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超一流編集者の編集担当になって学んだ8のこと【後編】

こんにちは。『パン屋ではおにぎりを売れ 想像以上の答えが見つかる思考法』を担当した編集部のショージです。

本書の著者はアスコム取締役・編集局長の柿内尚文さん。初めて名前を聞く方も多いと思いますが、業界内では知る人ぞ知るベストセラー編集者です。

長年、雑誌と書籍の編集に携わり、これまで企画した本の累計発行部数は1000万部以上、10万部を超えるベストセラーは50冊以上!「3万部を超えたらベストセラー」といわれる書籍出版の世界で、これだけのヒットを飛ばし続けている編集者は本当にごく少数だと思います。

この記事では、しがない編集者である僕が「超一流編集者の編集担当になって学んだこと」について2回に分けてお伝えします。

前編はこちらから!

では、後編スタートです!

⑤ノウハウを言語化する

「シコ練」って何の略だかわかりますか?

さて、前回までは「編集者」である柿内さんから学んだことをまとめてきました(本当はまだまだあるのですが……)。
ここからは「著者(執筆者)」としての柿内さんから学んだことを紹介します。

いま僕もこうして自分の文章を書いているんですが、普段は編集者として著者やライターさんの文章を整えたり、書き直したりするぐらいであり、「すでに文章があること」が前提となっています。

でも、いつもなら俯瞰的・客観的(つまり読者目線)で接することのできる文章も、自分で書くとなると途端に自信がなくなります。「これって説明不足じゃないか」「いやいや書きすぎてないか」など不安が常に頭をよぎります。

この悩みは柿内さんも強くお持ちだったようです。脱稿の段階からかなりハイクオリティでお世辞抜きに面白いと思ったのですが、「(原稿に対して)全然自信がない」ということを何度もおっしゃっていました。

そんな柿内さんの原稿、いったい何が素晴らしいと感じたのか。

ひとつめは「ノウハウを言語化している」こと。この本では、超一流の編集者がこれまでのキャリアで身につけた、人生のさまざまな場面で使える「考える技術」を紹介しています。

そして、「考える技術」とは「広げる」と「深める」のふたつで構成されており、それぞれ6ずつ、計12の方法に分けることができます。

この12の方法、「〜する」「〜せよ」みたいな動詞で表現しがちなのですが、柿内さんは「数珠つなぎ連想法」「脱2択」「360度分解法」「ポジティブ価値化」「自分ゴト、あなたゴト、社会ゴト」「正体探し」といった具合に、絶妙なネーミングをしています。

加えて、「シコ練」「シンキングプレイス」「自分会議」「言葉貯金」といった独自の言葉も出てきます(ちなみに「シコ練」とは「思考の練習」の略です。くれぐれも勘違いしないように……)

こうしたキャッチーな言葉は、立ち読みでパラパラめくったときにも目立ちますし、読者との新しい共通言語となってさまざまな箇所で使いやすくなります。繰り返し使えば、当然記憶にも残りやすいですよね。また、ネット記事で単体として紹介しても十分インパクトがあります。

「ビジネス書を出版したい!」という人はぜひこの「ノウハウの言語化」をすると、一気に独自性が出るのではないでしょうか。


⑥ 「たとえば」を多用する

わかりにくい文章の原因は「たとえば」が少ないから?

柿内さんの原稿を読んでいて「わかりやすいな」と何度も思ったのですが、その理由はなにか自分なりに考えてみたところ、「“たとえば”が多いからではないか」という結論になりました。

主張やノウハウを伝えるとき、「これくらいのことなら誰でも知っているでしょ」と思ってサラッと書いてしまい、読者が説明不足に感じてしまうのはあるあるの話です。みなさんもビジネス書や実用書を読んでいて、「わかるようでわからない」と思った経験がありませんか?

より深いレベルで共感してもらうためのワザ、それが「たとえば」です。
とにかく少しでも説明不足だと思ったら「たとえば」を使う。簡単なことに感じるかもしれませんが、どんな事例を出すのかは感覚的な部分も大きいですし、自分の経験や知識を客観的にとらえないと使えないので、実はかなり難易度が高いと思います。

さて、この「たとえば」。今回の本ではいくつあったと思いますか?
20、30……?

