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【小説】 旅草 —呪いと狂気の夢の国 千輪桜 後半


十三頁

「だって、ぼくいま無性むしょうきみしたい気分きぶんだから」
まったく意味いみなかった!? むしろ、よりわる方向ほうこうすすんでしまったがする!)
 こころ潔白けっぱくにするつもりが、よりふかやみこしてしまったようだ。わたしはすぐに【純白じゅんぱくとばり】を解除かいじょした。
 もう夜玄やげんに、いろ効果こうかわざ通用つうようしないだろう。【とばり】だってはじかれてしまう。
 仕方しかたがなくわたしは、彩色さいしきつえ頭上ずじょうかかげた。

【お色直いろなおしです!】

 ……。しかし、なにもこらない。

わすれたか? ここはゆめなかかみ宇宙そらはいってこられない。かれらも一緒いっしょねむったりしないかぎりはな。無論むろんきみゆめ世界せかい大変たいへんなことになっているとづかないかぎりは、きみやすらかにねむっているとしんじてうたがわないだろう。そして、一生いっしょう目覚めざめずつめたくなっていくなんてこともあるものだ」
 しきなら絶対ぜったいづいて、けつけてくれるはず。
「さて、どうしてきみそうか。せっかくここは、千輪桜せんりんざくらなんだ。——桜姫でいこうかしら。うふふ。かわいいかわいひめぎみにけされること、こうえいにおもいなさい♡
 ……これまで、ためにためにためてきた、ぞうおにけんお、いかりくるしみかなしみねたみそねみ。
 そのすべてをそそいで——」

魔王まおう!!!!】

「よっしゃー!! アタシの復活ふっかつだー! イェイ、イェーイ!」
 まちのとある建物たてものなかおもいのほか室内しつないからっぽだった。
 なにもない空間くうかんに、赤紫あかむらさきおとこ発砲はっぽうし、もこもこの寝具かぐ出現しゅつげんさせて、そこに埜良のられんかせた。葉緒はお微量びりょうだが回復かいふくちからをかけると、埜良のら目覚めざめた。
 そして、めっちゃ元気げんきになった。
埜良のらちゃん、もうそんなに元気げんきになったの?」
 さすがの葉緒はおおどろいていた。
「うん、ピンピンだよ!」
「の、埜良のら。わりぃな、おれあたまわるかったせいで……」
歌龍かりゅう
 埜良のらおれ謝罪しゃざいをさえぎってった。
「!?」
「アンタのおかげで危機きき脱出だっしゅつできたよ。さすが歌龍かりゅうは、やればできるおとこだ!」
 なぜか埜良のらおれたたえた。
「で、でもよ、おまえ一緒いっしょんじまった」
「そう、おのれめるな。やむをない事情じじょうがあったのだろう……」
 おれ三人さんにんから、すこはなれたところにこしろしているおとこった。
「そういや、だれだアンタ」
 埜良のらおとこたずねた。
「あ、そういえば……」
王子様おうじさまだよ」
王子様おうじさま?』
「うん。葉緒はおあぶないときにね、たすけてくれたんだよ。まるでほんてくる王子様おうじさまみたいじゃない?」
 そうはな葉緒はおかおは、とてもキラキラときめいていた。
「は、葉緒はお?」
 そんな葉緒はお埜良のらは、きょとんとなに衝撃しょうげきけたようだ。

