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人と人を繋げるアートの力~発起人・木梨さと美さんに聞くシャッターアートプロジェクトの裏側

静岡県伊東市に位置するあんじん商店街は伊東駅から徒歩12分の場所にあります。大正時代以前から続く由緒ある商店街で、漁港と観光で栄えた町を長く支えてきました。そんな商店街で、2023年10月末に「シャッターアートプロジェクト」が完成してから1周年を記念するイベントが催されました。

このプロジェクトは廃業したお店が増え、シャッター街となりつつある商店街を活用して、地域を活性化するべく発足されました。商店街のあるあんじん通りは普段はバスルートとして利用され、車通りの多い場所です。そこを歩行者天国にして多くの出店や大道芸人、音楽ライブ、よさこいの演舞などが行われました。イベントはハロウィンの季節と重なり仮装した子どもたちや地元住民、旅行者で賑わいました。

※あんじん商店街の名前は、ウィリアム・アダムズ、日本名:三浦 按針(みうら あんじん)から由来している。江戸時代初期に徳川家康に外交顧問として仕えたイングランド人の航海士、水先案内人、貿易家。
伊東市で洋式船を建造した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%82%B9

※よさこいとは、高知県よさこい祭りから派生した、踊りを主体とする日本のの一形態である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/YOSAKOI
2023年のイベントの様子 
Source: https://plaza.rakuten.co.jp/hotelitogarden/diary/202310290000/

今回のイベントは前年に行われたシャッターアートプロジェクト完成イベントの成功を受けての第2弾。盛大に行われているイベントを少し複雑なまなざしで眺めていたのが、シャッターアートプロジェクトの発起人であり、プロジェクトと去年のイベントを成功に導いた木梨さと美さんです。3年という長い年月をかけてようやく実現できたシャッターアートプロジェクト、その裏側について彼女に聞いてみることにしました。

Profile: 木梨さと美さん あんじん商店街にあるカフェ・ショップ ピアットのオーナー。
40年前に東京から伊東に移住。伊東の街を盛り上げるために、日々奮闘している。

商店街の衰退と共に、薄れていく人と人との繋がりを取り戻したい

ーーシャッターアートプロジェクトをやろうと思ったきっかけを教えてください。

40年前に海と山に囲まれたこの場所に憧れて東京から伊東に移住しました。ここには都会にはない、観光地としての魅力があります。このあんじん商店街のお店を始めて約30年経ちます。年々衰退していく商店街をみて、なんとかしたいと思うようになりました。

人と人との繋がりも薄れつつあります。店舗を廃業することで、一部の持ち主さんは後ろめたさを感じるみたいです。商売をやめたことで共通の話題がなくなり、隣同士のコミュニケーションが減少したように思います。地域社会の人と人との結びつきが希薄化し、商店街全体の一体感が失われています。なので、人と人との繋がりを取り戻したいと思ったんです。

さと美さんのお店カフェ・ショップ ピアット
あんじん商店街について話す、さと美さん

この古い商店街のお店の構造にも問題があるんです。東京の商店街では貸店舗の仕様になっているので、誰か辞めたとしても、また次にテナントが入ることができるでしょう。こういう田舎の商店街は、自宅と店舗が一体になっているんです。店舗にはお手洗いや台所もなくて、奥は住宅となっています。なので店舗だけを貸すこと、新しい人が入ってくることは難しいのです。やっぱり今いる人たちでなんとかするしかないと思いました。

ーーそれで注目したのが商店街の外観の美化にもつながる、都会で見かけたシャッターアートプロジェクトだったんですね。

そうなんです。お店を廃業してしまうと、ずっとシャッターを下したままの状態になります。何十年もすると海のそばだから、錆びて汚くなるのも気になっていました。そこで、シャッター街になっていることを逆に活かせればいいと思ったんです。

比較するとシャッターアートがあることで、お店が閉まっている時も華やかに見える
完成したシャッターアートは色彩豊かに伊東の歴史を表現している

ーー素晴らしい発想ですね!今回のプロジェクトを通して一番大変だったことを教えてください。

商店街からの協力を得るのに相当苦労しました。それは今も変わらないのですが(笑)、ここの商店街は4つの町内が入っていて端から端までが長いんです。しかも、普通はいるはずの理事長がいませんでした(今年からは在籍しています)。本当は全部のシャッターを描き上げるのが理想でしたが、なかなか意見まとまりませんでした。

昔みたいな商店街の「おつきあい」もないので、良くも悪くもみんな忖度をしなくなりました。ただ、こういうプロジェクトにおいては足並みを揃える必要がありました。商店街として色々と依頼をするためにも、かなり独裁的に話を進めました。当初はずっとシャッターが閉まったままの廃業したお店10軒のみにアートを施す予定だったのが、説得の末現在もオープンしているお店も含めて30軒に増えました。

あんじん通りの商店マップから、商店街の長さが伺える

ーー確かにこういう大きなプロジェクトにおいては、さと美さんが発揮したような強いリーダーシップが必要だと感じます。30軒のシャッターアートは圧巻で、本当に商店街が明るくなったように感じます!アートの題材はどのように決めたのですか?

