2・もうひとつの冬「バレンタイン・すとらてじー」
「くるみちゃん!サンキュー!」
「ホワイトデーはお返しくれるんだよね?」
「あったりまえじゃん!」
気前いい返事がオレの口から飛び出した。
ランドセルにはまずこのチョコレートを、それからあわてて教科書類をつめこんで帰りのあいさつ、みんなでせーの。
「さよーなら!」
とびっきりのスタートダッシュで教室バイバイ。階段かけおり、
「ヒャッホー!」
校門出たら、通学路も全身全れい全力疾走。
「やったぜーっ!」
オレ、女の子だーいすき。だって女の子、かわいいじゃん?
黒犬に散歩されてるおばあちゃんがオレを見た。いっけねー。もうちょいよろこびをおさえよう。
そのかわりみんなにはオレ様のバレンタイン戦りゃくについて語らせてほしい。
今日は2月14日、「バレンタインの戦い」。
戦いは始まった。オレの本熊……まちがった……本能はちゃーんと知っているのだ。
つまり、一ヶ月後のホワイトデーはお返しじゃない。来年チョコをもらうための予約する日。
確実にホワイトデーで手作りチョコをプレゼントして、はずかしがりやのくるみちゃんの来年のハートも
「ゲェェェッッット!!!」
魔神ガーZのOPまねして、キメてみた。散歩中のベビーカーの赤ちゃんがオレを見上げた。
□
家についた。だれにも見つからないようにチョコをほおばったらもう。
「あまーい!」
ひとりじめしたチョコといっしよに手紙がある。「みるく より」だってさ。
これは、くるみちゃんのハンドルネームだ。チョコとみるく。
「かーわいいー」
あまくてあまくて……鼻血でそう。
手作りチョコは輪廻転生リサイクル。
チョコをとかして固めて食べたら口の中でまたとける。
とけて固めて固めてとける。
チョコレートだーいすき
女の子もだーいすき
だけど
だれも気づいてくれない。
オレの腹の中は、ドロドロでまっ黒だ。
□
オレ、料理するの好きー。
テレビの料理番組、わりと好きー。
オレンちページとか、ケッコー好きー。
ふろ上がりにTVリモコンをおす。
「うっま」
ふろ上がりのアイスがこれまたウマイんだわ。
おなじみの1チャンネルをポチッとな。
オイシソーなもん作ってないかなー
とか思ったら。
何なに?
マクロビオティック?
マグロどころか肉も食えねーの?
そんなレシピ食えねーな
ばんごはん、トロ食いてー
チャンネルかえよう。リモコンをつかんだ。
すると画面の向こうの女の人と目があった。
手ぎわよく料理するその人は、オレと同じ場所に小さなホクロがあった。
ハナの左横、アゴの右下、……
どっちも同じ場所。お母さんよりオレににてる、と思った。
リモコンをおいて、転がっていたエンピツをひろい、
「木室 京子」
レシピをメモするひみつノートにその名前を書いた。
□
今日は3月14日。まだ朝寒いけど毎朝シャワーをあびて、6時56分ジャストで家を出るのがオレルール。
あったかジャンパーの下はもちろん半そで。よっしゃー行くぜ。準備BANTAN。
昨夜せっせと作ったブラウニーには、白いシュガーをふったんだ。ホワイトデーだからな。
そして女の子が好きそうなキャラのふくろにつめて完成! オッシャレー
ネグセなし!
忘れ物なし!
「イッテキマース!」
今日も一番乗りをめざしてスタートダッシュした。
□
やべーな、後ろからヒタヒタと宿敵清水と、右の道には強敵北野と左の道には森まで見える。
負けてられん。1番はオレだ! 立体機動装置スイッチオンだ!