十四頁

おれべつに、王子おうじってわけじゃねっけど、夢中むちゅう戦士せんし、アイムだ」
夢中むちゅう戦士せんし?」
おれやおまえたちのいるこの世界せかいは『ゆめ世界せかい』というべつ世界せかいだ。夢中むちゅう戦士せんしは、夢世界ゆめせかい治安ちあん維持いじする部隊ぶたい夢中むちゅうまれたものたすけ、夢中むちゅう勝手かってあばれるやつらを成敗せいばいする」
「アンタのその、赤紫あかむらさきは、なん神様かみさましんじてるんだ?」
ゆめかみ夢主獏ムシュクだ。ゆめちからつかさどり、夢世界ゆめせかい管轄かんかつする夢主獏むしゅくちからものは、夢世界ゆめせかいかぎり、想像そうぞうしたものをなんでも具現化ぐげんかすることができる」
ゆめちからみたいですね」
夢世界ゆめせかいかぎるがな。ぎゃくに、ゆめ以外いがいちからものは、夢世界むしゅくじゃ全力ぜんりょくすことができない。しきもそうだが、おまえたちのちからもだ。夢世界ゆめせかいは、ねむもののみがさそわれる。おまえたちのかみ同時どうじねむって、この世界せかいにいるのならはなしべつだが」
「じゃあ、変身へんしんできねーのか」
「そんな状態じょうたいで、またれんなみのヤバイやつおそわれたら……」
安心あんしんしろ。だからおれがいる」
「ひゃ〜王子様おうじさま〜♡」
葉緒はお!!」
おれは、こころ仕留しとめるこい狙撃手そげきしゅだ」
「は? なにってんの?」
 つめたくはな埜良のら。 アイムは、じゅうで、埜良のらむねのどなかいた。
「……っ!! 埜良のら!!」
埜良のらちゃん!!」
「おい、なにやってんだよ!?」
ていろ」
『?』
 おれ葉緒はおは、アイムにわれたとおり、埜良のらをじっとた。そういや、たれたはずのところに、あないていない。
「——きゃ〜アイムさま〜♡」
「の、埜良のら!!?」
 なんつーことだ。さっきまで不満気ふまんげだった埜良のらが、この一瞬いっしゅんでがらりとわった。ひとみをキラキラかがやかせていた。
「これは軽度けいどのものだが、強力きょうりょくになると、おれかおおがめなくなり、うしなったりもする」
「アンタそれ、っててずかしくねーの?」
「ちなみに、対象たいしょう老若男女ろうにゃくなんにょわない。おまえも、おれとりこになってみるか?」
断固だんこことわる」
 いてるこっちがずかしくなるぜ……。
はなしいたし、いこっか」
「? どこにだ?」
恵虹けいこうのトコだよ」
恵虹けいこうさんも、この世界せかいにいるの?」
十中八九じっちゅうはっくね。しきもいないとなると、さびしくていてそうだし、いや予感よかんもするし」
 埜良のらは、はなし最後さいごあたりで、ちらっとれんた。ヤツはまだ、きないようだ。

 そのとき、ドーン、と、とおくのほうで、なにかが破壊はかいされたようなおとひびいた。

「!? なんだ!?」
「——まさか」
 埜良のらは、いそいで建物たてものあとにする。
「ああ、埜良のら!」

十五頁

 おれもそのあとう。

「あの、アイムさま
「……はやわないのか?」
「そのまえひといたくて。アイムさまは、とてもおやさしいかたですね。ひときずつけないたたかかたをされていて、恵虹けいこうさんがきなひとです」
「……おまえ淡黄たんおうかみつきの|力か?」
「は、はい!」
つきかみ月夜つくよは、うさぎきだってな」
「そうです! 自身じしんでもうさぎちゃんになって、とってもかわいいんですよ!」
「そうか。おれきだ、うさぎ
「——」
戦法せんぽうについてはにするな。おれこだわりだ」
葉緒はお〜、はやくよ〜」

 桜姫さくらひめ背後はいごあらわれたのは、音虫おとむし演奏えんそうちゅうあらわれたあの巨大きょだい魔物まものだった。ただ、その魔力まりょくは、あのときにならない。

百手ひゃくしゅ鉄裁てっさい!!!!】

 魔物まもの両肩りょうかた背中せなかからえる数多あまたうでが、わたし目掛めがけてんできた。
 これは駄目だめだ。けきれない。
 そのままわたしは、おおきなこぶし餌食えじきとなった。
 こぶし威力いりょくすさまじいもので、わたしして、建物たてものかべ破壊はかいした。そのさきそとたかたかとう最上階さいじょうかいから、わたしちた。
 
うつ白雲丸しらくもまる!!】

 途中とちゅう白雲丸しらくもまるあらわし、ひろってもらった。かた地面じめんたたきつけられずにんだ。
「ご主人しゅじん大丈夫だいじょうぶか!?」
「はい、白雲丸しらくもまるのおかげです。たすかりました」
 すぐに桜姫さくらひめの方にけると、またあらたに、無数むすうこぶしはなってきた。
けて!」
「アイアイ!!」
 白雲丸しらくもまるは、せまおおきなこぶしを、糸針いとばりうように、スイスイとかわしていった。

