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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 14

 五瀨はマックスブチである。奴婢の反乱の所為で集落は炭の王国と化したからだ。しかもあろう事か奴婢達は正妻を誘拐して逃走してしまった。此れは何とも言えぬ屈辱である。だから、生け取りにした奴婢を此れでもかと言うぐらい痛めつけた。
 この拷問は見るに耐えない物であった。五瀨は先ず爪を一枚一枚ユックリ…ユックリと剥がさせた。手指の爪を全部剥がし終わると同じ要領で足指の爪を剥がさせた。勿論尋問などはしない。ただ痛めつけて苦しめるのだ。
 爪を全て剥がし終わると剥がした部位に海水をかける。そして更に其の部位を荒い石で擦らせた。静寂の闇に奴婢の悲鳴が響き渡る。だが、どれだけ喚こうと許される事はない。更に海水をかけて石で擦る。余りの激痛に気を失っても直ぐに水をかけられ現実に戻される。其れを何度も何度も繰り返す。此れを何度も繰り返すと荒い石で削られた身の中から骨が顔出す。
 骨が顔を出すと今度は石ハンマーで手指、足指を何度も何度も力一杯叩きつける。指がグチャグチャになると今度はユックリ…ユックリと指を切り落として行く。二十の指を全て切り落とし終わり始めて五瀨は尋問する事を許した。
 既に奴婢達に逆らう気力は残されていなかった。皆が皆ペラペラと全てを話したのだ。正妻が奴婢の待遇を改善した理由から何から何迄である。
「フム…。つまり正妻は其方らを解放するのが目的であったと…。」
 五瀨が問うた。
「は……い……」
「其れで幽閉されていると勘違いから反乱を起こしたと。」
「は……い……」
「勘違い ? 勘違いで反乱を起こすか ?」
 と、五瀨は兵士達を見やった。
「起こしません。」
「勘違いで武器庫の場所迄把握したのか ?」
 と、更に五瀨は兵士達を見やり笑った。
「ほ……本当……」
「嘘をつくな !」
 と、五瀨は奴婢の目をくり抜いた。奴婢の悲鳴が響き渡る。
「真なる事を話せ。」
 と、五瀨は更に左耳を切り落とした。
「五瀨様…。二人の妻を連れて来ました。」
 と、怒りプンプンの五瀨の前に兵士がテクテクとやって来て言った。
「来たか…。」
 と、五瀨は眞奈瑛達を見やった。
「五瀨様。此れは ?」
 拷問されている奴婢から目を逸らし眞奈瑛が問うた。
「すまぬ…。奴婢達に尋問していたのだ。」
「其れで正妻は無事なのですか ?」
「其れがどうやら正妻は奴婢を解放するつもりだったのだ。」
「解放 ?」
 眞奈瑛が聞き返す。
「あぁぁ…。だが、どうも辻褄が合わぬ。正妻が幽閉されていただのと…。」
「幽閉 ?」
「そうだ。」
「一体誰が其の様な事を ?」
「この奴婢が言うには正妻と志を共にする女だと…。」
「志 ?」
「正妻と同じく奴婢を解放したい女らしい。」
「其の様な女がいるのですか…。」
 と、眞奈瑛達は奴婢を見やった。
「其の女が武器庫の場所を教えたらしいのだ。」
「女が武器庫の場所をですか ?」
「不思議であろう…。女は武器に等興味をもたぬし、其の様な女の話も聞いた事が無い。」
「はい。私達も武器庫の場所等知りません。」
「其れで其方らに聞きたいのだ…。この奴婢は嘘を言っているか否か。正妻は黒か白か…。」
「其れは分かりません。ですが奴婢の身分を決めた時、正妻は自分と奴婢だけで話したい事があると私達を外に出しました。」
 シレッと眞奈瑛が言った。
「成程…。つまり其の時に正妻は今回の計画を立てていたと言う事か…。」
「しかし…。正妻が真逆この様な…。」
「そうだな…。しかし…。此処まで痛めつけられ尚正妻を庇うとは…。実に見事だ。」
 と、五瀨は奴婢の首を刎ねた。
「五瀨様。もう良いので ?」
 兵士が問うた。
「良い。全ては白日の元明らかになった。残った奴婢を全て殺せ。収容所に残っている奴婢も全てだ。」
「五瀨様 !」
 眞奈瑛が叫んだ。
「ど、どうした ?」
「収容所の奴婢に罪はありません。否、罪が有ろうと無かろうと全て殺すは国力の低下に繋がります。この状況、奴婢なくして復興するは至難でありましょう。」
「怒りのまま行動するは王に有らず。先ずは国の再建を優先すべきです。」
 と、眞奈瑛達が強い眼差しで言ったので五瀨は考えを改めた。
「だが、正妻と共に逃げた奴婢に容赦はせぬが…。其れは構わぬな。」
「構いません。ですが正妻はどうするのです ?」
「そんなに奴婢が良いなら奴婢になれば良い。」
 そう言って五瀨は日の出と共に兵を出す事を決めた。
 一方連れ去られた正妻は何度も何度も話を聞き返していたが何度聞いてもナンジャラホイであった。
「つまり…。正妻は幽閉されていた訳では無いと。」
 那賀須泥毘古(ながすねびこ)が問うた。那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は茂みが生い茂る場所に火を焚き体を休めていた。
「はい。頭に石が当たったので安静にしていただけです。」
「では、あの女は何だったのでしょう ? その女が武器庫の場所迄教えてくれたのです。」
「武器庫 ?」
 と、正妻は首を傾げた。
「はい。」
「武器庫…とは ?」
 正妻は武器庫を知らなかった。
「武器をしまって置く場所です。」
「はぁ…。其の様な場所があるのですね。」
「はい。ですが正妻は武器庫を知らない。だとしたらあの女は…。」
「そう…。その女はどの様な人でしたか ?」
「どの様な…。」
「はい。妻の中の誰かかも知れません。だとしたら私を嵌め正妻の座を狙っているのかも…。」
「正妻の座を…。かも知れません。」
「否…。其れは有りません。」
 正妻は即座に撤回した。
「何故です ?」
「五瀨が気に入っているのは、其方も会ったでしょうあの二人の妻です。ですから、私が消えても他の妻が正妻になれる事はないのです。」
「あ…。あの時の二人ですね。私に会いに来たのは別の女です。」
「そうですか…。」
「だとすると何か変だ。」
「はい。」
「此れに何の意味があるんだ…。」
 那賀須泥毘古(ながすねびこ)は疲れた頭で色々と考えた。考えたが一向に答えが出て来ない。正妻も色々な事を考えたが矢張り納得出来る解答には行きつかなかった。

