見出し画像

役病2 パンデミックの背景

 2000年以降、SARS、MERS、エボラ出血熱、鳥インフルエンザ ( H5N1 H7N9 )と動物由来のウィルスのヒトへの感染症が立て続けに発生しています。

 そして、今回のウィルスもまたSARS、MERSと同様に、コロナウィルスが動物を経由して特殊な変異を遂げたものです。

 SARSは2002年11月から2003年7月にかけて、5大陸33か国・地域で8439人が感染し、812人が死亡しています。MERSは2012年9月から、中東地域に居住または渡航歴がある人を中心に27か国で2494人が感染し、858人が死亡しています。MERSは今なお中東で散発しており、終息していません。しかし中東以外で感染は終息しています。

 SARSはタヌキまたはジャコウネコからヒトに感染し、MERSはヒトコブラクダからヒトに感染しました。そして今回のウィルスも含めて、3種のコロナウィルスの変異体の元々の自然宿主はコウモリと考えられています。今世紀に入って約10年ごとに、立て続けにコロナウィルスの変異体の攻撃を受けていることから、10年というのはコロナウィルスが強毒化してヒトに感染するのに要する時間なのかもしれません。

 さて、世界のどこか、限られた地域で、限られた動物に寄生して大人しく種を保存しているウィルスは無数に存在していることでしょう。

 ウィルスは単独で生きていくことは出来ず、他の動物に寄生しなければなりません。寄生している主人を殺してしまうと自分も生きていけないので、持続感染、潜伏感染と呼ばれる共存状態にあります。こうした場合、ウィルスの増殖力と生体の免疫機能による抑止力が拮抗してウィルスが一定量に保たれ、共存関係が成り立っています。

 しかし、ウィルスが新たな宿主に感染すると、一方的にウィルスの増殖力が勝ってしまい、恐ろしいウィルス病が発生してしまいます。

 ヒトに感染する可能性があるウィルスは最大60万種に上り、その多くが野生動物を宿主としています。病原体が本来の宿主から別の生物種にジャンプするように感染することをスピルオーバー spillover(流出、異種間伝播)といいます。元々動物が持っていた病原体がスピルオーバーし、何らかのきっかけでヒトに感染するようになった動物由来感染症zoonosisは、WHOが把握しているだけでも200種を超え、新たに発生する感染症の約70%がこれら動物由来感染症です。

 動物由来感染症が増えている原因は、以下に述べるように、

①森林破壊

②野生動物の捕獲

③ヒト・家畜の著しい増加

④気候変動       

の4つです。

① 森林破壊

 ロンドン大学とオックスフォード大学の研究グループは熱帯雨林破壊や農地開発といったヒトによる土地の改変と動物由来感染症の相関を調査したところ、手つかずの自然が残る地域に比べて、自然が破壊されて農地や都市に転用された地域では、病原体の宿主となり得る動物種が増えるだけでなく、ヒトに感染する病原体の宿主となる動物個体数は最大2.5倍近く、特にネズミなどの齧歯類やコウモリ、スズメなどの小型の鳥類で個体数の増加が目立っていたようです(Nature 2020.8)。

 これは、ヒトの手が加わって破壊が進んだ生態系では大型の捕食動物などがいなくなって生態系が単純化し、寿命が短く、多くの子どもを産む齧歯類や、行動範囲が広く、環境変化に適応しやすい小型の動物が増えるためだと考えられています。数が増えて生息密度が高まると宿主動物の中で、病原体に感染している動物の比率が高まり、ここに多くのヒトが入り込めば、病原体がヒトに感染する能力を獲得する可能性も高まります。

 米スタンフォード大学の研究グループがアマゾンの795の居住区について、2003年から2015年までの間、森林破壊の程度とマラリア患者の発生数を詳細に比較したところ、森林破壊が10%増えると、マラリアの患者は3.3%増えていたようです。
 
 動物由来感染症に罹る確率が高い所は、自然が豊かな所ではなく、ヒトによって自然が破壊され、ヒトのために改変された所です。

② 野生動物の捕獲

 2016年の米カリフォルニア大学サンタバーバラ校などの研究グループの調査によると、アフリカ、東南アジア、南米の熱帯雨林地帯を中心に300種を超える哺乳類が狩猟による乱獲で絶滅の危機に追い込まれており、大部分が食料目当ての捕獲だったそうです。エイズHIVやエボラウィルス感染症は森の中で霊長類を捕獲して食べていたブッシュミートハンターが最初に患者になったと考えられているように、野生動物への接触機会を増やしてしまうとスピルオーバーも起きやすくなります。

 食用だけでなく、愛玩用、医学研究用としても野生動物は捕獲され、熱帯から世界各地へと輸出されています。フィリピンに生息するカニクイザルは医学研究用として重宝され、全世界に輸出されていますが、レストンエボラウィルスに感染していることがあるようです。幸い、レストンエボラウィルスは今のところ、ヒトに感染しても症状が出ないようですが、危ない橋を渡っているのではないでしょうか。