夜霧よるぎり!!】
 
 濃藍こいあいいろの濃霧のうむあたりに蔓延まんえんさせた。いろちからでは、唯一ゆいいつくろ使つかえない。やみちからつうじるからか、不吉ふきついろとして、しききらっているのだ。
 夜空よぞらのようなしきまぎれて、危険きけんなこのから脱出だっしゅつする。

 ——きえた。いや、とうめいになっているだけね。

黒風こくふう

十六頁

 つよかいかぜいてきた。さきすすめないほどの。
 ガッとからだつかまれ、白雲丸しらくもまるからがされた。
「ご主人しゅじん!!」
 透明とうめい見破みやぶられてしまったらしい。ると、しろレンガの地面じめんから魔物まものうでえていた。
「あたりのようね。だめじゃない、いくらおじけづいたからって、にげだしちゃ。あたしがあなたをけせないじゃない?」
 彼女かのじょ狂気きょうきぶりは身震みぶるいするほどだ。それに、周辺しゅうへんにびっしりとえていている、くろ秋桜あきざくらたち。かぜもないのにおどるようにれる、そらまない呑気のんきさが、より狂気きょうきみている。
「でも、みえないってややこしいわね。……まあ、いいや。ぜんぶこわしちゃえば」

 桜姫さくらひめは、てのひらうえかかげて、となえた。

破壊はかい波動はどう

 すると突然とつぜんはなたちがこえはっし、うたはじめめた。

『ラララ 破壊はかいだ 破壊はかいだ ラララ〜 破壊はかいだ 破壊はかいだ ラララララ〜
 みんな粉々こなごな みんなバラバラ みんなみんな ラララララ〜』

こわっ! あたまおかしいんじゃないの!?」
「いいじゃない。きょうきこそが、ゆめでしょう?」
 はあ?
 このままつかまっているのが、とてつもなくいやになったわたしは、強引ごういんそうとしたが、おおきな魔物まものこぶしはびくともしない。
 桜姫さくらひめてのひらうえ発生はっせいした、なぞくろ球体きゅうたいが、みるみるうちにおおきくなってく。
「もうそろそろ、いいかしら。じゃあ、さよなら」

雷虎らいこつめ!!】

黄灼おうしゃく花雨かう!】
 
 あぶないとおもったときふたつのひかり桜姫さくらひめおそった。一つひとは、雷光らいこう。もうひとつは、花弁かべんのようなかたち淡黄たんおうひかりつぶ
 ふたつのひかりにあてられた桜姫さくらひめは、うしない、ちた。魔物まもの球体きゅうたい一瞬いっしゅんえた。わたしつかんでいたうでえ、落下らっかするも白雲丸しらくもまるひろわれた。
 それぞれのひかりぬしだれだかすぐにかった。
恵虹けいこうー!」
恵虹けいこうさーん!」
埜良のらさん、|葉緒ちゃん」
 二人ふたりは、ひつじばく合体がったいしたような不思議ふしぎ動物どうぶつってやってきた。
「お二人ふたりとも、この世界せかいていたのですね」
歌龍かりゅう一緒いっしょてるよ。いまはいないけど」
「あとね、ゆめ王子おうじさまも一緒いっしょなんですよ!」
ゆめ王子様おうじさま?」
夢中むちゅう戦士せんしってってた」
 夢中むちゅう戦士せんし……。ということは、ここは、かのうわさの “夢世界ゆめせかい” か。ほんんで、その存在そんざいってから、度々たびたびあこがれていた。“地上世界ちじょうせかい” とはちがう “別世界べつせかい”。
 
箱斗はこと!」

十七頁

 いつのにか目覚めざめていた、桜姫さくらひめさけんだ。

「かしこまりました」

わざわいのはこみちびき〜】

 突然とつぜん葉緒はおちゃん、埜良のらさんの背後はいごに、くろはこあらわれた。わたし埜良のらさんがこの世界せかいるきっかけとなったあのはこだ。
「わあああっ!」
恵虹けいこうさん!!」
 二人ふたりは、ひらいたはこまれていく。
葉緒はおちゃん! 埜良のらさん!」
 二人ふたりばすわたしは、よこからおおきななにかにはらわれ、|白雲丸しらくもまるから落下らっかした。
「ご主人しゅしん!!」
恵虹けいこう!!」
恵虹けいこうさーん!!」
 必死ひっしさけ二人ふたりだったが、っていた動物どうぶつりに、呆気あっけなくまれてしまった。
 二頭にとう動物どうぶつは、メェといてどこかへってしまった。葉緒はおちゃんがっていた、ゆめ王子様おうじさまのところだろうか。
 わたしは、しろレンガの地面じめん仰向あおむけになり、絶望ぜつぼう嫌悪けんおじょうひたっていた。
「ご主人しゅじん大丈夫だいじょう?」
 
