【SF長編小説】ユニオノヴァ戦記 I ー はじまりの事件 ① ー
NOVEL DAYSでも同じものを連載しています。
はじまり
衛星要塞都市ユニオノヴァを構成する五つの衛星間を繋ぐ中継ステーション、エルダの第一プラットフォームに騎士候補生のヴィクトル・シャンドランは立っていた。
プラットフォーム内は先ほどまでの喧騒が収まり、あたりには異様な静寂が訪れていた。ヴィクトルの周辺の床には、人工人体ネウロノイドとアンドロイドの残骸が無惨な姿で百体以上転がっていた。
ヴィクトルは停泊している地上行きの車両運搬用宇宙船アリアに向き直ると静かに歩き始めた。
「ヴィクトル・シャンドラン!!戻れ!」
第三騎士候補生隊教官ギルバは宙港警備隊の装甲車両内に臨時に設置された司令室からモニターに映るヴィクトルに向かって激昂のあまり震える大声で指示を出した。
「アカデミア騎士団が到着まで待機だ!これは教官命令だ!!」
しかし、その声がまるで聞こえてないかのように反応がなく、歩みを止めることすらしないヴィクトルの姿を見てギルバは悔しさで唇を噛んだ。これ以上学生に犠牲者を出したくない。加勢する選択肢があればそうしたい。しかし、ギルバは自身の限界を知っていた。この状況では加勢することはかえってヴィクトルの負担になるだろう。焦る気持ちと不安が募り、呼吸が荒くなっていった。ギルバは彼の横に立っている人工人体、ネウロノイドのシルヴィオを睨みつけた。
「お前のオーナーをなんとかしろ!」
シルヴィオは静かな笑みを目元に浮かべてギルバに視線を向けた。
「ご存知かと思いますが、今の主人には、こちらの言うことなんて聞こえませんよ。」
「だが、何とかできんのか!あいつを見殺しにする気か!それに、ここは第一ターミナルに接している面積が広い、こんなところでプラットフォームごと大爆発が起こったらどうなるかわかっているだろう?市民も巻き込まれ、減圧でみんな死ぬぞ!」
シルヴィオに怒鳴ったところで無意味だろう。そんなことはわかっていても、怒鳴らずにはいられないほど、ギルバにできることはもう何も残されていなかった。
「だいたい、お前はヴィクトルのネウロノイドだろう!なぜ連れ戻さない!?なぜ共に戦わないんだ!?」
戦って欲しいのか、アカデミア騎士団が到着するまで待たせたいのか、もはや言っていることが混乱しかけている。教官として指示を出せる状態ではなさそうだ。それだけ焦燥感が強いと言うことだろう。
シルヴィオはモニターに映し出されているヴィクトルの背中に視線を向け、優しく目尻を下げた。『大丈夫、我が主人は秀逸だ』
短時間ではあるが、ヴィクトルはここに至るまでの間に状況分析を完了した上で、戦闘という選択肢を選んでいる。この教官は犠牲者が出ると騒いでいるが、一つ確実に言えるのは、ヴィクトルの中に、“民間の犠牲者は出ない“ もしくは “出させない“ 、いずれかの自信があるということだ。
しかも、すぐにオーバートランス状態に突入している。オーバートランスは特殊な戦闘体制で、彼にしか起きない原因不明の現象だ。しかし、不可解な現象とはいえ、最近は意識的にオーバートランスに入れるようになっているようで、今回も自ら進んでこの状態を誘発したように見えた。
オーバートランスに入ると、一切の外的刺激が遮断され、戦闘に集中する状態となる。目の前の敵を殲滅するまで、この戦闘モードが解除されることはない。意識的にオーバートランス状態に入ったとなると、敵を一掃するまで止まるつもりはないという意思表示でもあるだろう。
ヴィクトルの判断はこの状況において最良であるとシルヴィオは認識していた。しかし一方で、ギルバに向けている言動とは裏腹に、シルヴィオは焦燥感に駆られていた。おそらく、ギルバ以上のはずだ。
