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【青森県むつ市】霊場恐山 火山と信仰が綴る奇景の地

 青森県むつ市の郊外、恐山 (おそれざん)。
 小説、映画、漫画とその様々な作品にそのまま、あるいはモチーフとして登場するこの霊場は、独特の響きを持つその名と共に多くの人が知っているだろう。
 下北半島国定公園にも指定されているここは、常に噴出する硫黄ガスのために草木のほとんどが枯れ真っ白く変色した岩が広がる異様ながらも神秘的な光景が広がっている。

※恐山の開山期間は5月1日〜10月31日となっています。記事投稿の12月現在は閉山中です

恐山の入り口。
この門を抜けたあたりから硫黄の臭いが一層強くなる

 霊場恐山は宇曽利 (うそり)湖の湖畔にある。
 元々恐山は宇曽利山と言われていたらしく、この湖も宇曽利山湖と表記されることがある。

宇曽利 (うそり)湖。
ちなみに上空から見るとハート型をしている

 酸性の強い水が流れ込み、しかも湖底から噴出する硫黄ガスが溶け込んだ宇曽利湖の水はpH3.4前後と強い酸性を示す。
 見るからに異様な光景といいとても生命が生きているとは思えない環境だが、この湖にはエラに独自の進化を遂げたウグイが生息している。そして、世界で一番酸性度の高い湖に生息している魚がここ宇曽利湖のウグイと言われている。

 元々ウグイは酸性に強い魚で、玉川の水が流れ込んだためにかつて固有種だったクニマスなどが絶滅した秋田県の田沢湖でも唯一生き延びた魚だ。
 それでも他の地域の普通のウグイは放しても生き延びられないと言われており、ここに住むウグイでさえ中性に近い周辺の河川で生まれ育ち、成長したら宇曽利湖に移動する生活をしているらしい。

参考までに秋田県の田沢湖の「クニマス未来館」に
展示されていた酸性度の表。
田沢湖の水質は中和事業により少しずつだが回復してきており
ウグイ以外が全滅した一番酷い状態の時期で
水面のpHは4.2だったらしい

 この先を進むと恐山菩提寺があり、一般的に恐山と言われて想像される光景は菩提寺の境内だ。
 その菩提寺手前には、宇曽利湖から唯一流れ出す川である三途の川だ。

 恐山が霊場とされたのは北東北にて信じられていた「死んだ人間の魂は恐山に行く」という信仰が由来とのことだ。
 同名を冠する川は日本中にあるが、まさに彼岸と此岸の境目の川を冠するに相応しい川といえよう。

三途の川。
あまりにも白い川底と青く見える水が異様だ。
三途の川には太鼓橋という橋がかかっているが
老朽化のためか通行止めになっていた。
なお、白い布が巻かれているのは
夜でも死者が橋を渡りやすくするためとのことだ
太鼓橋は石造りの橋として
作り直す計画があるらしい
三途の川の前には
奪衣婆 (だつえば)と懸衣翁 (けんねおう)の
石像が控えている。
奪衣婆が死者の服を剥ぎ取り、懸衣翁が服を柳の木に懸けて
死者の罪の重さをはかるという。
右側にはちゃんと柳の木も植えられている

 恐山を象徴する光景といえば花代わりに手向けられている風車だが、これは三途の川手前の地蔵にも手向けられている。

三途の川を示す標識横の地蔵

 昔は幼児の死亡率が高かったこともあり、幼くして死んだ子供の魂を慰めるために風車を刺す風習が残っていると聞く。
 他にも輪廻転生を表しているという意味があるという説を聞くが、個人的にはニ酸化硫黄を含む可燃性ガスが噴出する為に備えた花が枯れたり脱色したりしやすく、一般的に供養で使われる線香や蝋燭も引火の恐れがあり危険だからではないか、と思っている。
(実際に菩提寺の境内には、可燃性の硫化水素が噴出していることから蝋燭などの火気の使用は所定の位置のみで行い、かつ喫煙を禁止していることを示す看板がある)

地蔵の向かいにも積み上げられた石などがある

……ん?

ものすごく見覚えがある像がある

仙台四郎!?!?!?!?!?

(※明治時代の仙台に実在した人物。生前から「四郎が自ら選んで訪れる店は繁盛する」と有名になり、死後は写真などが商売繁盛の利益があるとされた。現在も福の神として信仰されており、東北地方の個人経営の店舗にはよく肖像などが貼られている)

 リアル間違い探しというか、明らかに違うものが目に入って困惑したがこの先にあるのが恐山菩提寺だ。

恐山菩提寺の門。
菩提寺では毎年7月の例題祭と10月の秋詣りに
イタコによる口寄せが行われることでも有名だ。
仏教と民間信仰の融合が実に興味深い。
恐山を開山したと伝えられている
慈覚大師円仁 (じかくたいしえんにん)の石像。
円仁に由来すると言われている寺院は
東北地方を中心に700あると言われている
駐車場横にある巨大な六地蔵。
それぞれが地獄道、畜生道、餓鬼道、修羅道、人間道、天道を
救う役割があるらしい。