「やっかいばらいができたわ。かのじょたちはてごわいわね。とくに、月姫つきひめちゃん。闇奈緒やみさまがけいかいするのもわかるわ。
 それにくらべて、あなたはどうかしら? 色彩しきさいの宇宙そらのちからをてにしておきながら、あたしにおされっぱなしじゃない。
 せたけも、としも、あなたのほうがうえでしょう? ほんらい、あなたがあのこたちをまもるたちばでなきゃダメなのに、ぎゃくにたすけられてどうするの? みっともないわね。
 あなたがみっともなくあたしにおされているのは、あなたがあたしをけすきも、きずつけるきもないからよ。そのあまったれたかんがえをあらためないかぎり、あなたはあたしにやられるだけよ。
 あなたがつきるば、あのこたちもおなじことよ」
 彼女かのじょうことは、どれも核心かくしんいていてこころいたい。
 正面しょうめんからたたかっても、てる保証ほしょうはない。正直しょうじきなところ、骨身ほねみけずるようなたたかいなどしたくない。もっと平穏へいおんたびがしたかったのですが……。でも……。
「……わたし丁度ちょうどそのようなことを考えていました。ですから、もうげることはしません。其方そなたすべての元凶げんきょうでしょう? 其方そなたたおさねば、この悪夢あくむからめそうにありません。
 たとえ、しきがいなくとも、わたし一人ひとりしかいなくとも、まえあらわれた障壁しょうへきは、自分じぶんちからえなければ、つよくなることはできない。
 つよくなければ、自分じぶんの望みをかなえることなど出来できはしない。
 だからわたしは、わたしのやりかたで、其方そなたたおす!!」
「かかってきなさい……」

魔王まおう!!!】

 桜姫さくらひめふたたび、魔物まもの召喚しょうかんした。
 そして、次々つぎつぎ攻撃こうげきしてた。
 わたしは、白雲丸しらくもまるり、それらをかわして反撃はんげきてんずる機会きかいうかがった。

十八頁

 また恵虹けいこうとはぐれちまった。やっとえたのに。しきもいないなかで、一人ひとり大丈夫だいじょうぶか。
 
あぶない!!」

 葉緒はおのそんなさけびがこえたかとおもえば、あっというたおされていた。

月光げっこう最強さいきょうかべ!】
 
 葉緒はおは、つきちからかべつくり、せまなにかをはじいた。

「さすがは、うさぎちゃんね。危険察知きけんさっち能力のうりょくたかい。ついでに、つきちからだから、ウチのほう不利ふりね」
 あらわれたのは、一人ひとりおんなほか仲間なかまたちと同様どうよう黒鬼くろおにで、こいつはひとだ。一番いちばん特徴くろおには、髪束かみたばさきに、おおきく凶暴きょうぼうくちえていた。やみちから生成せいせいしたのだろう。
「ウチのは、口奈くちな。お口が好きなの。何だかゾクゾクして、惹かれない?」
 おんな豊満ほうまんあでやかだが、面構つらがまえやくちぶりなんかが不気味ぶきみだ。
 アタシたちはがって、身構みがまえた。
「あらあら。そんなにおびえちゃって、可愛かわいわね。そんな可愛かわたち、べたくてべたくて、ウズウズしちゃう。桜姫さくらひめ感謝かんしゃね!!」
 そうって、おんな巨大化きょだいかさせた口々くちぐちはなっていく。
 
枝垂しだくち!!】
 
 まるで、何発なんぱつ何発なんぱつ連続れんぞくこぶししているかのように。
 もちろん、しているのはくちだ。一本一本いっぽんいっぽんやりのように鋭利えいりで、アレにまれりゃ、ひとたまりもない。

