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無名歌手と私

たった2秒で好印象 韓流素肌プロデュースの林理絵です

今日も、このブログを開いてい下さりありがとうございます。


私は、韓国に住んでいながら韓国芸能の事はよくわかりません。
ドラマにも、アイドルにも関心がありませんでした。
韓国人は同じ名前の人が多いので、余計誰が誰だかわからなくて、興味もないため、覚えようという気に一切ならなかったというのが正直なところです。

しかし、時々子供たちが見ているドラマにハマったりしますけどね(笑)


耳が悦ぶミュージシャンが韓国に現れた


去年の秋ごろから始まった『無名歌手』というオーディション番組がありました。
テレビをあまり見ない我が家では、そんな番組がやっているのも知らなかったのですが、子供がYouTubeでその番組があるのを知り、息子が夢中になったので、ついでに私も見るようになりました。


韓国の歌手のオーディションプログラムは、とにかく長期間闘います。
ほぼ半年くらいかかる気がしますね。

無名歌手なので、準決勝に上がるまで名前を一切明かされないで番号で呼ぶんですけど、その中の一人で63番は私も驚きました。
なにが驚いたかと言うと ”韓国の音楽人らしくない” という驚きと、わたしの耳が悦ぶ感覚がありましたね。

私は幼い時から、兄の影響を大いに受けてロックしか聞いてきませんでした。そんな私が韓国で耳にするのはアイドルの歌ばかり、どれも同じような歌で、みんな同じような顔で、同じような踊り...子供たちはアイドルに憧れ、アイドルの踊りを覚え、アイドルを目指す...
本当に好きな音楽に触れることのない生活は、まったくツマラナかったですね。

そんな韓国にも、こんな歌手が出てきたのか!と嬉しくなったのが、無名歌手63番だった イ・ムジン君です。
最初にオーディションで歌を披露した時の衝撃は、感動しましたね。

韓国にも、こういうミュージシャンが出てきたか!とね。
正直、ロック系は日本とは比較にならないほど質は低いと感じていました。そんな中に原石があったという感動でしたね。


あの時の気持があふれ出す


時々、フッと昔のことを思い出す時があります。
今では、韓国で皮膚美容国家資格者として、皮膚美容のシゴトに従事していますが、13年前 韓国に来た当初の私は、何もないただの日本人でした。
韓国人と結婚して、韓国住むようになりましたが、韓国のことに興味があったわけでもなく、韓国の風土が好きなわけでもなく、ただ一人の人を信じて韓国に飛び出た一人の日本人だったのです。本当にあの時のことを思い出すと『勇気があったな』と思うわけです。


一人目の子供を産んで、ふっと自分の事を振り返った時、何にもない日本人である自分が情けなくなったことを、今でも忘れません。
韓国では、子供を産んだら自分の名前を呼ばれることは官公庁に行ったときくらい。
ほぼ毎日、誰かに声をかけられるときは、子供の名前+オンマ(お母さん)で、私というものがドンドンと小さなものに見えた時期でした。

外国で暮らすというのが、こんなに狭い世界にいることになるとは想像もしていなかったからです。
日本では当たり前のように仕事ができた環境も、外国では簡単に仕事に就くことが出来ない事が悔しかったです。
語学の壁、そして小さな子供、動くに動けない自分がもどかしく、自信を喪失していった時期がありました。

自分はこのまま、何も得ることのない日々を送るのだろうか...
そんなことを想っては、夜に家の近くにある丘に登り、南山タワーのイルミネーションを眺めながら、涙を流したことを今でも時々思い出すのです。

今思えば、なんとなく南山タワーを見つめていましたが、東京タワーのイルミネーションを見ている感覚だったのかもしれません。
なぜなのか、夜の南山タワーのイルミネーションを見ていると心が暖かくなったのです。


そして先ほどの話に戻りますが、無名歌手の63番が、イ・ムジンという自分の名前でで初めて歌を歌ったのが、下の曲です。
チョーヨンピルの『夢』と言う歌を編曲したものです。

チョーヨンピルと言えば、私の中学生時代に、日本で爆発的に売れた韓国人演歌歌手です。(韓国では演歌歌手ではなく、ミュージシャンとして有名です)私は、この『夢』という歌は初めて聞きましたが、南山タワーを見つめていたあの頃の私がそこにいるような歌詞で、何度聞いても涙がでるんですよ。


그것은 춥고도 험한 것    「そこは、寒くも険しいもの」という歌詞があの時に自分が感じていたソウルという街とリンクするのです。

ぜんぶの歌詞を日本語訳したいくらいですが、長くなりすぎるので止めておきます。しかし、これは韓国語で聴くからこの情景が浮かぶんだよね。


この彼もしかり、若干20歳の無名歌手で夢をもって挑んだオーデションは、新しい世界への扉を開きながらも、孤独で険しいものだったと思うわけです。
1月に終わったこのプログラムで、惜しくも3位で終わった彼ですが、誰よりも忙しい毎日を今は送っているようです。




夢は涙とともにある


この韓国での生活は、私個人として、辛く険しい道を歩いてきたと思います。
しかし、自分で涙を流しならも探してきた過去があっての今だと思うのです。
みすぼらしい門の前で涙を流したあの時を忘れず、今を大切に表現していきたいと、この『夢』という歌が自分を原点に変えさせてくれると感じています。


最後に


アイドルではないので、イ・ムジン君が日本人に好まれるかはわかりません。顔はかなり好みがわかれるでしょね(笑)
しかし、歌も上手く、声も特徴的ですよ。
まだまだ自作の曲が少なくてカバー曲を歌っていますが、どの曲も自分色に染められる。そんな韓国のミュージシャンを、今日は私の涙の思い出と共に紹介する形になりましたね。

『賢い医者生活』の挿入歌や、映画『ブペル』の韓国版を歌ったのも彼です。
これからのご本人の活躍が楽しみなおば様でした(笑)


슬기로운 의사생활 시즌2  日本だと「賢い医者生活~シーズン2」


映画「ブペル」のエンディング曲


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