 恐山は特にお盆の時期などは非常に混雑することもあり、駐車場の横にはカレーなどを販売している食堂がある。
 他にも境内には自由に入れる温泉がある。
 自分は入らなかったが玄人向けの高温の温泉らしく、酸性度が高いために長時間の入浴は控えるよう書かれているとのことだ。
 また、事前に電話かFAXで予約しておけば宿坊への宿泊も可能であり、山奥にあるとはいえ古くから広い地域で信仰を集めてきた場所らしい利便性だ。

奥に見える建物が食堂の蓮華庵
お参りおすすめスポットの解説
境内。
時期によっては左の小屋でイタコが口寄せを行う
今どきのシャツを着せられた地蔵。
三途の川の仙台四郎といい
荘厳な雰囲気と北東北らしいゆるさの温度差にくらくらする
左手に見える木造の小屋は温泉だ。
同様の温泉が恐山には4ヶ所ある
顔がもっちりしていてやけに愛嬌のある亀 (霊亀?)
大量の風車。
恐山らしい光景だ。
ここからが参道だ。
見ての通り、最低限の歩道が整備されているだけだ。
石が崩れやすいことに加え、火山性ガスの危険もあるので
歩道からは出ないようにしよう
階段もそこそこ急だ
所々に石が積み上げられている。
賽の河原の子供の手伝いをすることで
徳を積めると言われているらしい
振り返ると絶景が広がっている
所々に石碑や仏像がある
真っ白い岩、遠くの草木、青い空
まさに奇景だ
ゴツゴツした岩が広がるエリアは
場所毎に地獄の名がつけられている。
この辺りは無間地獄
入町桂月の句。
入町桂月は他にも仏ヶ浦にまつわる句が有名なほか
十和田湖を愛し十和田開発の三功績者の1人に数えられている


点在する火山性ガスが薄い場所では
わずかな場所に寄り添い合うように低木が生えている
火山性ガスのみならず、初夏のやませや真冬の豪雪が襲いくる
宇曽利湖畔で生き延びられる植物の種類はそう多くない。
イソツツジやハクサンシャクナゲといった
わずかな種類の植物だけが生き延びられる環境だからこそ
初夏には一斉に花咲く姿が見られるという
所々に析出した硫黄が見られる
先述した硫化水素注意の看板
しばらく荒涼とした風景が続いていたが
山際には草木が生い茂っている
賽の河原と名付けられている一角
地蔵が立っている
そしてすぐ横にあるのが血の池地獄。
かつてはその名の通り赤かったらしく
確かに台座には染料らしき赤い色が残っている
血の池地獄の隣の水たまりは、繁殖している藻のせいか
水底の一部が赤黒かった。
こういった藻により赤く染まっていたことが
血の池地獄の名前の由来だったのかもしれない
さらに進むと大きな岩が消えて砂浜が広がっている。
極楽浜と言われるエリアだ
地獄の名のつく光景を抜けた先にある極楽の名がついた場所は
あまりにも静かだ
手前の水たまりには噴出したガスによる波紋が広がる。
ちなみに奥に見える人は生きた人間である
人が少ないシーズンに行ったこともあり
あまりにも静かな光景だった
震災慰霊塔。
東日本大震災の死者の供養のために作られた慰霊塔だ。
左右にあるのは鐘で、この音だけが響き渡っていた
人の多いシーズンには、この石積みの上に
供養のための花や蝋燭や線香が建てられている
まだまだ道は続く
宇曽利湖から流れ出た水が蒸発し
ここでも硫黄を析出させている
そして草木の生えたエリアに差し掛かる。
あまりにも静かで色の少ない死の世界から
やっと生命の気配を感じられる場所に
戻ってこられた
ここも振り返れば絶景
草木の生い茂る道をしばらく進む
再び草木が減ってくると胎内くぐりの文字が見えてきた
そろそろ終わりだろうか
と思ったらまた地獄が出てきた。
ここは重罪地獄。
地獄を超え極楽を経ても生まれ変わった先はまた別の地獄
神曲もびっくりの構成だ
金堀地獄。初めて聞いたが文字通りに金の亡者が落ちる
ひたすら金を掘り続ける地獄だという。
関係があるのかわからないが、恐山周辺は昔から砂金が取れ
近年の調査でも火山活動による温泉の沈殿物に
量こそ多くないものの非常に品位の高い
(含まれている金の割合の多い)金脈が
現在進行形で生じていることが確認されており
日本の地質100選にも選定されている。
古くから信仰を集める霊場である以前に国定公園のため
開発はされないようだが……
修羅地獄。
この辺りは危険なため立ち入り禁止になっている場所が多い
それでも先に進むと
駐車場が見えてきた。
やっと現世に戻って来れた気分だ

 門から駐車場までゆっくり歩いて1時間程度。
 恐山はその独特の光景と霊場としての面はもちろん、生息する生き物などについても興味深いスポットだ。
 下北半島を訪れた際には、是非立ち寄ってもらいたい。

恐山菩提寺
住所: 青森県むつ市大字田名部字宇曽利山3-2
開山期間:5月1日〜10月31日
開山時間:6:00〜18:00
入山料: 大人500円 小学生・中学生200円 
    団体400円
アクセス:下北駅から自家用車で30分程度。時期により本数は大きく変動よるが、開山期間中は下北駅からバスが出ている

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