ヴィクトルのユニヴェルスーツからは毎分、バイタルデータ送られてくる。その内容は1分ごとに悪化していた。特に、普段よりも心拍数の上昇が早くなっていた。昨日エクストラアップデートを受けたばかりのため、体にかかる負担が大きいのかも知れない。
『早く加勢したい。』焦る気持ちと、彼の命に危険が迫っている不安で、シルヴィオの胸中は、収拾がつかなくなるほどの限界を感じていた。しかし、この場の空気を悲観的なものにするわけにはいかない。表情には出せない。彼は、アカデミア騎士団が到着するまでの辛抱だと自分に言い聞かせた。
アカデミア騎士団が到着するまではシルヴィオが装甲車両から出るわけにはいかなかった。極秘任務として騎士団の緊急派遣要請をしたため、エルバのセキュリティー本部はこの事態を知らない。騎士団が到着した後、シルヴィオが彼らを誘導し状況を説明するようヴィクトルから指示されていた。
『お前が表情を獲得し始めているのは俺としては好ましいけど…任務時に焦燥感や不安がお前の中に出てきたら、口角を上げて目尻を下げる。いいな。』
過去のオーナーの言葉が頭に蘇る。みんなが不安な時にシルヴィオまで不安な表情をしたら負の感情が二倍になるが、口角を上げて余裕の表情で話すことで、多少なりとも負の空気は緩和されるはずという教えだった。そしてそれは、多少なりともシルヴィオ自身の心も落ち着かせるだろう、と。
シルヴィオは口角を上げて、ギルバに顔を向け、彼だけではなく、自分自身も安心させるように頷いてみせた。
「ご心配なく。彼の判断は賢明です。」
「なんだと?!」
「私は主人を信じてますので。」
今のヴィクトルには、周りの音が一切聞こえない。パートナーであるシルヴィオの声すら届かない。彼を止めることは誰にもできない。唯一できることがあるとすれば、一早く加勢して、この場を収めることだ。ヴィクトルが消耗し切って倒れ込んでしまう前に。
一刻も早くアカデミア騎士団が到着することを願いながら、シルヴィオはモニターに映るヴィクトルを見つめた。
第一プラットフォームで事件が発生したのは、アカデミアから騎士候補生10名が中継ステーションエルダへ見学に訪れていたまさにその時だった。
本来の目的は、来月から始まる実習に先立ち、実習先を決めるための現地視察だった。候補生たちは実際に業務に携わっているネウロノイドからセキュリティ体制の説明を受けたり、セキュリティー本部や人工人体の制御室の見学、実際の活動を視察するなどしていた。
ターミナルのセキュリティー業務を一通り見学したのち、彼らは第一プラットフォームに向かった。プラットフォームの管理・監視体制の説明を受けるためだった。
第一プラットフォームは大型の輸送機体専用で、この日は地上で騎士団が使用する車両を運搬するために、積み込みを終えた車両運搬用宇宙船アリアが、出航直前の最終チェックを行っている最中だということだった。
ちょうどいいからと、最終チェック作業を体験学習することになり、5つのチームに分かれて、各チェック業務を体験してみることがその場で決まった。そして、なんの前触れもなくごく自然な流れの中でそれは起きた。
なんとなくグループごとにまとまって、アリアに向かって列になって歩いていて、あと10メートルほどで出入り口というところまで来ていた。
先頭を歩く説明担当のネウロノイドが、彼のすぐ後ろについて、並んで歩いていた候補生二人に「あそこのハッチが見えますか?」と、真横の少し先にあるシェルター用ハッチを指差した。
二人がそちらの方向を見た途端、後ろから歩いてきたアンドロイドが二人のすぐそばを横切り、同時に何かがキラリと二人の首ものとで光ったようにヴィクトルには見えた。
次の瞬間、何か真っ赤なもの吹き出し、二人は静かに跪いたかと思うと、“ドサッ、ドサッ“っとうつ伏せに倒れ込んだ。候補生は急所を切られていた。
それがこの騒動の始まりだった。
違和感