それでも多いのかもしれませんが、確認してみたところ、その数なんと「57」
272ページのうち目次や章トビラ、参考文献などを除くと約260ページなので、だいたい4ページに1回は出てくる計算です。

4ページというと2見開き。平均するとひとつの見出しに対して「たとえば」が出てくるイメージです。しかもこの本は「12行×36文字」というゆったりしたデザインなので、実際に読んでみると、その数の多さに気づくと思います。

これだけ「たとえば」が出ていると、一つひとつの説明に対して「あっそういうことね」と腑に落ちながら読み進めていくことができます。ベテランのランナーと走っていて、「大丈夫ですか?」と細かく確認してもらえるような安心感があります。

ここでは「たとえば」という言葉を例として出しましたが、文章がうまい人たちは「たとえ話(比喩)」が総じて上手です。短いメッセージのやりとりが増えている今の時代だからこそ、「伝え方のお手本」として本書をお読みいただくと、普段の生活では使わない伝え方のテクニックを学べるかもしれません。


⑦ 「幅」を持たせる

「自分ごと感」を持ってもらうために

「たとえば」に意味合いとしては近いのですが、「エピソードの豊富さ」も本書の特徴です。ざっと挙げるだけでも……

●ガリガリ君リッチコーンポタージュの誕生秘話
●松岡修造さんが日本一熱い男になれた理由
●ジャパネットたかたの創業者・髙田明さんがボイスレコーダーを大ヒットさせた話
●千代田区立麹町中学元校長の工藤勇一さんの思考のベース
●自身が関わった大ベストセラー『『医者が考案した「長生きみそ汁」』『「のび太」という生きかた』『はじめての人のための3000円投資生活』などの秘話

など、本当にたくさんの事例が盛り込まれています。

さらに……
○出版関係者
○編集者
○受験生
○親御さん
○営業職の人
○部下を持つリーダー
○飲食店オーナー
○行政で働く人
○人間関係の悩みを持つ人
○恋愛を成功させたい人
など、さまざまなターゲットに向けたノウハウ・アドバイスが紹介されています。

多種多様なエピソードを盛り込み、幅広いターゲットに向けたコンテンツを入れる。こうすることで「自分ごと感」が増して、より本に対する信頼度が上がります。

ベストセラーになるきっかけは「読者の意外な声」から!?

もうひとつ、これは僕の予想なのですが、柿内さんがターゲットやエピソードの幅を持たせた理由は、「ずらす法」を使える可能性があるからだと思っています。

「ずらす法」は、本書で紹介している考える技術のひとつ。
すでに存在するものに新しい風を吹かせたいとき、たとえば仕事で、自分の担当する商品やサービスが売れなくなってきたときに使える方法です。

本書では「ずらす法」を使った事例として、45万部の大ベストセラー『「のび太」という生きかた』のエピソードが紹介されています。

かいつまんでいうと……

「ビジネスパーソン向けの自己啓発本」として売り出していたが、読者の声を分析したところ「子ども向けの読書感想文にも使える本」としてポジションをずらせることに気づき、展開を変えたところ大成功した

という話です。

つまり今回の本も、「ビジネスパーソン向けの思考術」として売り出すものの、発売後に「子育てに悩むお母さん」や「難関大学(高校)を目指す受験生」「アフターコロナのビジネスを考えている飲食店関係者」など意外なところから火がつく余地をつくるために、柿内さんはあえてターゲットを広げたのでは、ということです。

ただ、「とにかく広げればいい」と考えると失敗すると思っています。
じゃあどういうタイミングでどのターゲットに向けた言葉を書くべきなのか。

ひとつ大切だと感じるのは、「読んでいて無理のない感じがする」こと。
おそらく、柿内さんは日常的に「いろいろな人」になりきって考えているのだと思います。あるときはお母さんに、あるときは受験生に、あるときは飲食店オーナーになって思考できているからこそ、文章を書くときも自然に言葉が出てくる。きっとそうなんだと思います。

この感覚は一朝一夕で身につけられるものではないはずです。
でも、誰でもやろうと思えばできること。

「共感を呼ぶ文章を書きたい」と思っている人は、まずは「立場がまったく違う人」になりきって考えてみることから始めるのはどうでしょうか。


⑧ 「自分」をまっすぐ伝える

自信たっぷりで偉そう“じゃない”ベストセラー編集者もいる

「まさかここまで長いとは……」と思いながら読み進めてくれたみなさん、本当にありがとうございます。コーヒーの一杯でもごちそうしたい気持ちです。

さて、最後のテーマは「キャラ付け」
これも面白い話なので、もう少しお付き合いください!

