「桃太郎後日噺」②江戸の黄表紙、不思議な世界の大人の絵本

　「桃太郎」の後日譚たんを描いた、朋誠堂喜三二ほうせいどうきさんじ（1735～1813）作、恋川春町こいかわはるまち（1744～1789）画の「桃太郎後日噺ごにちばなし」（1777刊）上下二巻の黄表紙きびょうしの後編。
　桃太郎についてきた白鬼は鬼七きしちという名の色男となり、桃太郎家の下女、おふくと恋仲となる。おふくに恋心を抱く猿の猿六えんろくが二人の密会現場を見つける。 

下巻
八

猿六「鬼七きしちとおふくの不義密通ふぎみっつうをしかと見とどけました。両人ともにクビにしてもらわねば、しめしがつきませぬ」
桃太郎の父、山右衛門やまえもん「猿の猿知恵みたいだけど、証拠があればほっとくわけにもいくまい。さてさて気の毒なことじゃ」

九

桃太郎「打ち出の小槌こづちは、汝なんじらを打つ小槌こづちなり」
と、二人を十回ずつ打ち、お金も二十両打ち出して、クビにしけり。さて、猿の密告も、自分の恋がかなわなかったので腹を立てたからだと桃太郎はわかっていたので、同罪ではあろうけれども、少しは罪も軽いだろうから、猿を一回打って、銭二百文もん打ち出し、同じく猿もクビにしけり。（一両は四千文）
桃太郎「三人ともにクビにしたぞ」
　この時、猿六えんろく申しけるは、
「同罪だというのなら、せめて十両分打ち出してくだされ。打ち出の小槌こづちで打たれるのなら、百両でも二百両でもかまいません。一回二百文とは、あまりに少なすぎます」と、欲張りを言いけり。

十

　鬼七きしち夫婦は、二十両の金に、ツノを売った代金二十両、合計四十両で、たばこ屋を出店し、鬼ヶ島屋じゃだめだろうと、ただ、島屋と呼ぶことにした。
おふく「旦那だんなのおかげ、ありがとうござります」
　犬、昔の仲間の店なので、様子を見に来る。
犬「どうだい。商売はうまくいっているかい」

十一

　白鬼の許嫁いいなづけ、鬼女姫きじょひめが夫の行方ゆくえをたずね来る。
鬼女姫「桃太郎様のお供ともをして行った白鬼殿の行方ゆくえはご存ぞんじないか。私は、許嫁いいなづけの妻でござんす。ご存じなら教えてくださんせ」
　猿六えんろく、飛脚ひきゃくとなり、鬼女姫にたきつける。
猿六「その白鬼は、島屋鬼七きしちといって、たばこ屋をしています。女房は恋女房で、夫婦仲のよさは、それはそれはいやらしいくらいさ」

十二

　鬼女姫きじょひめ、たばこ屋へたずね来たりて、さんざん恨み言うらみごとを言えば、おふくは、許嫁いいなづけと聞いて、おおいに腹を立て、「ツノの生えた女が日本の地に住めようか」と悪口を言えば、鬼女姫、ツノを切り落として鬼七きしちと添そい遂とげようと言う。
　この時、おふくは興奮し、恨うらみの炎を燃やせば、たちまち二本のツノが生えてきた。
おふく「許嫁いいなづけは、さっさと去った去った」
鬼女姫「そなたこそ、そのようなツノが生えては結婚も続くまい。その男を、こっちへ渡しゃんせ」
　鬼七は、鬼女姫がツノを切ったのを見て、「このツノを売れば、また二十両のもうけだぞ」と喜んだが、だんだん女の争いが激しくなり、恐ろしくなり、近くの寺へ逃げて行く。

十三

鬼七「後より追っ手のかかる者です。かくまってくださいませ」
僧「それでは、つり鐘を降ろすので、そこにかくまいましょう」
　おふくと鬼女姫きじょひめは後を追い来たりしが、おふくはヘビの体となり、松の木から塀へいを乗り越え、夫を引き裂いて殺そうと怒いかる。
　鬼女姫きじょひめは「夫を殺させてなるものか」と、ヘビとなったおふくの尻尾しっぽを抑おさえて、飛び越えようとするのを止める。
鬼女姫「夫を殺そうとするなら離さぬ」
　この時、猿六えんろくが来かかり、この様子を見て、鬼七きしちをおふくに殺させようと、松の木に登り、抑えられている、おふくの尻尾を切り落とす。
猿六「鬼七は鐘の中にいるぞ。殺せ殺せ」
おふく「言うまでもない。この浮気者、出てこい、思い知らせん」

十四

　鬼女姫きじょひめは、「つまらぬ私の嫉妬しっとから、大切な夫を殺されることとなった」と、はやまり、おふくの尻尾しっぽから出てきた剣にて自害じがいする。なみあむだぶつなむあみだぶつ。
　おふく、松の木より飛び降り、つり鐘へ向かうところへ桃太郎がやってきて、おふくを殺す。
おふく「ええ、残念じゃあ」
桃太郎「悪念を捨て、成仏じょうぶつせよ。なむあみだぶつ」
　犬は、主人の供としてここへ来て、猿六えんろくを踏み殺す。
猿六「ああ、痛い痛い。痛いも道理か、この世をサルが去るのじゃもの。ここまでが本当の猿知恵さるぢえ、昔のままが良かったなあ」
　さて、犬は、鬼七きしちがツノを売って金もうけしたことを聞き、おふくのツノを切り、売ろうとしたら、「これは日本産のツノなので、外国産の値段ほどにはなりません」と言って、二本で五両に売る。

十五

　かくして桃太郎がこの鐘を引き上げると、そこには鬼七きしちではなく、ご存じの出版社の社長が出てまいりました。これは作者も知らない展開でございます。
　　　　作者　喜三二きさんじ
　　　　画工　恋川春町こいかわはるまち
出版社社長「東西東西とざいとうざい、高いところから失礼いたします。毎年出版する絵本の評判よろしく、お子様方のごひいきにあずかり、ありがとうございます。本年は、特に珍しい趣向でご覧にいれますので、ぜひともお買いになって、ご覧いただきたく、お願い申します」

　桃太郎の話は、大人も子どもも知っていた。また、道成寺どうじょうじの話も歌舞伎などで知られていた。
　僧の安珍あんちんに清姫きよひめが恋し、裏切られたと知り大蛇となって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺す物語。
　それらのパロディーとなっている。そして最後はなんと本のコマーシャル。
　ストーリー展開よりも、その時々の場面で趣向を凝らしている。ちょうどM-1グランプリの漫才のような感じ。その時々で笑いをとり、話の筋はあまり関係ない。

　作者朋誠堂喜三二ほうせいどうきさんじは、当時流行した狂歌では、手柄岡持てがらのおかもちの名で作品を創っている。狂歌は、三十一文字だけで、その場面だけの笑いをとる。狂歌をつなげたものが黄表紙ともいえる。画工恋川春町こいかわはるまちは、狂歌名は酒上不埒さけのうえのふらち。ともに天明の狂歌界で有名だった。

　他の作者による江戸の狂歌については、以下に紹介している。

　身分社会ではありながら、武士と町人が一緒になって、黄表紙、狂歌、そしてストーリー中心の洒落本しゃれぼんなどの江戸の大衆文化が広がっていった。