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016 『東京バラード、それから』 谷川俊太郎/(あるいは、電子書籍のこと)

 図書館で、一冊の詩集を手に取った。

『東京バラード、それから』

「東京」の文字に、目が吸い寄せられた。金沢に来て三か月。まだ、自分のこころの一部が、東京にあるんだな、と思った。

 作者は、谷川俊太郎。
 谷川さんの詩集なら、『空の青さをみつめていると』を持っている。ぱらぱらめくると、知っている地名がいくつかあって、借りることにした。

 この本は、ふしぎな本だった。
 ラミネート加工された表紙は新しいのに、なかの紙は古本みたいにうっすら茶色い。
 表紙となかで、あきらかに時間の進み方が、ちがう。
 気になって発行年を見ると、2011年だった。やはり、表紙の方がわたしの知っている時間の流れだ。

 ふしぎだったけど、読み始めてすぐに、このタイムラグの謎が解けた。

 この詩集は、発行された2011年から約40年前に書かれた連作「東京バラード」と現在をつなげる本を作ろうという試みからできた、アンソロジーだ。
 谷川さんが詩を書き始めた五〇年代と、六〇年代に撮影したモノクロ写真も添えられている。

 谷川さんの眼を通して見る東京は、時を忘れさせる。
 わたしがいた東京と半世紀以上も時代が違うので、五十年型ステュードベーカアも、壹銭五厘の郵便はがきも、ぴんとこない。
 でも、そこにある都会の孤独と夢は、同じだと思った。
 きっと、百年後の人間がこの詩集を読んでも、同じように東京へのノスタルジーを感じるだろう。

 そうですよね、この詩と写真には、まっしろな紙は、新しすぎますよね、と思った。あえて経年変化が早い紙を選んでくれたのだ気付くと、谷川さんの心遣いに、うれしくなった。

 電子書籍が普及しだしたのは、十五年くらいまえだろうか。
 当時から、紙の本がなくなるのでは、と危惧されていた。
 スマホやタブレット一つで済むので、最近は、わたしも電子書籍を買う事が多い。かさばらないのは、引っ越しの多い人間には、とてもありがたいし、本を探しに行く時間も手間も省ける。

 でも、と思う。
 この詩集のように、紙であることで、ひとつの作品として完成する、いわば、アートのような本がある限り、紙の本はなくならないだろう。

 手元に欲しくなって、ネットで探してみたが、もちろん電子版はない。
 アマゾンで注文した書籍がさっき届いたのだが、新品なので、なかの紙はまだ白っぽい。

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