事件発生よりも少し前、見学のため、候補生一行は第一プラットフォームに向かって、第一ターミナルを横切って歩いていた。
このターミナルは第一、第二プラットフォームに繋がっている。第二プラットフォームからは大型の旅客用宇宙船が地上に向けて出航を間近に控えていた。
【お客様にご案内いたします。第三復興拠点ダガート行きリゲラの搭乗を開始いたします。搭乗ゲート二番に…】
というアナウンスが開始されると、抱き合って再会を約束するもの、団体でゲートに向かって歩き出すもの、遠くの仲間に搭乗開始を知らせるものなど、ターミナル内は移動を開始する人々で一際賑わいを見せた。
周囲に足音やカートを引く音が響き渡り、アナウンスに応じて動き出す人々の流れに注意を払い、ヴィクトルたち候補生は慎重に人波を避けながら、反対側にある第一プラットフォームに続くコンコースを目指した。ヴィクトルは、同期との関わり方がわからず、一番後ろをシルヴィオと並んで歩いていた。人見知りで、口下手なため、彼らとの会話を避けたかった。
しばらく後ろを歩いていたが、ふとヴィクトルは同行しているネウロノイドの数が少ないことに気がついた。
「そういえば、同行しているネウロノイド少ないな。」
「私たちみたいに、平時に戦闘型ネウロノイドとオーナーが一緒にいる方が珍しいんです。」
この日同行しているネウロノイドはシルヴィオの他に候補生が連れてきたネウロノイド一体、第三騎士候補生隊担当のネウロノイド三体だけだった。
「特にプライベートでも一緒に行動している場合は、さらに深く特別な関係だと周りに見られています。」
「ああ、ヴィラとジェイみたいな?」
そう言って、ヴィクトルは前の方を並んで仲良く歩いているヴィラと彼女の戦闘型ネウロノイドのジェイの方を見た。
「自分のことを棚に上げているようですが、あなたと私もですよ。」
「僕たち?」
ヴィクトルは驚いたようにシルヴィオを見た。そしてすぐ何を言っているのか気づき、口を手で押さえてシルヴィオから目を逸らした。
「いや、でも、それはないだろ…」
「私にはわかっていますよ。でも、詳細を知らない世間の目なんてそんなものです。」
任務時のヴィクトルは、シルヴィオが驚くほどの聡明さを見せつけてくるが、私生活では驚くほど不器用で鈍感だ。しかし、最近のシルヴィオは彼のその完璧ではないところから目が離せなくなっていた。
「そういえば、先週末のリューン祭で、マヤには例のものを渡したんですか?」
「…いや、まだ…」
「ええ?じゃあ、あんなに騒いで私に取りに行かせたのはなんだったんです?」
同居人のマヤへ贈るプレゼントが出来上がっているはずだからと、リューン祭の前日にシルヴィオは店まで引き取りに行かされたのだ。最初は「戦闘型ネウロノイドがこんなことをするのはおかしい」と断ろうとした。しかし、「照れ臭い」だの、「店主に色々聞かれたくない」だとの言って、食い下がってくるので、仕方なく引き受けたのだ。それなのに渡さなかったとは。
「大切な人にプレゼント一つ渡すことができないなんて理解不能です。」
「あんまり大きい声で言わないでよ。周りに聞こえるだろ…。」
「人間関係ってそんなに難しいですか?」
「難しいんだよ…」
「…」
不可解だ。シルヴィオは顎に手を当てて俯いた。その様子をヴィクトルは横目で見て、人らしい表情をするようになったものだと感心して目を細めた。
彼の感情面の成長とも言える変化は見ていて飽きない。特にこの一年ほどの進歩具合には目を見張るものがあった。ヴィクトルの心情とリンクしている様子が以前からあったことを考えると、自分とマヤとの関係が彼の変化に大きく影響しているのかもしれなかった。
「ヴィクトル、私の質問、聞いていますか?」
「あ、ごめん、何?」
シルヴィオの成長に思いを巡らせていて、うっかり彼の質問を聞き逃してしまっていた。シルヴィオは腕組みをして、少し不満げに小さなため息をついてみせた。
