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顧客価値創造請負人(序)#1

弊社は銀行からのクライアント紹介を受けることが多く、幸いなことに心あるバンカー(銀行員)、つまりクライアントの事業成長を純粋に願う人間と仕事をしている。彼らのようなバンカーから連絡をもらうと、いつも一肌脱ぎたい気持ちになる。
 
大川という友人のバンカーから「いい商品を持っているが、マーケティングで躓いて今一つパッとしない融資先の社長を君に紹介したい。一度会ってもらえないか?」と電話があった。私は、普段オンラインで仕事をしているが、彼からの依頼なら2つ返事で出向くようにしている。
 
真夏の時期で、駅から蒸し暑いアスファルト道を5分ほど歩くと、築40年は経っているであろう古い自社ビルがあった。大川は先に入口で待っていて、私を見つけると「この暑い中、わざわざ来てくれてありがとう」と笑顔で迎えてくれた。彼のこういう謙虚さが私は好きだ。ビルに入ると、造りは古いが清掃が行き届いているようで小ぎれいな印象であった。
 
エレベーターで5階まで上がると「社長室」と書かれたドアがあり、大川がドアを軽くノックすると低い声で「どうぞ」と聞こえた。部屋に入ると50代後半と思われるやや強面の男性が座っていた。大川はすぐ「社長、お世話になります。いやぁ、今日は暑いですね」と気さくに挨拶をした。私も部屋に入り、社長への挨拶と名刺交換を軽く済ませた。
 
面談時間は1時間と限られていたため、大川はすぐに本題に入った。「社長、前回お話した勝又さんをお連れしました。彼は新商品や新規事業プロジェクトの実行推進役として、中小企業を中心に実績があります。前回社長から新商品のお話を伺い、もしかすると勝又さんが合うんじゃないかと思った次第です」と口火を切った。彼の打算なく相手の懐に飛び込む姿は、いつ見ても心地がよい。
 
社長は私に向かって「大川さんはいつも弊社のことを気に掛けて頂き、色々な方をご紹介頂き感謝しています。前回お会いした際に、確かに新商品開発の話をしたのですが、既に社内で検討が進んでいて外部の方のお力を借りるまでもないかなと思っています」と、物腰は柔らかいが少し私をけん制するような話し方だった。
 
私は「仰るように、社内で出来るのであれば私のような人間は不要と思いますが、大川さんがご紹介頂いたのも何かのご縁ですので、少し新商品のことをお伺いしても宜しいですか?」と聞くと、社長はニコリとして頷いた。
 
この会社は、社長の父親である創業者が開発した和菓子がヒットし、全国の小売店で売られるまでになった。しかし、コロナの影響で売上を大きく落とし、代わりになる新商品を考えなければ経営が危うくなることは明らかだった。「新商品は誰が考えているのですか?」と聞き返すと、「商品企画室に任せています」と。この会社は50名ほどの従業員規模ながら商品企画室を持っていた。
 
創業者の和菓子のファンにそのブランドを活かした商品を開発するのであればまだしも、全く新しい商品で新たなファンを獲得しようとする考えは腑に落ちなかった。しかも、顧客価値を創造する際、現場に任せきりというのも納得がいかない。組織を動かす方針となる「誰にどのような価値を提供し、ファンになってもらうのか?」という基本的な問いに答えるのは、組織トップ、つまり経営者だからである。
 
腑に落ちないことは相手を憚らずに言う私の性格が出て、そのままを社長に伝えたところ少し考えた様子で「商品企画室が方針を考えるのではダメなんでしょうか?」と私に質問した。私はいつも通り「顧客価値の創造とは、顧客の理想の姿を突き詰める理想役の想いが基点となって、現実解を突き詰める現実役と、実現を突き詰める推進役が動くことで達成されます。会社として新たな顧客を創造したいのであれば、方針は組織を率いるトップが理想役として機能すべきです。従業員から出てきた案を選別しているようでは、顧客が感動する商品は絶対に生まれません」と冷静に伝えると、社長は「少し考えさせてください」と言った。
 
 大川は、社長と私のストレートなやり取りを和らげるように合いの手を入れ、あっという間に約束の1時間が過ぎた。彼は「それでは社長、何かあれば私にご連絡頂ければと思います」と締めくくり、二人で社長室を後にした。
 
 駅までの道すがら、大川は「社長は創業社長のワンマンのやり方が嫌いで、なるべく従業員に考えさせたいようなんだ。だからあんなという質問が出たんだと思う」と言った。確かに私もそういう社長と一緒にプロジェクトを推進した経験がある。「でも、勝又の話を聞いて、方針は経営者が考えるものだと納得した。他にも同じような経営者はたくさんいるよ。ただ、社内に相談できる人が居ないのが難しいところなんだよな」と続けた。彼とは駅で別れた。どこからか蝉の声が聞こえた。
 
数日後、大川から電話が掛かってきた。「社長がもう一度勝又に会いたいそうだ。特に理想役、現実役、推進役は何をすべきかを聞きたいと言っていた。きっと社内プロジェクトがうまく行くかどうか不安なんじゃないか?」
 
その後、社長と数回のミーティングを経て、私は方針検討プロジェクトのトレーナーをすることになった。社長が理想役、現実役には商品企画部長、そして推進役に経営企画室長を入れ、「どんな感動体験を提供し、誰にファンになってもらうか」という方針を、2週に1回の会議で2カ月かけて突き詰めることになった。




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