草笛双伍 捕り物控え一 風魔襲来1
江戸城の東にある人形町は、火炎に包まれていた。
紙物問屋、備前屋が火元と見られた。
備前屋の周囲、八棟の屋敷が町火消したちによって、
取り壊されている。
備前屋の周りには、おびただしい数の人だかりができ、
町火消したちの怒号が鳴り響いた。
周囲の八棟の中で焼け出され、生き残った者は
全身煤だらけで、地面にへたり込み、
汗と涙で人相さえも判別できない。
それでもなお、備前屋は黒煙を上げながら、
夜空に真っ赤な炎の柱を立て続けていた・・・。
翌日の明け方近くになって、
備前屋の火災は、ようやく鎮火の兆しを見せた。
その検分をするため、火付盗賊改方の与力同心が
駆り出される。
その理由は、火元の備前屋の焼け跡から、
主人とその妻、彼らの二人の年端も行かない息子、
そして番頭、奉公人あわせて18名の、
他殺体が見つかったからだった。
備前屋は盗賊に押し入られ、2000両もの
大金を強奪された上、火を放たれたのだ。
それは荒々しい<お勤め>だった。
「惨いことをしやがる。女子供まで・・・」
そう言ったのは、火付盗賊改方長官、長谷川平蔵である。
その傍らに、双伍もいた。
他にも、明智左門筆頭与力、徳松新太郎同心、
沢村誠真同心の姿もあった。
「備前屋の家人は皆、一斬りが一刺し、
いずれも一刀の元に殺されております。
この盗賊は、一人残らず腕の立つ輩のようです」
むしろを被せられた、18体もの遺体を検分しながら、
明智左門筆頭与力は言った。
「しかし、どうにも解せねえことがある。
見ろ、その仏さんにも額や頬に<几>の字が
刃物で刻まれている・・・。
こんな印を残す盗賊なんざ、とんと心当たりかねぇ」
長谷川平蔵は顎を掻いた。
長谷川平蔵の言葉に、双伍も仏を見ていった。
確かに、<几>がどの仏の顔にも刻まれている。
双伍の目が険しくなった。
そんな双伍の気配に気付いた長谷川平蔵は、双伍に小声で声をかけた。
「どうした?双伍。何かの手がかりでも見つけたか?」
長谷川平蔵の問いに、双伍はすぐには答えられなかったが、
平蔵にだけ聞こえるような、小声で言った。
「後で、親方の役宅に伺ってもよろしいですか?」
双伍の沈うつな表情に、長谷川平蔵も
ただならぬものを感じて、無言でうなづいた。
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