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異世界を彩る転生者 三話

三話:Abandoned people



ロープで縛られた人々を乗せた、荷車の馬車の後をついていくことにした。その途中にも、五人、家の外に放り出されて、ぐったりしている人を回収した。放り出されて、回収されていく人は、ご老人ばっかりでもなかった。現役で働いているような若い人や、小さい子どもだっていた。
 そうして、馬車は、壁の門の前に着いて、一旦停止した。しばらくして、門が開いた。再び馬車は動き出した。私も当然、それについていく。これで第二の壁を突破した。
 ランドリーさんが言っていた通り、都市を抜けると、自然豊かな田舎が現れた。壮大な小麦畑。その中にぽつんと、集落や風車があった。外国の農村地帯であった。日本人の私にとっては、珍しい風景だった。
 田園を超えて、石橋が掛かった川を超えて、山の峠を超えると、第三の壁に到達した。ミルザ様が与えてくれたことによって、走るスピードも、体力もだいぶ向上したように感じる。ただ、さすがにここまでくると、少々バテてきた。

第三の壁も突破し、ようやく国の外に出た。空はもう、真っ暗だ。馬車は国外を抜けてもまだまだ進み、森の中へと入っていった。当然、私も森の中へ入った。
 森の中でも、割と開けた場所に着いた。そこで馬車が停止すると、乗っていた四人、全員が降りて、荷台の人々を次々に下ろして、一つの塊にまとめた。
 私は木の陰に隠れて、じっと見ていた。
 そのうちの二人が、何やら液が入ったビンを取り出した。ブラシを液の中に突っ込み、液を一つに固めた人たちの周りを囲むように塗っていった。
 突然、風が吹くと、あの液らしき強烈な匂いが、私の鼻を刺した。
 肉をこんがりといぶしたような、香ばしい匂い。だが、強烈過ぎて、鼻が曲がりそうだ。
 私は恐ろしくなった。この人たちは、この後、どうなるの?
「ねぇ、ラン」
 頭の上で、ピンと立っていたモモちゃんが、ピリピリした面持ちで言った。
「ん? どうしたの……」
「来る! 木から離れて」
 言われた通り、すぐに木から離れて、人々の前に立った。背中の大筆を取り出して、構えた。
 森の四方、八方から、オオカミの群れが飛び出してきた。この匂いにつられたのか。このままでは、私やこの人たちが食われてしまう。緊張感が走った。
「 赤——火——」
 魔法を繰り出そうとしたとき、一瞬、目の前が真っ暗になった。

『お前は、無能だ』

ハッと目を覚ました。「お前は、無能だ」—— そう言われたことを、鮮明に思い出した。
 そうだ……私は無能なんだ。そうだ。そうだった。私が、このオオカミを仕留めようとしていた? 無理だよ。そんなの、無理! やられてしまう! 
 無理、無理、無理。
「ラン? ラン!」
 動かなきゃ、動かなきゃいけないのに。体中が強張って、動かない。
「……やらなきゃ……やらなきゃいけないのに」
「ラン、大丈夫!?」
「……体が……動かない」
 と、その時、目の前で対峙していたオオカミが、私目掛けて飛び込んできた。
「ラン、危ない!」
 代わりにモモちゃんが、オオカミに向かっていった。
 しかし、直前、凄まじい威圧が放たれた。それを肌でしっかり感じとった。オオカミも、モモちゃんも、思わず攻撃を止めた。オオカミの群れは、尻込んで、一斉に逃げていった。
 その反対方向から、誰か大勢が、来る予感がした。私も、モモちゃんも、木々の中に入って、木の陰に隠れた。
 そっと様子を伺うと、出てきたのは、リーゼントヘアの黒髪のヤンキーな男と白髪のエルフの美しき男。後ろに、屈強な筋肉マンたちをぞろぞろと引き連れてやってきた。
 この人たちは、何なんだ?
 リーゼントの男が、筋肉マンたちに指示を出し、街から運ばれてきた人々を軽々と担いで、踵を返して帰っていった。何をしてるんだ? ……誘拐? ここは助けるべき? しかし、こんな私が、あの屈強な男たちに敵うわけがない。
 私がくよくよと悩んでいるうちに、男たちは森の奥深くへと消え失せていった。
「ついてってみよ」
「うん」
 私たちは、男たちのあとを追いかけることにした。
 
