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禁煙しようかなという話。

 新宿のバーで朝まで飲んだ帰り、見事に電車を乗り過ごし、終点の高尾駅まで着いてしまう。慌てて東京行きの電車に乗り換え、目的の駅に向かう。ここで寝てしまったら、また終点まで乗り過ごしてしまう気がして、私は重い瞼を必死に開け外の景色を眺めていた。厚い雲に覆われた空は薄暗く、ドアの付近に座っていた私は隙間からくる風に凍えていた。目の前に座っているサラリーマンは項垂れていて、もしかしたらこの人も朝まで飲んだ帰りなのかもしれないな、と勝手に人の生活のことを想像してしまう。他人の外見や雰囲気、読んでいる本や持っているモノを見て、その人のことを想像するのが好きだ。

 そうこうしてるうちに、目的の駅に着く。駅のホームに降りると、あまりの寒さに身体の芯から震えるのがわかった。ホームの外を見てみると雨が降っていて、バーで置き傘を貰ってきて良かったなと思った。そこから電車を乗り換え、最寄りの駅へ向かう。朝8時半。乗り換えの駅のホームには学生服や、スーツを着た人たちで溢れかえっていた。携帯の充電が二桁を切り、音楽を聴くことを諦めた私の耳には、周りの人の話し声が聞こえる。学校の課題のこと、仕事の話、営業先にかけているであろう電話。私は急に自分だけがだらしない生活をしている感覚がした。今から仕事に出かける人たちの中に、朝まで飲んで電車を乗り過ごし、覇気のない顔で電車を待つ自分に謎の罪悪感を抱え、思わず下を向いてしまった。

 半分魂が抜けたような顔で電車に揺られながら、最寄駅に着く。そういえばSuicaの残高が足りなかったな。と気づき、駅の窓口で足りない分の精算をしてもらう。ふと後ろを見ると、3人ほど並んでいて、早くしろと言わんばかりの顔に、私は慌ててお金を払い、その場から立ち去る。

 改札を抜ると外は雨が止んでいた。しかし寒さは変わらず、私はコートを深々と着込み、駅を出た。あまりの寒さに私は近くのコンビニに駆け寄る。温かい缶コーヒーと煙草を買った。その時にはもう眠気は覚め、ただただ身体に疲労感が残っているだけだった。コンビニを出て駅の喫煙所に向かう。室内ではなく、仕切りと植え込みに囲まれた喫煙所には誰もおらず、缶コーヒーで暖をとりながら煙草に火をつけた。煙草を口に運ぶ手は震え、口から出る息は煙と同じくらい白かった。駅の向こう側の山に霧がかかっていた。その風景に向かって深々と吸った煙を吐き出す。まるで自分が吐いた煙が、山を覆う霧に見えて神秘的だな、なんてなんの捻りもない事を考えた。短くなった煙草を、灰皿に押し付けて捨たとき、禁煙しようかなと思ったけれど、「無理だな」と諦めて、マスクを付け直して喫煙所を後にした。

 

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