 葉緒はお……埜良のら……無事ぶじかなぁ?
 おれした。あいつらと一緒いっしょったって、足手あしでまといになるだけだ。それなら、こうして一人ひとりうずくまっているほういくらかやくつだろう。
 厳密げんみつえば、おれ一人ひとりだけでなく、移動いどうのためにっていた、メークとかいうなぞ動物どうぶつ一緒いっしょだが。
 おれはなんて役立やくたたずなヤツなんだ。なにもしないほうひとやくつくらいだ。
おれのどこがりゅうだ。このむしケラ! クズ野郎やろう! ゴミ野郎やろう!」
 おれおとこで、としうえなはずだけど。

「おやおや、こんなところにいましたか」

 え!?
 うしろからこえがした。くと、そこにいたのは、黒鬼くろおにのジジイ。るからに危険きけんかおりがプンプンだ。
「……おれなんようだ」
「そうですねぇ。元来がんらい貴方あなたほうむ理由りゆうはどこにもない……が、いてうならば、貴方さかなのお仲間なかまがたみな、これからほうむられるというのに、貴方あなただけをのこすというのもあわれなことでしょう。

十九頁

 ゆえに、このやみの小路こうじ箱斗はことが、貴方あなた一緒いっしょほうむってげましょうということでございます」
 なんつう勝手かって理由りゆうだよ……。

「さてさて、貴方あなた運試うんだめしをしてげるとしましょうかねぇ」

わざわいのはこ三箱さんばこ一択いったく〜】

 パン、パン、パン。ジジイが三回さんかいたたくと、くろはこみってきた。はこはジジイのまえでくるくるまわっている。
「さて、どんなわざわいがてくるかのぅ。そぉ〜れいっ!!」
 パン!
 みっつのはこのうちのひとつがひらいた。

ものわざわい】
 
 はこからてきたのは、なぞくろ生命体せいめいたいしろまぶしくひかふたつのまるは、どうやらまなこらしい。
「イ゛ノチ゛ヲク゛レ……イ゛ノチ゛ヲク゛レ……」
 ものはそうとなえておれせまってくる。
 いのちをくれ? アイツにかれでもすれば、おれいのちられんのかな?
 こんな危機ききひんしても、げるにならなかった。だって、おれなんて——。

「おい! あきらめるな!」

 ハッとづいた。わけからないが。
 つかもの消滅しょうめつした。わりにおれまえあらわれたのは、アイムだった。
「おまえわけェくせに、なにきるのをあきらめようとしてる?」
「……だって」
おのれさげすもうと勝手かってだが、いのちかろんじることだけはするな。あのじじいおれがやる。おまえはメークにって、どっかげてろ」
「逃げる……」
「逃げることははじじゃない。きてさえいれば、それでいいんだ」
 おれなん抵抗ていこう出来できずに、メークにまたがった。
「メェェェェ」
 メークはおれせて、そらけた。
「そうはさせませぬぞ!」

わざわいのはこ!!】

 パン!

落石らくせきわざわい】

 はこからはでっかいいわいくつもし、おれせまってきた。

ぜし恋情れんじょう

 アイムの銃撃じゅうげきすべてのいわぜ、おれには小石こいしそそぐだけにとどまった。

二十頁

 メークはまらず、そらけた。

 はこジジイとアイムからはなれた、とある屋根やねうえ。メークからりたおれは、途方とほうれた。
「はあ……どうしよう……」

千呂流ちろる

「! 沙楽さらさま!」
「おたせ」
「どうしてここに」
「はいっ、あなたののぞみはこれでしょう? あと、これも」
 そう言って、沙楽さらさまからさずけられたのは、琵琶びわ御守おまもりだった。
「これでみんなたすけてちょうだい」
「……かりました」
 
沙楽さらさま! このおれちからをくれ!】

 御守おまもりを空高そらたかかかげ、パン! とはさんで合掌がっしょうする。
 まぶしいひかりおれつつみ、そこから|開放かいほうされると、おれ格好かっこうわっていた。
 出来できた! 変身へんしんが! これでおれ無敵むてきだ。
 早速さっそく琵琶びわかまえた。
 あたまなかに、ひとつのうたながれてきた。

