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卒業式で泣きそびれた話

卒業式シーズンらしい。そうですか。

これまでの人生で、卒業式というものを四回経験している。小学校、中学校、高校、大学。そういう人はまあ、結構多いと思う。珍しいことではない。その中で、卒業式で泣いた人は、どれくらいいるのだろう。割合で言うと、泣いた人と泣かなかった人、どちらの方が多いのだろう。

わたしは卒業式で泣かなかった人間で、今になって泣かなかったことをちょっと後悔している。卒業式で泣くという行為はもう二度とできない。泣いておくべきだった。悔やまれる。


小学校の卒業式。私立の中高一貫の女子校に進学することが決まっていたわたしは、早くも春休みの宿題のことで頭がいっぱいだった、気がする。その実、バーバリーのワンピースを着ていたこと以外は何も覚えていない。クラスの子たちは泣いていた気がするが、やはりはっきりとは覚えていない。確かなのはわたしが泣いていないことだ。そしていま卒業式の写真を見返してみたら、ワンピースではなくジャケットを着ていた。確かなことはもう何もない。


中学校の卒業式。わたしは卒業生代表挨拶(答辞)を読むことになっていた。生徒会副会長で(わたしが生徒会になった経緯はこちらだよ)かつ成績もそこそこ良く、さしたる問題のない優等生だったのだ。

文章もそこそこ書けた。中学二年生のときの税の作文コンクールで入賞する程度にはマシな文章が書けた。ただ、うちは中高一貫校なのである。卒業したところですぐに全員と顔を合わせることになる。どんなに感動的な文章を読み上げたところで茶番に過ぎず、うちの親は卒業式に出席しなかったくらいだ。娘が壇上で答辞を読むのに。

答辞の内容は覚えていない。ただ、やけに暖かい春で、卒業式の頃にはちらほらと桜が綻び始めていたことを記憶している。「例年よりも早く桜が咲き始め」ーーー こんな文章から始めた気がする。あとは覚えていない。とにかく噛まないようにすること(生徒会選挙の二の舞は御免だった)で必死だった。何てことはない文章だったと思うが、三年間の思い出を振り返り始めたところで、わたしの背後で誰かが泣き始めた。ひとりがグスンと鼻を啜れば、あとはもう、しまいだ。涙は春風よりも早く伝染した、壇上のわたしを置き去りにして。

自席に戻ると、大半の子が泣いていた。わたしは思った。なぜ? お前たち、短い春休みが終われば、また教室で顔を合わせることになるんだぞ。わたしは途方に暮れた。そうして、中学校の卒業式は終わった。


高校の卒業式。わたしはクラス総代だった。生徒会は中学卒業と同時に辞めていたが、代わりに学級委員をしたり文化祭実行委員をやったり、それなりに色々面倒ごとを引き受けていた。大学受験の成績もまずまずだったので、まあわたしだろうなという気は元々していた。
今唐突に思い出したが、高校の卒業式の答辞を読んだのは、川口さんだったかもしれない(こちらの記事を参照だよ!)。妙な因果だ。そう思っているのはわたしだけだろうが。

事前に、壇上にあがって卒業証書を受け取る練習をした。右端の三段程度の小さな階段をのぼって壇上の真ん中に進む。右手、左手、一歩下がる、ゆっくりとお辞儀。それだけだ。それなのにわたしは先生に見咎められた。曰く、階段の上り方がおかしいと言う。

と言われても、普通に上っているだけだ。しかし先生曰く、「なんかウキッとしている」。ウキッとしているとは何だ。猿なのか? いやそうではなく、最後の一段を上がるときに妙にウキッとしている。つまり、ステップを踏んでいると、そういうことらしい。何度もやり直しをさせられ、みんなから笑われ、最終的には大げさにそろりそろりと進むことでオーケーをもらえた。しかし腹落ちしていたわけではなかった。ウキッとしているって、何なんだよ。

本番当日、わたしは「ウキッ」としないかどうかで朝から気もそぞろだった。卒業生入場の場面から泣いている子もいたが、少なくともわたしは卒業証書をもらうまでは泣くわけにはいかなかった。六組であるわたしの名前が呼ばれるのは最後のほうだ。自分の番が近づくにつれ、今度は声がきちんと出るかが気にかかってくる。意識してみると喉がいがらっぽい気がする。小さく咳払いをしてみる。さっきよりももっと痰が絡んだ気がする。焦る。喉の奥で「ヴヴヴゥン」と唸ってみる。大丈夫だろうか。不安だ。そうしているうちに名前が呼ばれる。はい!と立ち上がる。声は裏返らなかった。安心する。しかし本番はここからだ。三段の小さな階段。これを、のぼる!

気がつくとクラス三十六名分の証書を持って自席に戻っていた。誰も、わたしが「ウキッ」としていたのかどうか教えてくれなかった。みんな、神妙な顔で座っている。しかも終わってから緊張がほぐれたのか、なぜかドッと手汗をかきはじめた。このままでは証書の束の一番上と下、青山さんと渡辺さんの卒業証書が湿ってしまう。わたしはセーターの袖口で証書をつまむようにして持ち、膝の上に置いた。なるべく触らないように心がけた。つまり、泣くどころではなかった。そうして、高校の卒業式は終わった。

ちなみに、後からクラスメイトに聞いてみたら、「ちょっとだけウキッとしていた」らしい。


大学の卒業式。酒を飲みすぎた。そうして、大学の卒業式は終わった。


卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの未来に幸多からんことを。


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