【堺シュライクス】植田拓引退試合~愛されたスラッガーの最後の打席~
突然の引退発表
6月30日、突然の知らせで衝撃が走った。7月2日で植田拓選手が引退すると堺シュライクスから発表があった。
高校通算63本塁打。甲子園で4本のホームランを放ったスラッガー。あまり例のないシーズン半ばでの引退試合がくら寿司スタジアム堺で行われた。
「元々手首を手術して、よくなってきてはいたのですが、また痛みが出てきました。3週間ほどノースイングで様子を見ていたんですが、状況があまりよくなくて、チームの徳島遠征の時に、監督に引退することを伝えました」
手首を痛めたらしいことは聞いていたのだが、ノースイングの期間の後、代打で出場したり、守備固めで試合に出場していたので、てっきり状態は上向いているものだと思っていた。試合前の打撃練習にも参加していたのでなおさらだった。
「今でも戦力としてみてるよ」とは大西宏明監督。
「守備固めの最初、南港のBULLS戦は(植田が)寝坊して遅刻してきたから『最後行け!』って(笑)。けど、6月29日の和歌山戦は本当に守備固めが必要で、植田に行ってもらった。手首痛めてからも、何かできることが無いかと、試合前にバッティングピッチャーずっとやってくれたり、ベンチ盛り上げてくれたり、そういう意味での貢献はずっとしてくれてた。本当にありがたかった」
「野球人生の最後は地元で終わりたかったです。堺はチームのレベルも高いし、雰囲気も良くて、ここに来れてよかったです。これまでの野球人生で積み上げてきたものを今日来るお客さんに見せたいです」
最後の試合に向けて、植田はこう語った。
そして最後の試合へ
練習ではとても手首を痛めて引退するような選手と思えない打球を何度も放った。低い弾道の打球がそのまま伸びてレフトスタンドに飛び込んでいった。
「3番センター」で試合出場が決まっていたため、ノックの前から感覚をつかむべく守備練習にいそしんだ。
そして選手たちと記念撮影も。
この日はスタメンキッズデーだった。植田をエスコートするキッズは、植田の愛娘だった。
そうして試合の幕が開けた
みんな植田が大好きだった
そうして3番センターで出場した植田。
1回の第一打席、06BULLS先発の中村雅友から打った打球は三遊間へ。ショートが追いつき、一塁に送球するも、植田の全力疾走が実った。ショートへの内野安打が記録された。
少し不安がっていたセンターの守備もしっかりこなした。
スタンドからは横断幕が掲出され、植田が独立リーグで在籍した各チームの応援歌が応援団のスピーカーから流された
堺が2点リードの7回、おそらく最後になるであろう打席が回ってきた。
セカンドフライ。ベンチに戻るときにスタンドからの拍手が一際大きかった。
しかし9回表にBULLSが追いついた。同点のまま試合は延長戦へ。野球の神様のいたずらなのか、それとも粋な計らいだったのか。10回裏に先頭打者として植田に打席が回ってくることとなった。
最後の打席
「拓さーん!!!!」
ベンチから声にならない声が響く。BULLSのマウンドには植田の滋賀時代のチームメイトで同い年の野村賢介が上がっていた。
甘く来たと思ったボールに少し差し込まれた。打球はショートへのフライとなった。
そのまま試合は引き分け。引退試合は4時間にわたるロングゲームとなった。
そのまま引退セレモニーが行われた。
そして「もう一打席」回ってきた。
誰もいないグラウンド、バッターボックスにバットを構えた植田拓。
スタンドからは「かっ飛ばせかっ飛ばせ植田拓!」のコール。
渾身のフルスイングで振りぬいた。「ホームランでございます!」のアナウンスでチームメイトがホームベース付近に集まる。植田はダイヤモンドをゆっくりと1周する。
チームメイトたちから手荒い祝福を受けた。文字通りの「サヨナラホームラン」だ。
そして胴上げ。3度宙を舞った。
こうして植田の最後の試合は幕を閉じた。
愛された男
植田のことを聞いてみた。
市村将吾選手は「大学受験の勉強をしている時に、同い年の選手が甲子園でえげつないホームランを打った、と聞いて久々にYouTubeを開いたのを今でも覚えています。同じ身長(165cm)でこれだけ打てる選手がいるんだと思いました。そんな選手とまさか同じチームでプレーできると思っていなかったです」
「あと結構さみしがり屋です。寮に来ると誰かに話しかけ続けてます」という一面も教えてくれた。
花田清志選手は「何かあったら前向きな言葉で返してくれる先輩です。面倒見もいいです。フレンドリーでわがままで破天荒、という人だと思います」
試合後植田に話を聞いた。
「最後は最高でした!」とすがすがしい表情で答えてくれた。
「妻には3年間(独立リーグで)野球をやらせてくれて感謝しています。今後は就職して、いったん野球からは離れることになります」
そしてまだ戦いが続くチームメイトには「このまま優勝してほしい」とエールを送った。
植田の人生もこれからいろいろあるはず。
しかしみんなに愛されながら進む道ならきっといろいろなことを乗り越えられるだろう。ゴールは一つではないはずだし、また次に進む道ができていくはずだ。
(文・写真 SAZZY)