 おれは、琵琶びわげんいた。

 おくちのおねえさんは、まったく容赦ようしゃをしてくれない。すこしでもいたら、やられてしまう。
 葉緒はお埜良のらちゃんも、よけるので精一杯せいいっぱいだった。
けてるばっかりじゃあ、うちはせないわよ! うふふ、いつまでつかしらね。ああ、はやくその身体からだらいたい!」
 こわいことをいうなー。でもこのままじゃあ、ほんとうにかみのおくちべられてしまう。
「……ううっ……」
 すると、埜良のらちゃんが、地面じめんにひざをついた。
埜良のらちゃん!」
 かえってそばにちかづくと、埜良のらちゃんは、つらそうなかおをしていた。
 そっか、ずっとつよくいたんだね。
「あら、早速さっそくボロがたわね。もうわりね!」
「……葉緒はお! げて!」
 くろかみのおくちの、するどいギザギザが葉緒はおたちにせまってきていた。

 すると、歌龍かりゅうくんの歌声うたごえと、琵琶びわ音色ねいろこえてきた。
なんだ……このうたは……」
 おねえさんは、かおをしかめて攻撃こうげきをゆるめた。
 いまだ! とおもった。

光輪こうりん!】

二十一頁

 パンとたたいて、おねえさんのからだあばれんぼう髪束かみたばたちを、実体化じったいかさせたひかり拘束こうそくした。
 
 
 おれ陽気ようきうた得意とくいじゃないが、くら陰気いんきうた大得意だいとくいだ。

 そうよ。“音楽おんがく” はたのしむもの。自分じぶんきなうたかなでてね。このはね、たのしんだもの最強さいきょうなの。
 千呂流ちろるかなでる音楽おんがくは、この街中まちじゅうひびいた。

「……なにこのおもたいうた」
 桜姫さくらひめかおゆがめた。
「あれ? やみなのですから、こういうくらうたきなのでは?」
「このうたはきらいよ」
 歌龍かりゅうさんの歌声うたごえ、とてもきしています。福楽実ふくらみたたかいのときとはってわって。
 
 そのとき彩色さいしきつえがブルっとれた。これはもしや……。
 
【お色直いろなおしです!】

 しろひかりつつまれた。そして、見事みごと変身へんしんすることができた。
 ということは、しきが “夢世界ゆめせかい” にたとうことだ。これで、しきちから全力ぜんりょくせる。

 玉兎ぎょくとさま葉緒はおちゃん、あなたがたのちからをおりします。

つきちから月華げっか爛漫らんまん

 まぶしくうつくしいつきひかり桜姫さくらひめはなった。
 桜姫さくらひめは、かお両手りょうておおい、からだちいさくまるめ、うめこえはっした。
 効果こうか抜群ばつぐんのようだ。やはり、やみちからにはつきちから相性あいしょういのだな。
 そして、仕舞しまいにはうしなった。
 周囲しゅういると、ビッシリえていたくろ秋桜あきざくらすべっていた。

「……あの小僧こぞううたか。やはり、彼奴あやつしておかなければ……」
 突然とつぜんひびいてきた琵琶びわや、頭巾ずきんのあいつの歌声うたごえに、はこじじいすこ気後きおくれした。
 そのかすかなすきおれにがさない。
おれれて、邪悪じゃあくこころせ!」

恋々ここ一閃いっせん

「お見事みごとよ、千呂流ちろる
「これですこしはみんなやくてたかな」

二十二頁

すこしどころじゃないわ。あなたのうたで、みんなてきかしたのよ♪」
 千呂流ちろるは、うれしそうに、でもややばつがわるそうに、かる琵琶びわらした。

 った。これで、わたしたちは夢世界ゆめせかいからられるか。

 ただ、「本当ほんとうにこれでかったのだろうか」と疑問ぎもんのこった。いくら正体しょうたい夜玄やげんだったとしても、こんなおさな可愛かわいおんなくるしめるのは、わたしこころいたい。やはりたたかいはきじゃない。
 歌龍かりゅうさんのくらうたにもにがかおをしていたが、ひかり陽気ようきかんじが苦手にがてなのだろう。やみつかさどり、やみきるものだからか。
 歌龍かりゅうさんやみんなのもとへ合流ごうりゅうしたい気持きもちもあるが、彼女かのじょをこのままいていくのもはばかった。

 結局けっきょくわたしは、場所ばしょはなれず、桜姫さくらひめとなりこしろした。

 そのままなにもしなかった。ひかりくらんだそのかおを、ただていた。
あたまでたり、ふところってきてきしめたりもなにももしない。ただ、じっとていた。このほうがいいとおもった。
 

