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お前の顔、アップルパイの匂いするな。

また変な夢を見た。

部屋のチャイムが鳴っている。
ドアを開けると、ガリガリにやせ細った男が
「ちょ待てよ(キムタク風に)」と書かれたプラカードを首からぶら下げて立っていた。

動揺したら舐められる。
瞬時にそう思ったわたしは、落ち着き払った表情でこう言い放った。

「こんにちは。」

口を大きく動かし、ゆっくりとハッキリと発音するとなんだか気持ちがいい。
挨拶とはそういうものだ。
すると、ガリガリの男は少し微笑んでこう返した。

「はい、こんにちは」

そこから1分ほどの沈黙が流れた。
わたしたちは無言で見つめ合っていた。

「あなたは生前、一度だけ悪いことをしましたね」

沈黙を破ったのは、男の方だった。
思いがけない言葉に、わたしは歯と歯の隙間から(スゥ-…)という音を出しながら息を吸った。どうやら気まずさを感じているのは、わたしだけみたいだ。

「えっと、あの、兄の持ってる『1日外出録ハンチョウ』という漫画を勝手にメルカリに出品したことですか?」

「いいえ」

「そうですよね…全然売れてませんもんね、あ、じゃあ…金持ちでもないのに自販機でミネラルウォーターを買ってしまったことですか?」

「いいえ」

「え…マジでなんすか…?占い師のこと全員詐欺師だって思っていること?」

「いいえ」

「……ミニーマウスから託された手紙を、ミッキーに渡していないこと?」

ピンポーン

男はあからさまに嬉々とした顔をして、インターフォンのボタンを中指で押した。
正解の合図だろうか。

ピンポーン

ニヤニヤとわたしを見据える男の顔からはアップルパイの匂いがして、それはつまり、彼が紛れもなくディズニーランドの住人であることを示していた。

「あなたには再教育が必要です」

男はそう言って(ゆめの国新党 ハピネス木村)と書かれた選挙カーにわたしを連れ込むと、ミッキーの耳の形を模したヘッドギアをわたしに装着させた。馬鹿みたいな格好をしたわたしを見た男は、満足げに微笑むと、

「カッコいい歳の取り方ってこういうことだから!!!」

と言い放ち、COMPLEXの「BE MY BABY」のイントロを窓ガラスが震えるほどの爆音で流し始めた。

ビーマイベイベ…!!!
ビーマイベイベ…!!!!
ビーマイベイベ…!!!!!

言うまでもなくわたしと男の鼓膜は一瞬でバリバリに破け、二人とも突発性難聴に見舞われるという最悪の幕開けが訪れた。(しかし、二人とも耳がブッ壊れたために移動中に会話をせずに済んだことは、不幸中の幸いといえただろう。)

ビーマイベイベ…!!!
ビーマイベイベ…!!!!
ビーマイベイベ…!!!!!

そのうち窓が割れた。音がでかすぎるせいだ。ガリガリの男とわたしは、(ゆめの国新党 ハピネス木村)と書かれた選挙カーの中で、なにもなかったように静かに風に吹かれていた。2人とも、周りで起こること全てにどうでも良くなっていた。その光景はまるで死を克服した妖精みたいに美しかった。

しばらく走っていると、車の目の前に何か得体の知れない“黒いかたまり”が現れた。男は、ブレーキを踏むこともなく、避けることもなく、ただその“黒いかたまり”に衝突した。なんだか北野映画みたいで怖くてかっこよかった。

 ドスン 

という鈍い衝突音とともに車が停止すると、綿飴みたいにフワフワした甘い匂いのするエアバックが出てきて、わたしたちはその甘い匂いに興奮しながら車外へ飛び出した。

「着きました。ほら、ここが夢の国です」

ガリガリの男は、一体どこにそんな筋力があったのだろうと思うほど強い力でわたしの両肩をがっちり掴んで、わたしの体幹をまっすぐにさせた上で、そのように言った。
そこには、わたしと同じようにミッキーの耳の形を模したヘッドギアを付けた“入国者”で溢れていた。入国者はみんな顔からアップルパイの匂いをさせていて、わたしはその匂いで、本当にディズニーランドに来てしまったと思った。自然と笑顔になって、この喜びをガリガリの男と分かち合おうと後ろを振り返ると、

男は血まみれの瀕死状態になって倒れていた。

男は呼吸するたびに気管をヒューヒュー鳴らし息も絶え絶えで、あんなに意味不明だった「ちょ待てよ(キムタク風に)」と書かれたプラカードをべこべこに折られていた。それはあっけないシュルレアリスムの死、シュルレアリスムの敗北だった。なんだか北野映画みたいで怖くてかっこよかった。

「お前、ミニーマウスレターを持っているだろう」

男の瀕死の姿に見惚れていると、私の首に“黒いかたまり”がまとわりついていた。さっき車で轢かれていたやつだ。あっ苦しい。あっ、これ、わたし、首を絞められている。

「お前、ミニーマウスレターを持っているだろう。出せ、ミニーマウスレター出せ」

酸欠でぼんやりした頭のまま、“黒いかたまり”に目を凝らすと、それは全裸のグーフィーでした。全裸のグーフィーだったんです。つまり、全裸のグーフィーがわたしの首を締めて脅迫していたのです。

なんでグーフィが?