この記事では「柿内さんはすごい」ということをいろいろな角度からお伝えしてきたわけですが、実は当の本人、自分のことを「凡人、ダメな人間」と思っているようなのです。

――――――――――――――――――――――
【2019年夏】渋谷のカフェにて
僕:柿内さんってすごいですよね。どうやってベストセラーを連発してきたんですか?

柿内さん:ありがとうございます。でも僕、凡人なんですよ……。

僕:いやいやいや(そんなこと言ったら僕はサル以下ですよ……)。
――――――――――――――――――――――

これは柿内さんと初めてお会いしたときのやりとりなんですが、実は何度も同じことがありました(笑)。嘘だと思う人も多いでしょうが、偉い人が謙遜して言っているのではなく、本当に心の底から自分を凡人だと思っているのです。

もちろん(客観的には)多大な成功を収めてきたわけですから、一定の自己肯定感はお持ちです。でも、根っこは「自分は凡人」という考えが染みついているんです。

これが僕には衝撃的でした。
言い方は悪いですが、出版業界には高いポジションをいいことに偉そうな人もいます(どこの業界も同じかもしれませんが)。「いつまで過去の栄光を引きずってるんだよ」と思う人に出会ったことも少なからずあります。

なので、柿内さんに出会って「ベストセラー編集者」のイメージが覆されました。と同時に、「この人自身の魅力を本でも伝えたい」と思いました。

心を打つのは「ノウハウ」よりも「著者の想いや人柄」

書籍編集者にあるあるの悩みとして、「著者の人間性がとても魅力的なんだけど、メインテーマではないので、どこに入れようか」ということがあります。

そんなとき、よくあるのが「コラム」や「おわりに」に著者自身の話を書いてもらうという方法です。

「コラム」や「おわりに」を読み流している人が多い気がします。
でも実は、本題とは関係ない、面白いことがよく書かれているんです。

本書でも、コラムのひとつに以下の話をしています。
これは柿内さんがいわば「裸」になってくれた文章です。僕がああだこうだ話すよりもはるかに伝わるので、そのまま転載します。まずは読んでみてください。

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コラム4
「熱狂して生きろ!」に惑わされない
 

「AIに仕事を取られないためには、好きなことをやっていくことが大切だ」  
「熱狂しろ!」  

最近、そんなことがよくいわれています。  
確かにそういう人が時代に突風を起こし、イノベーションを成し遂げることができるんだと思います。  
でも、みんながそこを目指すべきなのかと言われれば、僕はNOと言いたいです。  
僕には2つ下の弟がいます。彼は中学生のときにサーフィンに出会い、50歳間近のいまも、人生=サーフィンで生きています。  
弟をずっと見ながら僕が長年持っている感情は、「なにかに熱狂しろと言われて熱狂できるものじゃない。熱狂は気づいたらしているものだ」ということです。  

それがないと生きられない、自然とわき出てくる感情、それが熱狂です。そんなもの、つくろうと思ってできるもんじゃない。だから熱狂できる人はすごい人。僕のような凡人には無理だ。そんな感情を抱いて生きてきました。  

でも、熱狂することへの憧れはあります。  
だからどうにか熱狂できないか、いままでいろいろトライしてきました。  
だけどダメなんですね。途中でバランスをとってしまったり、飽きてきたり、ほかのことがやりたくなったり……。そして、熱狂とはつくるものではなく、わき出るものだと気づいたわけです。

じゃあ、熱狂できない僕のような凡人はどう生きたらいいんだろうか。仕事では、熱狂できる人たちに立ち向かうことはできないんだろうか。  
そんなことを考えていくなかで、凡人には凡人の強みがあることに気づきました。

凡人の強み。  
それは、世の中の多くの人が凡人だということです。  
日本に暮らしている日本人なら、アメリカ人の心情より日本人の心情のほうが理解しやすいし、想像しやすいはずです。  
それと同じで、自分が凡人だからこそ、凡人の心を理解しやすいはず。  
そう考えられるようになってから、自分にないものを目指すのではなく、自分の中にある武器を磨く方向に、人生戦略をシフトしました。  
その結果自分なりに導き出した答えが、この本に書いている「考える技術」です。  
これは凡人の僕が磨いてきた武器であり、誰でも再現可能なマニュアルです。  