③ ヒト・家畜の著しい増加

 第二次世界大戦以降、人口爆発といわれるほどに人口が増えましたが、それだけでなく、発展途上国を含めて牛肉などへの需要が高まり、世界中で飼育される家畜の数は、人口増加を上回る勢いで増えています。世界の食肉消費量は増加が続いており、牛の飼育頭数は15億頭近く、過去50年ほどの間に約3倍以上になっています。これが森林破壊の最も大きな原因となるとともに、野生動物とヒト・家畜の接触の機会を増やし、動物由来感染症のリスクを拡大させています。ヒトだけでなく、家畜への感染被害も増大しており、畜産業者が家畜を全頭処分するケースが増えています。

 2018年6月、イスラエルなどの研究者は、地球上の哺乳類のバイオマス(生物量)の60%は家畜が占めるとの試算を弾き出しました。36%のヒトがこれに次ぎ、野生哺乳類のバイオマスはわずか4%にしかすぎないようです。家畜の惑星といってもいいでしょう。限られた種の哺乳類がこれほどまでに数を増やしたことは地球の歴史上、恐らく初めてのことです。

 地球生態系において、ウィルスや寄生虫は、抵抗力や適応力のない個体に感染し、殺すことで生物種の個体数を調節する役割を果たしていると考えられています。これほどまでに数が増えてしまうと、ヒトや家畜は寄生者にとって格好の餌場となり、感染症を爆発させてしまいます。

 1999年、マレーシアのニパ村で流行し、脳炎などで100人以上の死者を出したニパウィルスは自然宿主のオオコウモリから、養豚場のブタに感染、ブタの体内で変異、増幅されてヒトに感染するようになったと考えられています。ニパウィルスの大流行はその後、起こっていませんが、他にも鳥インフルエンザや日本脳炎など、肉食の拡大と関連する動物由来感染症は少なくありません。

④ 気候変動

 気候変動に関する政府間パネルによると、産業革命以来、地球の平均気温は1.2℃上昇し、ヒトが温暖化を引き起こしていることは疑う余地がないとしています。そして、気温の上昇や降雨のパターンの変化が、感染症を媒介する生物の分布域を変えることで、温暖化の進行が感染症の拡大につながると懸念されています。  

 ヒトにとっての地球上で最も危険な生物は、体重数ミリグラムの小さな昆虫「蚊」です。蚊はヒトにとって時には命にかかわるさまざまな感染症を媒介しています。ハマダラカは発展途上国を中心に年間40万人以上の命を奪うマラリアを媒介しています。それだけでなく、蚊が媒介する感染症は他にも日本脳炎、西ナイル熱など多く、合計で年間83万人が命を落としているようです。そして、このような熱帯感染症を媒介する蚊の生息域は、地球温暖化によって拡大しています。

 2020年1月、米ジョージタウン大学などの研究グループは、今後の温暖化の進行によって、3870種の哺乳類の分布がどう変化し、ヒトの生息域とどのように重なるかなど、コンピューターで分析したところ、温暖化が進むと、標高の高い地域や高緯度地域に多くの哺乳類の分布が広がり、接触の機会が増えて、ウィルスがヒトを含めた他の動物種に感染する可能性が大幅に増えるとの結果が出たようです。

 そして、新たな動物由来感染症の原因となりやすいのは、ネズミなどの齧歯類、コウモリ、ヒトを捕食することがある大型哺乳類でしたが、中でも移動能力が高いコウモリのリスクが大きいことが分かりました。ウィルス感染の可能性が高まるのは、アフリカ東部、インド、中国東部、フィリピンなどの人口が多いところで、これらの地域で監視態勢を強化したほうがいいと警告しています。

 ただ、気温が一方的に上昇し続けるかというと、そんなこともないのではないでしょうか。

 地球が誕生した頃は表面の温度が1000℃以上あったそうですが、ゆっくりと冷えて、その後、暖かくなったり冷えたりを繰り返してきました。そして過去40万年の間は10万年周期で、寒い氷期の間に約1万年の暖かい間氷期がやってきました。現在の間氷期は、約1.5万~1万年前に始まったので、もうそろそろ終わってもよさそうなのですが、地球温暖化によって氷期に入るのが遅れているという見解もあれば、それがなくても、あと1.5万年ほど間氷期は続くという見解もあります。1.5万年以内に氷期はやってくるでしょうが、それは数年後かもしれません。

 考えてみれば分かることですが、ヒトよりも天体物理学的な要因の方が、気候変動に与えるインパクトは遥かに大きくて、赤道付近と極地では、太陽からの距離は、ほんの少ししか違わないのに劇的な気温差が生れています。地球の公転軌道がほんの少しだけ太陽から遠くなれば、太陽の放射熱量がほんの少しだけ弱まれば、あるいは、地球の内部マグマの熱量がほんの少しだけ弱まれば、地球は簡単に寒冷化してしまいます。

 つまり、動物由来感染症が頻発する原因は、第二次世界大戦後の急激な人口爆発に伴って、食料その他の資源を求めて森林開発が急速に進み、本来接触するはずのなかった野生動物とヒト・家畜の接触機会が増えたことに由ります。森林開発というのは主に農場開拓です。これに加えて、気候変動によって野生動物が本来の生息域から離れて人間の生活圏に侵入してくるようになったことも大きいようです。