なんでグーフィは裸なんだ?

わたしはミニーからの手紙をミッキーに届けなきゃいけないのに。

てかそもそも何で届けなきゃいけないんだっけ?

あれ、なんでだっけ?

そういえばミッキーの飼い犬のプルートが言葉を話せないのに、同じ犬であるグーフィーは話せるのはどうして?

プルートが話せないのに、グーフィーは話せるのはどうして?プルートが話せないのに、グーフィーは話せるのはどうして?プルートが話せないのに、グーフィーは話せるのはどうして?

それはグーフィーがこの夢の世界の、裏の支配者だからか。

わたしはその事実に気がつくと、腕を痙攣させながら、ミニーから託された手紙(ミニーマウスレター)を全裸グーフィーに手渡していた。強いものに憧れながらも、強いものを憎んでしまうのはこういうことがあるからだよな。
グーフィーは乱暴ものでせっかちだから、それをちぎるように奪い取ると、目を爛々と輝かせて手紙を音読しはじめた。全くもう、だからグーフィーはモテないんだよ。

「ミッキー、私は明日からブラジルの工場で働くことになったの。ミッキー、私はあなたと踊れなくなってしまったの。ミッキー、子供たちの笑顔が嫌いだった。

ミッキー、笑って。ミッキー、ミッキー、ミッキー、ミッキー、ミッキー、助けてミッキー。ミッキー、夢に耐えて。

ミッキー、この国で私達は盲目だった。杖を突いて笑ってた。ミッキー、愉快な音楽はあなたの大きな耳でも聴こえないわね。ミッキー、でもそんなのかんけいねい。でもそんなのかんけいねい。ミッキー、黄色の風が肌を撫で回して 私達は『見えない』と言った。ミッキー、もうこれからあなたとおどりをおどれないミッキー、死ねミッキー、ミッキー、蛆に喰われろミッキー、愛してるミッキー。」

グーフィーは手紙を読んで、泣いていた。泣いたまま(ゥワオーーーーーーーン)と遠吠えをして、人と犬、理性と感情の間をいったりきたりしていた。グーフィーはミニーのことが本当は大好きなんだね。かわいそうに。こんな最高のラブレター世界中の誰だって読んだことなかっただろう。つまり愛は絶望ってことか!(えぐい)

グーフィーは泣きながらミニーの手紙をわたしの前で燃やした。グーフィーにはもう守るべきものがなかった。わたしはミッキーにこの手紙を渡さなくちゃいけなかったはずだが、燃やされたことでもう渡せなくなり、なんだか気持ちが軽くなった気がした。

グーフィーも同じ気持ちなのかな?
グーフィー超爆笑してる。
グーフィー超爆笑してんだけど。
笑いすぎて歯ぐき見えてんだけど。
なんか嫌だなあ。

グーフィーは笑いながら、夢の国の入国者の列に横入りして、ひとりの少年の右頬に拳をめりこませた。それは「殴る」という動作のお手本のような動きだった。殴られた少年は「ぐっが」と声を出しながら、甘いポップコーンの匂いが染み込んだアスファルトに倒れ込んだ。(「Good Girl」と言ったのではないかという説もあるが腹を殴られて反射的に「Good Girl」と言うのは意味不明すぎるため、その可能性はかなり低いとされている)

そして“無敵のひと”になってしまったグーフィーはわたしに入国者を殺すように命じる。 

「Kill him now…!」

怯えたわたしが勇気を振り絞ってグーフィのことを包丁でめった刺しにすると、彼は最後にこう言った。

「夢の国じゃけえの…夢の国じゃけえの…
わしはウォルトディズニーを憎んどるけえ…歌うのはの…歌うのはの…もうたくさんやと思うたのじゃ…」

グーフィーはスプリンクラーくらいの勢いで血を吐きだした。裸のままで。

夢の国じゃけえの… 夢の国じゃけえの…

夢の国じゃけえ   …何が夢の国だ!

わたしは未だに涙が止まらねえ!!!!

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