ランドセルの教科書がドカドカうるさくはねた。
げんかんの前に立つ教頭先生に、イェーイ! いっちばーん! とハイタッチ、
「おはよう。神保《ジンボ》くん今日も元気だね」
「おはよーございまーす」
天井からぶら下がる「ろう下は走らない」のプレートにも、ハイジャンプ。
5年1組の教室の電気は今日もオレがつけたのだった。ピース。
□
教室のどまん中の席ですばやく足を組み、ゆうゆうとくつろぐ社長ポーズ。
ドタバタと2番、3番、4番がつづいてやってきた。
「キミたち、おそよう」
「フン。ドヤ顔すんな。みたよ、みたよ、みたよ! ユッキーの……
これっ!!」
はぁぁぁぁぁ???
そ、それは、オレの、オレ様の、手作りブラウニーが入ったパステルカラーの紙ぶくろ。
つまり、来年のバレンタイン予約チケット。
ランドセルの中を見たら、あるはずのふくろがない。ない。ない!
げ
しまった。落としたか。
「うぉいっ! 返せ!!」
「やーだね。おーい、みんなー。
ユッキーが学校にお菓子持って来てるぞー」
くるみちゃんも混乱状熊……またまちがえた、態の教室にインしてきてヤバい。
「おいふざけんな! 返せよっ!」
「何が入ってるのかな~」
オレと清水のタイマンにギャラリーがふえてきたところで、やっとふくろをガシッとつかまえた。
しかししょせんは紙ぶくろ。力ずくでひっぱったら、すみっこでくらす小さなキャラたちの絵が、
ビリ…
一つ一つラップで包んだブラウニーが床に、
ポト、ポト、ポト…
「おはよう! 今日も朝から賑やかだなー」
先生のデカイ足が
グニュ…
「おや何か落ちて……
あ、手紙がある。なになに……『くるみちゃんへ』」
その後クラス中が爆。
からかわれまくったくるみちゃんは、二度とオレと口を聞いてくれなくなった。
清水。コロス。はい、けってー。
ユッキーってくるみちゃんのこと好きなんだってー
マジでー
うわさは早い。あっという間に、となりのクラスの女子がヒソヒソやってる。
おわったよ。
オレの来年のバレンタイン……。
□
となりの席はクラスで一番かわいい鈴音ちゃん。
清水が好きとか言うから手を出さなかったが、それも解禁でいいよな。クソー。
「鈴音ちゃんの消しゴムかわいいじゃん。においつき? ちょっとかしてー」
「いいよ。ねー、朝から災難だったね。踏まれたお菓子捨てるの?」
「いや、先生に責任もって食べてもらう。オレの手作りを先生が食べるのもキモイけどな」
「手作りー? すごいね」
「ふつうじゃね?」
キマった。オレの手札「料理男子」の効果は高い。
「みんなー、大事な知らせがあるから静かにしてー。
今日、5年1組に転校生が来ます。連れてくるから、騒がないで漢字ドリルの14番をノートにやっといて。後で提出してもらうからまじめになー」
先生はオレのブラウニーをもって、しょくいん室に姿を消した。
□
「ただいまー。今日転校生来たよ」
ランドセルをおいて、着がえたオレをお母さんがげんかんで通せんぼする。
お母さんのおなかはバスケットボールより大きくなった。
「へー、この時期に。男子? 女子?」
「女子。まあまあだった」
「かわいい子なんだ」
「鈴音ちゃんの次くらい。じゃ、イッテキマー」
「ストップ。宿題は?」
「帰ったらすぐやるって。清水たちまたせてるから行かなきゃ。6時に帰る!」
マイボールとマイシューズをもって走った。
ほんとうはまたせてない。オレがよびに行くんだ。
最近お母さんの顔を見たらイライラする。
本当に母親なら分かってくれるもんじゃないの?
オレの腹の中のまっ黒がまたとけだした。
オレは本当にこの家の子なのか?
