君が助けを求めていなくても

僕の小学校には小さな秘密基地があった。

職員室の裏手、その一番奥の角。2面をフェンス、残りの2面を草木に囲まれている、5m四方ほどの小さな秘密基地だ。
外履きの靴に履き替えて、眼下に広がる運動場を横目にまっすぐ進むとその秘密基地は静かにそこにある。
下駄箱から近いほうの入口の横には百葉箱が置かれている、影を遮るために木は青々と生い茂っているのだろう。これは人間側の都合で話しているけれど。

草木に囲まれているのだが通路は整備されていて、突き当たったフェンスを左に曲がると、もう一方の出口から出られるようになっている。

5m四方の真ん中には石碑が建てられている、高さは1.5mほどだが、小学生の僕からしてみると、それはとても立派な石碑に見えた。外からこの石碑を見るには目を凝らさないといけないほど、その石碑は草木に埋もれていて、かつての輝かしい業績も、その存在を忘れられていた。

その小さな箱庭を僕は小学3年生の時に唯一の逃げ場としていた。

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3年生になると、クラス替えがあった。
僕はなぜかクラスメートとうまく馴染むことが出来なかった。

いまでこそシニカルを気取って、ドライな人間関係を構築することに定評のある僕だけれど、当時はもちろん今のような屈折した性根で生きていない。
昼休みに遊びに誘われなかったり、休み時間に男子グループの会話に入れなかったり、たまに混ざってもそこでは自分が異因子であること、
「このグループに僕はいらないかも」といった気持ちを覚えてしまったときに少し傷ついていた。

クラスの男子と仲良くできなかったぼくは、その後二人の女の子と一緒に行動するようになった。この二人は正反対で、今考えるととてもアニメのような二人だった。

一人は明朗快活、頭もよくて、バレエをやっていた。ピンクやパステルカラーを中心とした洋服を着ているイメージが強い。髪の毛も女の子らしくツインテールや三つ編みをしていた。イメージとしては「ちゃお」の表紙にいる女の子(ちゃおの表紙に女の子いるか?)みたいな感じ。ここでは名前をアキちゃんとする。

もう一人は3年生になって転校してきた女の子だった。とても静かで、声が低かったのを覚えている。グレーや黒といった暗めの洋服が中心で、髪はいつもストレートロングだった。
小学3年生にして、どこか影を感じさせる女の子だった。こちらはサユちゃん。

給食を食べ終わるとアキちゃんが僕とサユちゃんを誘って、3人で秘密基地へと向かうのがいつもの流れだった。
学校は全く楽しくなかったけれど、毎日その時間の為に僕は学校に行っていた。薄い灰色の日々に45分間だけキラキラした時間が存在していた。
集まってどんな話をしていたのか、それは全然思い出せない。
昨日のテレビの話やクラスメイトや先生の話、など本当に他愛もない話だったんだろうと思う。
あまりにも何を話したかを覚えてなさすぎて、ときどき僕は情けない夢を見ていたたんじゃないかと思うときがある。
だけれど3年生の時の文集を開くと、その最初のページにはクラス写真があって、カタツムリの形をした丸い遊具の上に3人が並んで座って、ピースサインをしてる写真が確かに存在している。

4年生になると、僕たち3人はクラスがバラバラになった。
僕は少年野球チームに所属していて、そのチームメイトとクラスが一緒になったこともあり、今度は男子とも仲良くすることができた。彼女たちと話していたからか、小学生男子にしては珍しく女子とも仲良く話すことが出来て、僕はいっぱい自己紹介カードを書いた。
このころから僕は自己開示が下手なんだな、と自覚するようになったけれど。自分の趣味とか特技を誰かに伝えるのがなぜか恥ずかしくて、当たり障りのないことを見つけて書くようになっていたな。


小学生というのは残酷なもので、クラスが離れると彼女たちと話す機会はめっきりなくなってしまった。僕にとって一つ心を救われたのは、2人とも新しいクラスメイトとなじんでいたように見えたことだった。

時々廊下ですれ違うことが合っても、僕も彼女たちもそれぞれクラスメイトと一緒に歩いていることが多くて、だからこそ声をかけることが無くなったのだと思う。


数か月後、友だちと会話していた時に、アキちゃんがいじめられている、という話を聞いた。

理由は小学生らしい単純なもので、まじめで正義感の強い彼女がクラスで少し浮いてしまっている、という話だった。
僕が彼女と昨年仲が良かった、というのをその友だちは知らずに、単なるうわさ話の一つとして僕に告げてきた。僕は4年生にして動揺を隠しながら会話の流れに身を任せて、心を落ち着けていた。

彼女のいるクラスの前の廊下を通り過ぎるとき、その教室に彼女の姿はなかった。彼女がどこで昼休みを過ごしていたのか、僕は知らない。
アキちゃんはどこにいるの?
誰かに伝えることが出来たのかもしれないけれど、僕は何もできなかった。

アキちゃんもサユちゃんも5年生のときに転校してしまった。転校してしまった理由も、それからの二人のことも僕はよく知らない。

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僕は本当にアキちゃんがどこで昼休みを過ごしていたのか、知らなかったのだろうか。それとも知っていて僕は彼女のもとに行かなかったのだろうか。
今の僕、それなりに社会経験を積んで、大事なこととそうでないことの分別がつけられるようになった25歳だったら、僕はまっすぐ君を探しに行っていただろう。だけれどその頃の僕は、グラウンドでクラスメイトとサッカーをすることしか考えることが出来なかった。

グラウンドから階段を駆け上がると職員室の裏口につく。そこを右に曲がると、小さな雑木林が見える。百葉箱の横にある小さな入り口に入る。

ぼくにはたったそれだけ、距離にして100mも無いあの場所に向かうことが出来なかった。そこで彼女は膝を抱えて泣いていたかもしれない。仲良くクラスメイトと遊ぶぼくを見て、憎しみや嫉妬を覚えていたかもしれない。それとも、可能性は少ないけれど、彼女は一人で楽しくそこで過ごしていたかもしれない。
彼女がどんな状態であれ、僕はそこに行かないといけなかったのだと思う。彼女を見たときにどんな声をかけていいか分からない。彼女の姿を見て、僕は落胆や喜びで泣いて、情けない姿を見せてしまうかもしれない。
そんな小さな言い訳を振り切って、階段を駆け上がらないといけなかった。いじめた彼女のクラスメイトも、僕をサッカーに誘うクラスメイトも、全部を振り切って、一人の手を取って隣に座る。
そんな優しさを持てないまま、僕は大人になってしまった。

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守ってくれたのに守れなかった、最低な僕からあなたへ。


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