 森の中を進んでいくと、やがて木々を抜けた。
 村があった。村というより、町だ。思った以上に発展していた。というか何よりも、点々と建っている家々は、日本の家であった。ここがあの男たちの暮らすところか。思ったよりも、派手な所でもないし、荒れてもいない。
「よし、潜入捜査といきますか。連れていかれた人たちの行方も気になるし」
「モモもいくよ!」
「わかった! えっと、透明にってできるかな」
 透明になれるような色……白とか? でも、白って、透明か? まぁ、とりあえずやってみるとするか。大筆を手に持つ。
「白 ——【クリア】」
 空に筆を動かした。
「あれ? ラン? いなくなっちゃった!」
「てことは、透明になれたってことだね」
 私は、モモちゃんを持ち上げた。
「わっ。モモ、ちゅうに浮いた!」
「私が持ち上げているんだよ」
 そう言っても、モモちゃんはバタバタと足を動かして、もがいていた。可愛い。
 すぐに下ろしてやった。
「モモも透明になる!」
「うん、いいよ。白 ——【クリア】」
「これで、モモも透明になれた?」
「たぶんね」
 おそらく、透明になった二人は、村の中へと潜入した。

入ってみると人も結構いて、活気があった。ヒューマンではない、異種族の者もちらほらいる。人型の豚……いや、猪の種族。青色の鱗の人型のトカゲの種族。緑色の肌の、とんがり耳で鼻の高い種族。いろいろいる。
「オークに、リザードマン、ゴブリンとか、いろんな種族がいるね」
「そうだね」
 ふと、空腹の腹を刺激する、美味しそうなご飯の匂いが漂ってきた。ただちに引き寄せられて、匂いのする方向へと向かった。
 そこは、木の枠組みと屋根のみの、広い食堂だ。あの連れさられた人々が、安らかな表情で、食事をとっていた。
 この町は、案外悪いところではないみたい。何よりも、腹が減った。盗み食いでもしてくるか。
 彼らが食べているのは、天ぷらか。白米に、お吸い物か?この世界に和食ってあるんだな。あぁ、美味しそう。食べたい。
 キッチンに行くと、ご飯も、天ぷらも、お吸い物も、まだ残っていた。キッチンの前に立っている、紫髪の男の子が、これを作ったのかな。バレないように……。
 ぐぅ〜。
 いままで堪えていた腹の音が、とうとう派手に轟いた。姿は透明でも、腹の音は響くんだな。
「ん? そこに誰かいるの?」
 ばっ! 気づかれてしまった……。それよりも、好青年な彼に、私の腹の音を聞かれてしまったのも、また恥ずい。
 これはやばい!(いろいろな面で……)
 私は、即座に撤退した。

町の外まで逃げて、森の木の陰に隠れた。そこで透明を解除した。
 あぁ……食べ損ねてしまった。めちゃくちゃいいタイミングで、まさかのアクシデント。
 あ、でも、ランドリーさんが作ってくれた、お弁当がある。ほんと彼女には、大助かりだ。
「モモちゃんも食べる? サンドイッチ。りんごも一応あるけど」
「両方とも食べる!」
「サンドイッチとか食べれるんだ」
「モモは、普通のうさぎじゃないからね。人間が食べるものでも、食べれるんだよ」
「え、そうだったの!? いままで、ずっとりんごばかり食べてたけど」
「モモ、りんご大好きなんだ!」
「……そういう問題?」
 まあいいや。モモちゃんにも、半分をわけて、私も半分をひとつかじった。
 うん、美味しい。ガッツリとした肉サンドだ。力がみなぎってくる感じがする。
「よかったら、これも食べな」
 私の座るすぐ側に置かれたのは、さっき食堂で見た天ぷら定食だ。食べ損ねてしまったやつ。持ってきたのは、キッチンの前に立っていた、紫髪の男の子だ。
「え、いいの?」
「うん、どうせ余ってたし」
 ふっと微笑んだ表情を見せた。この温かみのあるオーラが、私を奈落の底へと突き落とした。しかし、そこは地獄ではなく、ポカポカと心身が温まるような、暖房が効いた冬のお家の中だった。
 彼の雄大な優しさを、私は素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
 と、天ぷら定食をのせた四角いお盆を、自分の手元に引き寄せた。
「モモちゃんも食べる?」
「モモは、もういい。これ以上食べると太る」
「気にするんだな、そういうの」
「うさぎでも乙女だもの。乙女は、恋と体重に敏感なものよ」
 そういや、確かに恋に敏感だったな、モモちゃんは。