 そして…。

 何も考えが纏まる事なく夜が明けた。

「正妻…。起きて下さい。」
 那賀須泥毘古(ながすねびこ)が正妻を起こした。どうやら知らぬ間に寝ていた様であった。
「寝てしまっていたのですね。」
 と、正妻はゆっくりと体を起こした。
「さぁ、進みましょう。」
「進む ? 否…。私は五瀨の元に戻ります。」
「戻る ? 今回の事五瀨がどの様に捉えているか分からないのですよ。」
「どの様に捉えていても話せば分かります。其れに二人の妻が正してくれましょう。」
「だと良いのですが…。」
「私は何とでもなります。ですが其方達は逃げなさい。五瀨は間違いなく其方達を苦しめるでしょう。」
「はい。私達に戻る道はありません。其れは正妻も同じです。」
「何故です ?」
「この話が理解出来ないからです。理解出来ない以上、安易に戻るは危険です。其れに正妻はあの二人の妻を信用されている見たいですが、あの二人が嵌めた可能性もあります。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)…。其方は知らぬでしょうが…。」
「知っています。」
 被せる様に那賀須泥毘古(ながすねびこ)が言った。
「知っている ?」
「はい。今だから言うのですが…。正妻がア国に行っている間に五瀨のいる集落に私達を連れて来たのはあの二人です。五瀨にそうする様に告げたのもあの二人。」
「真逆…。」
 驚いた口調で正妻が言った。
「本当です。しかもあの二人は誰よりも多くの奴婢を従え、私達を犬の様に扱っていました。」
「そ、そんな…。嘘です。」
 震える口調で言った。
「否。本当です。しかもあの二人は正妻が戻られる三日前に突然従えていた奴婢達を手放しています。」
「手放した ? 真逆…。其れは…。」
「はい。正妻を欺く為かもしれません。そう考えると何となくですが辻褄が合います。」
「も、もし其れが真であるなら私は…。私は矢張り戻らねばなりません。」
「否…。既に遅いかと。」
「遅い ?」
「あの二人は既に五瀨に取り入り正妻を悪としているでしょう。」
「だとしても…。」
「正妻。嘘の情報を持ってきた女が別にいると言う事は、あの二人には別に仲間がいると言う事…。何より残念な事に人は正妻を忌み嫌っています。もしもあの二人が正妻を嵌めたのなら国に正妻を庇う人はいません。つまり正妻に勝ち目はないのです。」
 と、言った那賀須泥毘古(ながすねびこ)の言葉に正妻は今迄の事を思い出していた。そして気づいた。何故自分が此処まで人に忌み嫌われる様になったのか…。確かに奴婢を奴婢として扱う事を嫌っていた自分を人は良くは思っていなかった。だが、忌み嫌われる程では無かったし。もともと五瀨と自分が住む集落には奴婢はいなかった。だから、人とは上手くやっていた。

