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ZOMBB エピローグ

次郎はゆっくりと瞼を開いた。

最初に視界に飛び込んできたのは、白い天井だった。

それに消毒液のような臭いが、鼻についた。

次郎はそこでようやく、

自分がベッドに寝かされていることに気づいた。


「意識が戻ったようです」

不意に男の声が聞こえた。

次郎はその声の方へと顔を向ける。

だが、頸が強張っていて、

その行為をするために、ひどく力を必要とした。

まだ焦点の定まらないぼやけた視野に、

白衣を着た男性と、女性の看護師の姿が見えた。


それに見慣れた顔がいくつもあった。

ゆっくりと周囲を見渡す。やはりここは病室のようだった。

他の患者は見当たらず、個室だ。

左手には大きな窓があり、カーテンは開け放たれて、

窓外からは強い陽射しが室内に差し込んでいる。

 貫井源一郎、坂原隆、久保山一郎、丸川信也、

そして坂原勇が次郎を見つめていた。

モーニング・フォッグのメンバーらは、

サバイバルゲームで着用しているBDUではなく、

それぞれに普段着ているラフな格好だ。


坂原勇は、右腕を白い三角巾で方から吊っていた。

それに皆藤准陸尉と綾野陸曹長の顔もあった。

皆藤准陸尉はパジャマ姿で車椅子に座っていて、

左肩には重そうなギプスを嵌められている。

綾野陸曹長は、陸上自衛隊の迷彩服ではなく、

ポロシャツにチノパンという格好だ。 

意識を取り戻した次郎を見て、彼らは皆一様に、安堵の表情をしていた。

だがそこに、新垣優美の姿は無かった。


「もしもし?ああ、意識が戻ったぞ。

  近くにいるって?わかった、待ってる」

丸川信也がスマホを取り出して、誰かに連絡しているようだ。

「山田次郎さん、ご気分はいかがですか?」

白衣を着た男性―――どうやら医師らしい男が問いかけてきた。

次郎はその問いに答えず、無表情のままだった。

まだ自分の置かれた状態が把握できないでいた。

何気に右手首を見やると、点滴の針が刺さっている。

それに繋がれたチューブを辿っていくと、

オレンジ色の液体が入った輸液袋が目に入った。

「間に合ったんですよ。抗ゾンビ・ウイルスワクチンです。

  一週間前にアメリカ疾病管理予防センターから

  送られてきました。ギリギリでしたが、

  ワクチンの効果があったようです。

  あなたの体内にあったゾンビ・ウイルスは

  ほとんど消えたようです」

そう言った医師の顔に、笑みが浮かんだ。


一週間?あれからそんなに経ったのか?

次郎は半ば呆気に取られながら、その言葉を反芻した。

巨大な敵要塞に突入して、ラスボスゾンビと戦った。

記憶の最後にあるのは、闇の中で聞いた轟音と地響き、爆炎。

そして周囲のあらゆるものが崩壊する感覚。

そこからは思い出せない―――いや、あった。


ララが自分の唇にキスしたこと・・・。


それは次郎の記憶に幻のように刻み込まれていた。

あれは夢だったのか?

それとも妄想の産物なのか?それにしても、と次郎は思う。

ララの唇の感触が、あまりにリアルで、まだその感触が残っている。


「おい、ダンボール。何とか言えよ。

  まさか記憶喪失になったんじゃねえだろうな?」

貫井源一郎が、怪訝な顔をして言った。

次郎はそれに答えようと口を開いた時だった。

「次郎の意識が戻ったんだって?」

その声は新垣優美だった。

彼女の弾んだ声が聞こえたのは、

病室のドアが開くのと、ほとんど同時だった。

ただ 新垣優美の服装は、いつもの『トゥームレイダース』のララの

コスチュームとは違っていた。

後ろに束ねていた長い髪は下ろされ、

淡いピンクのワンピースに白いパンプスを履いている。

肩にはスカイブルーのポシェットを掛けていた。


今まで見たことのない、彼女の美しい佇まいに、

モーニング・フォッグのメンバー達は呆気に取られていた。

次郎もそんな新垣優美の姿に見とれて、鼻の下を伸ばしている。

「でへへ」

次郎の声を聞いた丸川信也が、即座にツッコミを入れる。

「おい、何が『でへへ』だ?最初に言った言葉がそれかよ」


「次郎君、キミのおかげで、『ゲシュペンスト』を倒す事ができた。

  世界の各国も日本に倣い、敵要塞への反撃を始めたらしい。

  いずれ、正式に防衛省から感謝の証が届くと思うが、

  今は我々から礼を言わせてもらう」

皆藤准陸尉はベッドに横たわっている次郎に向かって

そう言うと、綾野陸曹長と共に頭を下げた。


「いいッスよ。気にしなくても。

  それより、オレ、ララとキスしたんだよね?

  ララとブチューっと」

それを聞いた新垣優美の顔が、見る間に紅潮した。

肩に掛けていたポシェットをはずすと、

思い切り回して次郎の顔面をひっぱたいた。次郎の頭がのけぞる。

それを見た医師が、慌てて止めに入った。


「お嬢さん、そんな乱暴なこと・・・」

「あんたねッ!私が・・・

  みんながどれだけ心配したかわかって・・・」

新垣優美の言葉は途中で遮られた。

次郎が上半身を起こして、彼女を抱きしめていた。

そして新垣優美の耳元に、彼女にだけ聞こえるような、

小さな声でそっとつぶやいた。

「ありがとう」

再び、新垣優美の顔が紅潮する。ただ今度は怒りからではなかった。

彼女は黙ったまま、次郎を突き放す。

彼から離れた新垣優美は、心の置き場所に困っているように見えた。


「おーい、ダンボール。鼻血出てんぞ。

  それは新垣に殴られたからか?

  それともまた邪よこしまな妄想でもしたからか?」

貫井源一郎が、茶化すように言った。


「皆藤さん」

坂原勇が、皆藤准陸尉に向かって言った。

 「皆藤さんの傷が治ったら、

  今度オレ達のチームとサバイバルゲームしませんか?」

そう言う坂原勇を、皆藤は車椅子越しに振り返った。

「いいですね。是非やりましょう」

「我々も陸上自衛隊の精鋭を集めておきますよ」

と綾野陸曹長も賛同する。

「ところで、モーニング・フォッグというチーム名ですが、

  何か所以ゆえんでもあるんですか?」

と皆藤。坂原勇はその問いに答えた。


「『朝霧』を英訳したものなんです。

  朝の霧は必ず晴れるって意味を込めてるんです」

「朝の霧は必ず晴れる・・・か」

皆藤准陸尉の声音には、感慨深い色が滲んでいた。


そうさ、朝の霧は必ず晴れる・・・。


次郎は窓から差し込む、眩い陽光に目を細めながら思った。


なぜなら、そこには光があるから。

朝は新しいストーリーが始まるサインなんだ。

今まで何も手にしてない、何もかも上手くいかなくて、

夢も何も持ってないと思ってたけど、

そんなことなかった。

それをここにいる仲間は教えてくれた。

どんな暗闇でも必ず破れる・・・たとえ小さな隙間でも、

こじ開けられるんだってこと。

こんなオレにだって、

新しいストーリーが待ってるさ。きっと―――。




ZOMBB END

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