 したがって理論的に考えると、地球人口が減少に転じて新たな森林開発が止み、開拓地が元の森林に戻り、野生動物の生息圏とヒトの生活圏の間に再びバッファー・ゾーン (緩衝地帯) が形成され、さらに、気候変動をもたらしている要因が解消され、再び両者が接点を持たないようになるまで、動物由来のウィルスはヒトの生活圏に侵入してきます。

 具体的には人口減少と、出来るだけ地球環境に配慮した、資源の低消費・高循環社会を実現する必要があります。

 中国が三十年以上、一人っ子政策をとってくれていたのは、誠にありがたいことだったので感謝しなければなりません。また先進国だけでなく、東欧諸国や東南アジアの国々でも自然と出生数が2.1を下回って、不可逆な人口減少の過程に入っているのは、人類のあるべき姿としては好ましいと言えるでしょう。

 2050年から2100年の間に地球人口は減少に転じて二度と増えることはないと予測されていますが、今回のウィルスと今後の状況を考えると、2040年くらいに前倒しになるかもしれません。しかし、人類が遭遇したことのない未知の病原体が出現し始めるのが1970年頃からで、1975年の地球人口が40憶だったことから、この辺りに超えてはならない一線があるのではないでしょうか。

 また、一度ヒトの生活圏に侵入したエボラや鳥インフルエンザのようなウィルスは、ウィルス自体が弱毒化するか、人類が制圧するまで、人類は付き合わなくてはなりません。今回のウィルスが治まれば、それで終わりではなく、まだまだウィルス禍は続いていくことになるでしょう。今回のウィルスとの闘いはまだまだ序の口で、これからも永く続くであろう動物由来感染症との闘いの幕開けでしかありません。

 資源の低消費・高循環というと、モノの廃棄を出来るだけ少なくして、長く大切に使うということですが、古いモノをどんどん捨てて、新しいモノにどんどん買い替え、そして生産と消費を拡大させていく、消費は美徳という資本主義の価値観には抵触してしまいます。

 ヒトの欲望の赴くままに生産するのではなく、真に必要なものだけが生産されることになっていくのでしょう。あらゆる生産財・サービスは果たして本当に必要かどうか吟味すべき時期に来ているのではないでしょうか。余計なものを生産して、人類社会において経済合理性が成り立っても、地球環境には大きな負荷をかけて、最終的には人類自らを痛めつけてしまうことになります。

 例えば、花火大会、祭りといったようなイベントは大量の資源を必要としますが、それに見合うだけのものがあるでしょうか。

 また、牛肉を1kg生産するのには穀物を10㎏必要とするので、牛肉の生産を止めると耕作面積を著しく削減することが出来ます。そして、牛のゲップ、屁、糞には大量の温室効果ガスが含まれているので、やはり牛肉の生産を止めるとそれらを削減することが出来ます。牛肉の生産は地球環境に大きな負荷をかけるので、これからは植物から作られた人工ミートに取って代わられることになるといわれています。牛だけでなく大型の生物の飼育は大量の資源を必要とするので、人類はいずれ放棄することになるのではないでしょうか。

 人口減少と低消費・高循環が進めば、それだけ森林開発が止み、ウィルスによって殺されるヒトの数がそれだけ減ることになります。

 以上がパンデミックの主たる原因ですが、加えて、このウィルスの感染拡大は、人類の愚かさによっても後押しされています。しばらくの間、大人しくしていればいいものを、それが出来ないようです。欧州近辺ではエジプトの規制が緩く、北米ではメキシコの規制が緩いので、ロックダウンから解放されるために旅行する人が後を絶たないようです。

 大元の原因の森林開発に遡って考えてみても、人類の自業自得といえるのですが、しかし国によって考え方が異なり、犠牲者が多い国ほど、そのように考えていないのは、何を意味しているのでしょうか。

 ヒトは変化を嫌うようで、変化を嫌う人ほど今回のウィルスの存在自体を認めたくないからか、このウィルスは大したことがない、そして、もっと過激になると、そもそも存在せず捏造されたものだと主張するようです。戦争や選挙の場合は、一定数の人間をコントロールすることによって情報をコントロール出来ますが、今回のウィルス禍は関係者が膨大な数に上るため、大局的に情報をコントロールすることは不可能です。

 飲食やホテルをチェーン展開して成功を収めた経営者の方々は人並み優れた知性に恵まれていると思うのですが、自分にとって都合の悪い事実は認めようとはしないようで、つくづくヒトというのは業の深い存在だと思います。

 真綿で首を絞めつけられるように、ゆるく事態が進行しているので、事の重大さになかなか気づけないのでしょう。今回のウィルスは、2019年の年末にその存在が公になってから3か月後の2020年3月には五大陸を覆い尽くしてしまいました。またたく間に広がったわけです。気付いた時には遅い、という表現がぴったりで、その本性について気付くのは手遅れになってからのような気がします。

 ヒトは全知全能ではないので、もっと謙虚であるべきではないでしょうか。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?