「ごちそうさま。美味しかったよ」
「おお、お粗末さま」
 あぁ、何という好青年だ。いい人過ぎて、胸を打たれてしまうほどだ。
「名前は何ていうの? 俺は、マム っていうんだけど」
花蘭香ファ・ランカ。ランて呼んでいいよ」
「おう。で、この後どうするの?」
「この後……」
「今晩は、ここで野宿でもする気?」
「あ……えっと」
 それはずっと悩んでいたことだ。私の魔法で何とかして、野宿をするか、町の誰かに頼んで、泊まらせてもらうか。
「……なんというか、まだ決めてなくて、迷ってるんです」
「じゃあ、俺の家に泊まっていく?」
「え? いいんですか?」
「いいよ。二人で住んでるんだけど、そこは問題ないし」
 お言葉に甘えて、泊まらせてもらうことにした。森の中で寝るのは、安全面が心配だったし。
「んじゃっ、ついてきて」
 
 マムくんの家は、白と黒のツートーンカラーで、オシャレな和の家だ。塀付き、庭付きで、町の中でも、相当豪華な家である。
 家の中は、土間があり、広く開放的な畳の部屋があった。
「わぁ、広い!」
「仕切りもなんもなくて、大胆な部屋だろ」
「たしかにそうですね。ここに二人で?」
「うん、一つ下のクレームと一緒に住んでる。でもクレームとは、昔っからの仲だし、ずっと同じ空間にいてもなんの苦にもならないから、仕切りのふすまは全部とっぱらった」
 ふたりは相当仲が良いんだな。ずっと同じ空間にいても、なんの苦にならない。そんな関係は憧れる。
「でも、ランちゃんが、もしあれだったら、部屋を区切ってもいいよ」
「そんな、私は、泊めてくださるだけで十分ですので、これ以上は何も求めませんよ!」
「気ぃ使う必要はないよ。少しでも苦を感じたら、いつでも言っていいから。じゃ、俺はそろそろ戻るね」
 マムくんは、家を出ていった。広い畳の部屋には、私とモモちゃんだけになった。
「うーん、何しよっか」
「絵でも描いていたら?」
「うん。よし、絵描こう」
 色の魔法で、自分専用のローテーブルと座椅子を用意して、そこで絵を描いた。