 其れが一変したのは…。

 其れは。

 ア国から戻って来てから…。

 つまり、あの二人が奴婢を集落に連れて来てからだ。しかも、あの二人は奴婢を解放させる為と自分に策を与え結果孤立して行った。
「嵌められた…。」
 ボソリと正妻が言った。
「かもしれません。」
「な、なんとかしなくては…。」
「無理です。正妻と共にいるのは私達です。五瀨は奴婢の言葉など信じません。」
「そうですね…。なら、私達はア国に向かいましょう。」
「ア国に ?」
「五瀨が信じずとも母様は信じてくれましょう。そして、其方等の事は必ず私が守ります。」
「分かりました。なら、ア国に行きましょう。」
 と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達一向はア国に向かう事にした。

 だが、其れは叶わなかった。

 五瀨は自軍を日の出よりも早く軍を出立させていたからだ。しかも、奴婢の逃走経路から大凡の場所は特定出来ていたし、何より眞奈瑛達が仮に正妻が首謀者であるなら奴婢を連れてア国に向かうだろうと言う助言が役に立った。だから、五瀨は逃走経路からア国に向かう道を割り出しそこに兵を向かわせていた。つまり、眞奈瑛達の方が一枚も二枚も上手だったのだ。結局那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は日が沈む前に那賀須泥毘古(ながすねびこ)以外の奴婢はほぼ全員が虐殺された。
 戦闘が終わり正妻は将軍の前に連れ出された。其の扱いは罪人を扱う様であった。正妻は将軍の前で着ている服を剥がされ汚い布切れを渡された。
「な、なんですか此れは ?」
 将軍を睨め付け正妻が言った。
「五瀨様は其方を奴婢として扱う様にと…。」
「わ、私を奴婢にすると。」
「はい。其方は既に正妻では無く奴婢なのです。其の服が気に入らぬなら裸でも構いません。」
「ふざけた事を…。この様な仕打ちを母様が許すとでも ?」
「反乱の首謀者が何を。」
「私は反乱など…。」
「既に事実は明白。裁きは五瀨様が下されます。」
「そうですか…。」
 と、正妻は渡された汚い布を体に巻き付け紐で縛った。そして兵が正妻の両手に枷をはめた。だが、正妻は平然としていた。理由は那賀須泥毘古(ながすねびこ)にあった。
 正妻は奴婢が虐殺されて行く中で那賀須泥毘古(ながすねびこ)に逃げる様に伝えた。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は当然其れを拒んだが、正妻はア国に行き事の真相を母様に伝える様に言った。
「わ、私が ? 其れは私が行くよりも正妻が行く方が…。」 
「否…。此処で私だけが逃げれば其方達は全滅です。ですが、私が投降すれば全滅は回避出来ます。」 
「ですが、其れでは正妻が…。」
「五瀨も直ぐに私を殺す様な事はしないでしょう。其れに其方等が全滅し、私が捉えられれば母様と連絡を取る手段が絶たれてしまいます。」
「だとしても…。」
「ア国に行き母様を動かしなさい。そして私を助けて下さい。」
 そう言って正妻は投降し、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は残った同士を連れてア国に向かった。
 那賀須泥毘古(ながすねびこ)がア国に行き母様を動かす事が出来れば誤解を解く事が出来る。そうなれば二人の妻を逆に咎める事が出来る。正妻はそう考えていた。

 だが、正妻は此処で大きな勘違いをしている事にまだ気づいていなかった。

 其れは…。

 眞奈瑛達が正妻の座など求めていないと言う事である。

 つまり、母様を動かす事は単に実儺瀨(みなせ)達の負担を減らしただけだったのだ。


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