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【掌編小説】目黒川

目黒川沿いを歩きながら、もう会わなくなった人たちを思い出す。
ここは私にとっての渋谷。
用事がないのに目黒駅を降りてしまう。
平日は人が少なく、時間もゆったり流れている。
ゴルフの打ちっぱなしをする音が聞こえ、深呼吸すると生臭い川の匂いが入ってくる。

中目黒に向かって歩いているとアトラスタワーの方から来た飼い主にそっくりの犬とすれ違う。
「なんでここにあなたが?」と飼い主の気持ちを代弁するように犬がこちらを見つめている気がする。
確かに私はここに住んでいない。
スティングのイングリッシュマン・イン・ニューヨークが頭の中で再生される。自分がふさわしくない感触。

それでもあなたとわたしは今すれ違ったのだから、何か共通点があるはずだと思う。
目黒川が嫌いではないこと。くらいはきっと一致している。
だからここにいる。
言葉を交わしはしないけど、そういう1ミリくらいの安堵は私にはある。

私は多分、疲れている時にここに来る。
心の隅に溜まった汁を流したいのかもしれない。
生臭い川の匂いで深呼吸する時間。
スターバックスリザーブまで来ると、人が増え、深呼吸をやめる。
人の笑い声も同じようなものかもしれない。

私はセルリアンタワーを目印に渋谷に向かって歩き出す。



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