きみの夢はなんだ? なにがやりたいのか?  
これまで何度もこの質問を受けてきて、僕にはずっと違和感がありました。  
この場合の夢の意味は、なにがやりたいのかと同義です。  
僕には、そこまでやりたいことがありませんでした。編集者という職業も、どうしてもやりたくてなったわけではありません。なんか楽しそうだな、おもしろそうだな、というのが編集者を選んだきっかけです。  
なりたいものがあったわけではないのですが、どういう人生を歩みたいかというイメージはありました。「楽しく、おもしろく生きたい」というイメージです。

僕の好きな言葉は、「おもしろきこともなき世をおもしろく」。高杉晋作の辞世の句として有名な言葉です。おもしろく生きるにも、楽しく生きるにも、すべては心の持ちようですが、自分の人生をそうするために、この仕事を選びました。おかげさまで、おもしろく生きることができています。  

「なにをしたいか」ではなく、「どういう人生を歩みたいか」を軸にする人生もけっこういいものだと思います。
――――――――――――――――――――――

いかがでしょうか。とてもまっすぐで、心に刺さる文章だと思いませんか?

僕はこの文章を読んだとき、「ああ、この人の編集担当でよかったな」と改めて思いました。「熱狂している人に対する嫉妬や憧れ」を持つ人が、自分を含めてたくさんいる気がしたからであり、何より素の柿内さんを垣間見ることができてシンプルに心を打たれたからです。最終的に人の心を動かすのって、ノウハウや知見じゃなく著者の想いや人柄だと思いました。

と同時に「ビジネス書や実用書の編集者について」も考えさせられました。

熱狂できない凡人でもベストセラーを連発できる

出版不況が関係しているのか、毎日の仕事に忙しすぎるのか、ビジネス書や実用書の編集者は一定の数字を確保するためにSNSやYouTube(ひと昔はブログ)で影響力がある(もしくは買取をしてくれたり、出版費用を出してくれたりする)著者を求める傾向が強まっています。

そうしてできた本によって救われた人もたくさんいるはずですし、「数字を出さなければ経営が成り立たない」という会社の事情もあるので、それ自体を否定するつもりはありません(そもそも僕も加担しているのでそんなことはいえません)。

でも、柿内さんのように「人間的にも魅力的で、面白いコンテンツを持っている」けれど、「フォロワーが何千人、何万人もいるわけではない、世間一般にはまったくの無名」という人もいるわけです。

そういう人がいたとき、編集者が「この人面白いこと言ってるけど、フォロワー少ないな。お金も出せなさそうだしやめとこう」「類書で売れたテーマじゃないからダメだな」と見切ってしまったら、どうでしょうか。

「おい、編集者なんだから“売れるものにする”のが仕事だろ! 著者に頼るなよ! しっかりしろよ!」と言いたくなりませんか?   僕は言ってやりたいです(自戒を込めて)。

今回、柿内さんからは「本を作って売るためのノウハウ・知見」をたくさん学ばせてもらいました。
そのなかでも特に大きかったのは、「編集者ってこんなにすごいんだ」ということ。

編集者が売る方法をデザインして、タイトルや構成を考えて、著者を励まして、ときには励まされて……そうやって頑張れば、いまの時代でも売れる本を出すことができる。

しかも編集者に発信力がなくても、オンラインサロンやフォロワーを巻き込みながら本作りをしなくても、つまり柿内さんの言葉を借りると「熱狂できない凡人(編集者)」でも、考える技術を使えばベストセラーを連発できる。これにはとても励まされました。

そういう意味で、この本は大げさではなく「書籍編集者にとっての救いの書」になるのかもしれません。

ということで、なんだかんだ僕はこの本を「書籍編集者に読んでほしい」と思っていたことに、最後の最後に気づきました。


さいごに

改めまして、お読みいただきありがとうございました!!
こんなに長くするつもりはなかったのですが、書いているうちにあれこれ思い出すことがあって長編になってしまいました。

でも、まだまだ書きたいことはあるんです。
見出し(コピー)の付け方や校正時のポイント、編集者が著者に言うべき言葉など柿内さんから学んだ(盗んだ)ことがいくつもあります。

この続きが日の目を見るかはわかりませんが……
それはともかく、僕たちの集大成、ぜひご一読いただけるとうれしいです。どれだけ役に立つかはわかりませんが、必ず新しい発見があるはず!


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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!!
またどこかでお会いできることを祈って……!

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