商店街のシャッターなので、ある程度統一できるように伊東の歴史・偉人さんを書くことを思いついたんです。シャッターアートの題材30個分は私が考案して、そのために伊東の歴史や偉人さんについて勉強しました。

色々と調べていたら、伊東にある静岡県立伊東高等学校城ヶ崎分校にはすごく絵の才能のある生徒たちが多いこと知ったんです。それで商店街として、街の活性化のために絵を描いてくれないかとお願いし、承諾してもらえました。考えた題材を学生の皆さんにお渡しして、アート自体はお任せです。

若い子たちに伊東の歴史や偉人さんを知ってもらうことと、シャッターの持ち主さんと共通の話題を作ることができると思いました。二つの別の世代が一緒に会話をすることで、1つの活性化になると考えたんです。また、「伊東の歴史とか異人さんをシャッターに描くんだよ」と伝えれば、シャッターの持ち主さんからの了承を得られるかなと思いました。

それでも一軒一軒にお願いして回りましたが、なかなか皆さんがすぐに「いいよ」と言ってくれませんでした。毎日のようにお店の方々とコミュニケーションをとりながら説得して、合意してもらえるまで年単位で時間がかかりました。

商店街の方へ説明するために、一軒一軒のイメージ図を作ったさと美さんの資料

ーー説得は本当に地道な作業だったんですね。

そうした苦労もいっぱいありましたが、最終的にはプロジェクトを完成させることができたので、良かったなと思います。学生たちは夏休みの週末で、卒業生も含めて総勢100人でシャッターの掃除から始め、描き上げるところまでやってくれました。本当に学生たちと先生には感謝しかありません。

Source: https://www.at-s.com/news/article/shizuoka/1123255.html

あんじん通りのお店やシャッターアートについて説明されているサイトも作られました。

シャッターアート完成を祝うイベントの開催


ーー30年間イベントをやってこなかった商店街で、去年久しぶりにシャッターアート完成のイベントを行われたと聞きました。

そうですね。イベントをやらなかったのは理事長が不在であり、話がまとまらなかったことが原因だったかもしれません。言い方が悪いかもしれませんが、「どん底の商店街」をシャッターアートをきっかけに変えたかったんです。

普段は交通量の多い道を歩行者天国にするために、警察の許可を取得し、地元のお店にフードやマーケットを出店してもらいました。また、チンドン屋やよさこいチームも招きました。シャッターアートのプロジェクトに参加した学生や卒業生たちにも協力してもらいました。今回のプロジェクトで頑張ってくれた学生たちにスポットライトを当てて、彼らの活動を輝かせたいという思いもありました。

(左)2022年のイベントでは生徒たちに浴衣を着付けして参加してもらった。
(右)シャッターアートを描いた生徒たちと担任の先生。
2022年のイベントのチンドン屋と商店街の方々

ーーこのイベントの開催は大きな前進ですよね。今年も2回目のイベントが開催されて、商店街にとって新しい道を切りひらいたと感じます。こうやって毎年続くイベントになるといいですね。

今年のイベントは、私は入らず商店街の方だけで実行しました。一昨年に町内会長も務めながら、プロジェクトの発起人としてイベント全体の舵取りをしていました。でも、こうして自分の手を離れて、商店街を盛り上げるプロジェクトが継続されることは本当に素晴らしいことだと思います。去年の活動によって、たくさんの人が集まるイベントをこの商店街でできることが皆さんに伝えられて嬉しいです。

シャッターアートプロジェクトを通して私は学んだことが本当に多かったです。伊東の歴史を学び絵柄を考えることで、この街の魅力をより深く知ることができました。NHKの大河ドラマで「どうする家康」とか「鎌倉殿の13人」の八重姫といった伊東と縁のある人物が登場するとより楽しいです。その他に、行政と予算の組み合わせやコミュニケーションをとる中で、政治をもっと理解したいという気持ちが湧きました。

次のプロジェクトもすでに考えている、さと美さん

ーー次にチャレンジしたいことはありますか?

私は今回のプロジェクトをやる前と変わらず、人と人の縁を繋げていきたいという思いを持ち続けています。次に挑戦したいのは、この商店街の私のお店を活用して行政と市民のコミュニケーションを深める仕組みを作りたいと考えています。

最近、伊東の市議会では廃校になった学校の有効活用など、さまざまな議題が取り上げられているにもかかわらず興味を持たない人が多いと感じています。以前は私もあまりよく分からず、興味を持てませんでした。政治は専門用語が多く、なかなか理解するのが難しいと思います。ここで情報を共有し、学べる場所を提供できればと考えています。

まず家の屋根が雨漏れしているため、その修繕費用をクラウドファンディングで募りたいと思っています。その他にも、地元の神社に花壇を作るプロジェクトも行う予定です。ガーデニングを通して人と人のコミュニケーションが増えたら嬉しいです。

次に企画している「神社に花壇」のプロジェクトの資料を見せてくれた

さいごに

シャッターアートプロジェクトは、アートを通して若い世代と高齢者とのコミュニケーションを促進し、商店街の再活性化を目指す斬新なアプローチをとり、大成功を収めました。この取り組みはNHKや地元のニュースでも多数取り上げられています。伊東の歴史ある商店街として、あんじん商店街が長く続いてくことを願います。

そして商店街という枠組みを超えて、伊東市の人と人を繋げていきたいという想いを追及しているさと美さん。今後の地域活性化のために手がけていくプロジェクトから目が離せません。

木梨さと美さんのfacebook: https://www.facebook.com/satomi.kinasi

取材・文・撮影:かねごん
写真提供:木梨さと美さん


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