ひまさえあれば友だちとバスケばっかりやってるのは、腹黒い自分がいやだからだ。
□
バスケ友だちの中でも、安原はうまい。
オレのディフェンスをターンでかわし、あっさりレイアップシュートできめられた。
くやしーなー
ジャンプ力じゃ負けねーのになー
身長のばしたい。
なんでオレは前から3番目なんだ。
宿題やる前に牛乳をいっきのみした。
背が高くなったらぜったいモテる
バスケがもっとうまくなる
上から目せんで清水を見下せる
ほらな。いいことばっかだ。
だから早く、
背の高い両親の子どもだって証明をオレにくれよ。
□
転校生は、中山さよみちゃん。
清水と山崎と帰ろうとしたら、まだ教室にぽつんと一人でのこっている。かわいそうだと思った。
たぶんいっしょに帰る友だちがいないから。
「よ。家、どのへん?」
「マンション」
「体育館近くの? すっげ、新しいとこじゃん。いっしょに帰ろうぜ」
「うん」
もっとわらえばいいのに。まだきんちょうしてるのかな。
うちのクラスはバシバシたたく女子多いしな。
さよみちゃんは、おとなしそう。
帰り道の清水と山崎がいつもよりテンション高い。
清「さよみちゃんは何号室?」
さ「教えちゃダメって、お父さんとお母さんが」
清「サイキクスオの能力使うか」
オレ「それってまんま、クウガの第三形熊だよなー」
シーンとして山崎がぽつんと聞いてきた。
山「なに、それ」
オレ「だからクウガのさ、第三形熊…ちがった、第三形態。緑色の」
山「なあ清水、サイキ、アニメ何曜日だっけ」
軽くオレをハブりやがった清水と山崎にバイバイ。さよみちゃんはオレと2人になると、とたんにクスクスわらい出した。
「クウガって知ってるわよ。緑色はペガサスフォーム」
「それそれー。古い特撮ヒーロー、オレだいすき。もしかしてさよみちゃんも?」
「うん。ふふふ……でも君には敵わないと思う」
「あ、オレ神保。でもユッキーでいいよ」
「じゃあ、ユッキー。
今日はありがとう。うれしかった」
「おー。また明日な」
きっとオレがクラスで最初にさよみちゃんをわらわせた。やったぜ。
来年のチョコは、さよみちゃんにおねがいしよう。これでキマリ。
□
「中山さんって、給食じゃなくてお弁当なんだ?」
「……アレルギーがあって」
給食の時間。
机の上に一人だけ弁当を出したさよみちゃんは、小さく答えた。
みんな興味しんしんでさよみちゃんの弁当を見に集まってきた。
好きなおかずばっかり食べられていいな
給食当番やらないのずるいな
食べられないものがあるなんてかわいそう
食べたらどうなるの
死んじゃうの
「こらー、給食当番は自分の仕事やりなさい。当番じゃない人は手洗いして席につく」
「せんせー、中山さんはなんで給食じゃないんですかー?」
「5時間目の道徳でその話をするから、今は給食の準備に集中して」
ガヤガヤした声はヒソヒソした声になった。
さよみちゃんがあまりわらわない理由が少しわかった気がした。
□
さよみちゃんは、オレの成長サプリの牛乳が飲めない。あと乳製品とナッツが食べられないそうだ。
食べたくない、と、食べられない、は、ちがうんだって先生言ってたな。
ふろ上がりにテレビの料理番組を見ながら、材料から牛乳、乳製品、ナッツを引き算してみる。
バターもダメなんだろ? パンとかグラタンとか食べたいときどーしてんだ?
オレの口には今、チョココーティングにアーモンドをトッピングしたアイスクリームがひんやりとけている。
ふろ上がりに食べるアイスはゼータクな気分だ。
もし、この極上のアイス食べたら死ぬって言われたら。
「だったら死んだほうがマシ」って言う?