「どうしてどこにもいかないの?」
 づいた桜姫さくらひめたずねた。
「なんとなくです」
 わたし泰然たいぜんった。
「つきひめちゃんは」
埜良のらさんもいるとおもうので大丈夫だいじょうぶでしょう」
 すると、桜姫さくらひめは、夜玄やげん変化へんげした。
きみ、ちょっとへんだよ」
「よくわれます」
「まあでも、わるはしない」
「そうだ、はや現実げんじつ世界せかいもどりたいのですが」
「もちろん、ぼくちからもどせるよ。きみたちとは十分じゅうぶんあそんだし、いいよかえして——」

——ダメにまってるだろ。抹殺まっさつしろ。

 言葉ことば途切とぎれたかとおもえば、夜玄やげんむねさえてうめごえげた。地面じめんうようにしてうずくまった。
夜玄やげん!」
「ダメ……ハナれて……」
「どうしました? なにが……!!
「ああ゛!! ああ゛!!」
 うめこえはやがて、狂気きょうきちたわらごえわった。
「さァ……ヤろうか」

闇黒あんこく領域りょういき

二十三頁

 そのとき、おびただしいほどくろもやが、夜玄やげん中心ちゅうしん発生はっせいした。ただでさえくらくて不気味ぶきみ雰囲気ふんいきだった街中まちじゅうが、さらにふかやみおおわれた。
 いや予感よかんしかしないわたしは、夜玄やげんから距離きょりった。

万有引力ばんゆういんりょく

 すべもなく強力きょうりょく引力いんりょくせられ、あっという夜玄やげん衝突しょうとつした。夜玄やげんわたしあきらけるようにつよきしめた。
 夜玄やげんはな引力いんりょく非常ひじょう強力きょうりょくで、金縛かなしばりにったかのようにからだうごかない。

 ゴゴゴゴ。かたおおきなものがくずれたような轟音ごうおんが、そこかしこからこえてきた。かすかにきゃあという悲鳴ひめいこえた。
 
きみはこれでわりだ」

 だって、【万有引力ばんゆういんりょく】でいたのは、きみだけじゃないからね。ほら、根元ねもよからボキッといって、ぼく目掛めがけてたずれてくるとうだって。ま、ぼくぼくもれてえないだろうけど。
 さァ、オヤスミィ ♪ 永久えいきゅうにさァ。

白光びゃっこう

宙韻ちゅういん縹渺ひょうびょう

 しきこえこえた。すると、強力きょうりょく引力いんりょくえた。ようやくかおをあげることができると、そこはやみくにではなく、快晴かいせい大海原おおうなばらうえ
『え?』
 夜玄やげんともどもおどろいた。そして、わたしたちはちゅういていた。それもつか落下らっかした。
『わあっ!』
 落下らっか最中さいちゅいなにたのか夜玄やげんはフフとわらい、こうった。
「このたたかい、きみたちのちだね」
「え?」
「じゃ、さよなら」
 そうって、夜玄やげんいた。
夜玄やげん……」
 瞬間しゅんかん夜玄やげん胴体どうたいほそたきちてきた。いや、故意こいはなたれたのだ。ほそくともそのちから強烈きょうれつらしく、夜玄やげんためすべもなくうみちた。
 わたしはというと、夜玄やげんとされるのと同時どうじに、なにかのうえった。しろいもこもこ、白雲丸しらくもまるか。
怪我けがはないか?」
 全然ぜんぜんちがう。べつくものようだ。
 そんなこと、いまはどうでもいい。
夜玄やげん!!!」
 わたしは、夜玄やげんちた地点ちてん目視もくしし、彩色さいしきつえち、くもからりた。

  気づけばわたしは、ふね寝床ねどこなかにいた。がってよこると、葉緒はおちゃん、埜良のらさん、歌龍かりゅうさんもちょうど目覚めざめたようだ。
 埜良のらさんと二人ふたりきりではなしたあのよるから現在げんざいいたるまでの記憶きおくはとんとえていた。けむりかれたような、すっきりしない感覚かんかくだ。
 ただ、ひとつ、おおきなものをうしなったような喪失感そうしつかんだけがのこっていた。


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