瞬にして崩れていった。たった一つの、しょうもうない会社のせいで。

いや、まだその会社がしょうもないのか、本当のところはわからない。もしかしたら、本当に今後仕事の依頼が来て、彼女は堂々と働けるのかもしれない。だが、その会社は「補助金」の話もしたようで、彼女が住んでいる未来区で今、ITツールを使って業務効率化を図る際、補助金が出る件について。「うちにもいろんなツールがあるので参考までに共有しますね」と、補助金を申請する時に使えるツールを教えてくれたのだ。この会社は彼女に撮影の仕事を依頼したいのに、なぜ自分の会社のツールの話をするのか、補助金の話をするのか、おかしいだろうが!

私は今にでも会社に殴り込みに行きそうな勢いで、彼女に訴えかけた。「絶対、詐欺!」「やめて!」「危ないよ!」と。しかし、人の良い彼女は、「でも、話した人、社長さんだったけど、本当にすごくいい人やったんだって」「若い人を応援したいって」「この仕事取れたら、生活が楽になるんよ」と、聞く耳を持たない。私は本当に心底憤りを感じた。ただひたすら自分の夢を追う、純粋無垢な彼女を罠にハメようとするその会社に。

「週明けの会議で相談するって言ってたから、それまで待とうよ」

メリケンサックを手にハメ、靴を履き、ほとんどもうドアを出ようとしたところで、彼女は私にそう声を掛けた。続く。


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