今日教室でだれか言ってたけど。
ひみつノートのページを開き「木室 京子」の文字をながめる。そーいやこの人、肉がなくてもおかずができるっつってたよなって。
□
肉がなくてもおかずはできる。
アレルギーあってもバレンタインはアリでしょう。
あれから春、夏、秋、冬考えた。
バレンタインデーは女子が好きな男子に本命チョコあげる日なんて、ナンセーンス。
義理チョコ友チョコ逆チョコだっておけ。
いまだ女子の中でういているさよみちゃんは、だれにもチョコあげる気なんてないだろな。
食べ物の話はしちゃいけないふんいきが、できあがってしまっている。
だから今年のバレンタインは、オレがさよみちゃんに作ってあげよう。
牛乳も生クリームもナッツも使わない手作りチョコ。
離乳食の始まった弟が物欲しそうによだれたらしてる。
おまえはダーメ。鼻血でるから。
□
チョコレートをとかして、くだいたコーンフレークまぜて、かためるだけの輪廻転生リサイクル。
とけて固めるをくりかえす、オレの腹は真っ黒だ。
言葉にすれば全部終わる、そんな最終兵器が腹にある。
周りは知らない。みんな見た目でしか判断しないから絶対わからない。お前らが思ってるほどオレは子どもらしい子どもじゃない。
でもうれしかったんだ、腹の底から。
去年くるみちゃんに作ったブラウニーより超かんたんなのに、すっごいよろこんでくれたのが。
ありがとうって言ってくれたのが。
ちゃんと言ったよ? 乳製品とナッツは使ってない。
調べた。
アレルギーでも食べられるおやつ。
そしたら次の日、さよみちゃんは学校を休んだ。
アレルギー反応が強くでて入院したって先生が言った。
かわいそうという声
たいへんなんだねという声
そんな同情は一瞬だ。
わたしアレルギーじゃなくてよかったという声
そしてみんな3分後には忘れてる。
「漢字テストやるらしいよ」
「えー」
「今日の給食ホワイトシチューだって」
「うまそー」
「ユッキー、体育館の場所取りよろしくー」
「……」
エンピツにぎったままのオレの手のひらからは、あぶら汗が止まらなかった。
なんか食べちゃったの?
もしかしてオレのチョコで?
ちがうよな?
だって牛乳もナッツも使ってなかったよ?
バターも生クリームも……
オレ、なんかまちがえたの?
オレのせい?
なの?
□
1週間休んで、さよみちゃんは復活した。
いっしょに帰ってくれるのオッケーしてくれて、すげーホッとした。
好意が毒を盛った。
オレたちがふだん、うまいうまいと食べてるものが、さよみちゃんにとっては毒になるということを、
オレはよく理解してなかったんだ
「本当はチョコレートもたくさん食べちゃいけないの。でもうれしくていっぱい食べちゃった。これ食べて死ぬんならいいやって」
「そんな……」
「好きなもの食べたいって思ったこと今までなかった。食べていいと言われたものを口に入れるだけ。おいしいとか、よくわかんないし。みんなと同じもの食べることも諦めた」
「……」
「でもあのチョコは、食べたかったの」
さよみちゃんは、オレを見た。
「そしたら甘くて
おいしくておいしくて
こんなにおいしいものがこの世にあるの?って、ダメなのに止まらなくて一気に全部食べちゃった」
さよみちゃんは笑っているけどオレは泣きたかった。
「食べながら、メチャメチャ痒くなって息が苦しくなって、本当に死んじゃうの? と思って、はじめて後悔したよ」
「……ごめん」
「違うよ。後悔したのは、死んでもいいやって思ったこと」
「それだけ苦しかったんだね」
「違う違う。いつかユッキーにバレンタインチョコレートあげたいからなの。死んじゃったらあげられないもん。
私ね、少しずつだけどいろんなものが食べられるようになるんだって、お医者さんも言ってくれた」
「オレに気をつかってる?」
「気なんて遣ったら何も言えなくなっちゃうよ」
「そっか。だよな」
だから教室でおとなしいんだな。
ムッツリじいさん家の庭から歩道に突き出した木の枝にジャンプ。
「あ、マンガ貸してあげようか。おもしろい4コマあるんだ」
「うん!」
さよみちゃんとなら、気をつかわないでお気に入りのマンガをいっしょに読めそうじゃん。
それに、
あっさりバレンタインの予約もらっちゃった。
「朝何時に家を出てる?」
「7時半くらいかな」
「じゃあオレも明日からそうしよっかなー」
「一番乗りできないよ?」
「もうすぐ卒業式だし。ガキっぽいことは在校生にゆずるよ」
-つづく-
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