マムくんが帰ってきた。私はまだ、絵を描いていた。
「ただいま、ランちゃん」
「ちーす」
 マムくんと、それより一回り背の低く、髪の色もワントーン濃い紫の男の子。彼がクレームくんだろう。
「あ、えっと」
「ランちゃんでしょ? ムーちんから聞いてるよ」
「うん、ファ・ランカで、ラン」
「俺は、クレーム。ダストホークの水隊副隊長」
 ダストホーク? 水隊って?
「なあに? それ」
 私も疑問に思っていたことをモモちゃんが尋ねた。
「ダストホークは、ここの町のおおもとの組織で、ヒューマン大国からこぼれた人や、動物が人へと変化したビーストヒューマンからなってる。総大将のコタカさん、副大将のケンジャさんがいて、水・火・風・土・闇の五つの隊がある」
「……闇!?」
「それぞれの隊に隊長、副隊長がいて、共に所属している隊の属性なんだよな。ちなみに俺は、水隊の隊長な」
「うんそう、俺らは水隊のツートップで、二人とも水属性。他の隊もツートップ共に同じ属性なんだよな。でも、その下は、属性ガン無視でこっちから声をかけたり、向こうから願い出たりして数を増やしてる感じだな」
 ランドリーさんが言っていた、噂に聞く、ヒューマン大国以外の集落って、ここのことか。
 ドン! ドン!
 モモちゃんが、床を強く踏み鳴らした。
「どうしたのモモちゃん」
 見ると、モモちゃんの体は強張っている。怯えているのか?
「なんで。闇って、闇属性でしょ」
「うん、闇属性の闇隊」
 ドン!
「闇属性って、四つの属性のどれでもない属性だよね」
「そう、モモの聖属性は、母神ミルザ様直属の属性だけど、闇属性は、魔王ブルーザの直属の属性なの」
「へぇ、そんな属性あるんだな」
「両方とも、隠れながら活動しているから、分からないのが当然よ」
「じゃあ、いま知った俺らは、どうなんだ?」
「君たちはとくべつ。とまらせてもらっているし」
「ももちゃん、魔王の直属って、何かまずいことでもあるの?」
「闇属性のものは、魔王か悪魔によって、文字通りに操られるから。魔王も、悪魔も皆、人をいたぶって楽しむような奴らばかりだから、何か悪いことが起こるのは確実だよ」
 不吉だなぁ。敵側の者が味方側にいて、良からぬことを考えているというのは。
「闇隊の隊長は、ローカー。副隊長は、ジョーピエ。どっちも派手なピエロの格好をして、変な話し方をするんだよな」
「うん、コタカさんは、そういう変なの好きだから、歓迎しているけど。俺はちょっと怖ぇんだよ」
「闇属性はみんな変な奴だから、いちいち気にしてたら、きりないよ」
「……そうなんだ」
 悪の帝王的な感じの魔王ブルーザーと、おそらくその幹部的な存在の悪魔。極悪非道だという者たちが動かす、闇属性。その一員である、ダストホークの闇隊隊長と副隊長のローカーとジョーピエの二人。これらの動きには、注意しないといけない。
 この世界に転生してきたからには、私にとっても、無視できる存在ではないし。

マムくんとクレームくんには、大感謝だ。絵を描いたときに使った部屋で、布団を敷いて、就寝した。布団は、もちろん自分の魔法で出したものだ。その方が落ち着く。

『なんだテメーは、他所よそモンがズカズカと人の町に居座ってんじゃねーよ。出てけ』
『ほら、さっさと出ていけ。邪魔だ』
 ……ごめんなさい。
『はーあ。本当はめんどくせぇよ。邪魔虫の面倒を見なきゃいけないなんて」
『今すぐにでも、出てって欲しいよな』
 ……やっぱ、本当はそう思っているんだな。ごめんなさい。ごめんなさい。
『ねぇ、ラン。ランってつくづく無能だよね。ミルザ様は、どうして君を転生者に選んだのか、モモにはわかんないや』
 ……モモちゃん……そうだよね。私は……無能だ。無能だ。こっちの世界に転生したって、何も変わらなかった。私は、無能なままだ。だから、みんなに迷惑ばかりかける。申し訳ない。
 私は、ここから出ていった方が、いなくなったほうが、みんなの役に立てる。

ハッ。
 心が苦しい。私は、無能で、出来損ないで、みんなの迷惑になってばかりだ。私なんて、いない方がずっといい。
 早く、出ていかなきゃ……。出ていかなきゃ。
 私は起き上がると、すぐに家を出て、村の外へと急いだ。“私はここにいてはいけない”。そんな思いでいっぱいで、頭も心も、ずっと苦しい。苦しいまま、一心不乱に走り続けた。無能な私のせいで、みんなが不幸に陥らないためにも。




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