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【ゲイ小説】 恋


   一

 和歩かずほは、自分の胸の中に何が棲んでいるのだろう、と不思議に思った。
 胸がドクドクと脈打ち、どこか息苦しい。
 彼は、これが恋だと、すでに知っていた。
 恋をするのは、もう九回目なのだ。

 和歩は、陽一の無骨な顔を脳裏に描く。
 二人とも同性愛者なのが、救いだ。
 和歩は、異性愛の男性に恋をして、苦しんだ経験がある。
 今回は、あのときほど、苦しまずに済む。
 それだけでも、ありがたかった。

 和歩は、陽一よういちとメールをする。
 次の日曜日に会うことが決まった。

   二

 日曜日は、晴天だった。
 陽一は、暑い中、和歩の一人暮らしの部屋まで来てくれた。
 和歩は、それだけでも感謝の想いが沸き上がるのを感じた。

 蝉の声がひっきりなしに聞こえる。
 部屋の中は、冷房が効いている。
 和歩は、冷たい麦茶を陽一に出しながら、胸に鋭い痛みを感じていた。

「話って、何?」
 一通り雑談した後で、陽一が言う。
 和歩は、急に口を閉じた。
 しばらくして、陽一は問う。
「言いにくい話なのか?」

「陽一が好きなんだ」
 和歩は、ようやく言葉にする。
「付き合って」

「どうしようかな……」
 陽一の瞳の色は、急に黒々と深い海のようになった。 

「やっぱり、和歩とは付き合えない」
 陽一は、無表情で言った。
「これからも、友達でいよう」

「わかった。そうしよう」
 和歩は、取り乱しそうな自分を必死で抑える。

「僕は、陽一がずっと好きだった」
 和歩がその言葉を絞り出すと、陽一は和歩に近づき、背中をやさしく撫でた。
 その優しい感触に、涙が出そうだったが、和歩は泣かなかった。

   三

 三年の月日が流れた。
 和歩の心の中からは、ようやく陽一の姿が消えていた。

 三年ぶりに、和歩は、陽一に電話をかけた。
 最近観た映画の話、最近行ったレストランの話、行きたい観光地の話。
 話は、次々と移り変わっていく。

 和歩は、陽一の穏やかな声を聞きながら、胸が締めつけられるのを感じた。
 心の中に、陽一の存在が復活したのだ。

「和歩なら、これから楽しい恋愛ができるよ」
 陽一は、ふと言った。 
 和歩の頬を涙が伝う。
 和歩は、適当に言い訳をして、電話を切った。

 どれほど陽一が好きだったか、何度でも思い知らされてきた。
 それでも、まだ足りないと言わんばかりに、好きという感情が心の中でざわめく。

 和歩は、一人の部屋で泣きつづけた。
 涙が出なくなったあと、ふと気づく。
 心がすっきりと軽くなったのだ。

 窓の外は、蝉しぐれが響いている。
 和歩は、また夏が来た、と思った。

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