「マヤと何かあったのですか?」
「…まあ、ちょっと、気まずい感じになっちゃって…」
「気まずい?なぜ?」
「内緒…」
「そうですか、いいでしょう。でも、普通、気まずいというだけで、あんな大事な物を渡せなくなりますか?」
「…“気まずいだけ“って…」
人の感情を理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ。この件について一つ一つ確認されて答えていくのは、自分の至らなさを再確認させられるようで、まるで傷口を開いて塩を塗り込まれているようだ。ヴィクトルは自嘲した。
「彼女を大切に思う気持ちと“気まずい“は別問題ではないですか?」
「まぁ、そう言われるとそうなんだけど…」
正論を言われているような気がして、ヴィクトルは少し言葉を濁して苦笑いした。直接投げかけられる素直な言葉が妙に心に刺さる。
シルヴィオの容姿は、少し細身の高身長だが、しっかりとした体格で、知性を感じさせる整った目鼻立ちの好青年といったところだ。しかし、人の感情面について語る時はまるで純粋な子供と話しているようだった。
「もしかして、もう渡すつもりがなくなったということですか?」
「そんなことない…明日マヤの誕生日だから、明日渡すつもり。」
シルヴィオは急に明るく期待するような表情をヴィクトルに向けた。
「ああ、それは逆に良かったかもしれませんね!」
シルヴィオの言動に、ヴィクトルは片手で両目を隠して項垂れ、恥ずかしそうな笑みを口元に浮かべた。
シルヴィオはネウロノイドの中でもアンティークと呼ばれる三百年ほど前に作出された特殊な個体で、今の技術ではコアプログラムを書き換えることができない。
コアプログラムが書き換えられないというのは、人で言う『価値観』を持っているのと近い状態なのではないかとシニアエンジニアのナルガは言っていた。人と一緒に生活をして、人の感情に触れながら、色々な刺激を受けることで、より人に近づくかもしれないと、ヴィクトルがシルヴィオのオーナーになった時、彼女は予想していた。どうやらナルガの見立ては、間違っていなかったようだ。
「それにしても、あなたって人は…任務時と私生活でまるで別人で、私の中でエラーが起きそうです。」
シルヴィオの言葉にヴィクトルはやるせない笑みを浮かべた。そんな他愛もない会話をしながらの移動だった。
しかし、第一ターミナルから第一プラットフォームに続くコンコースに差し掛かった途端、ヴィクトルは何かが背中を駆け抜けていくように違和感を覚えた。
明らかに今までと違う周囲の雰囲気を肌で感じたのだった。『警備体制が変わった…』漠然と頭に浮かんだ。周りを何気なく見渡して同級生たちの様子を見てみたが、彼らは先ほどと何も変わらない様子で、誰も異変に気づいていないようだった。
まだ、何か起きると言う確信を持つほどの違和感ではなかった。しかし、教官のギルバも異変に気付いた様子がなかったので、彼にだけは伝えておいた方が良いかもしれないと思い、ヴィクトルは手を挙げた。
しかし、普段から核心をついた質問をしたり、ギルバの説明で足りないところを補足してくるヴィクトルの扱いに手を焼いていた彼は「後にしてくれ」と言って取り合わなかった。
不満というよりは、不安そうな表情になったヴィクトルに気付いたシルヴィオは、話しやすいように彼に肩を寄せて並んで歩き始めた。シルヴィオの気遣いにすぐに気づき、ヴィクトルは話し始めた。
「…違和感だ。」
シルヴィオは辺りを少し見回してから、ヴィクトルの方を向くことなく、しかし少し後ろからヴィクトルの耳元に口を近づけ囁いた。
「はい。同感です。」
見学が始まる前に行われた説明では、中継ステーション内のセキュリティー体制の基本は、一チームあたり、人間の警備員一人に対しネウロノイド一体、アンドロイド三体以上で構成されているとされていた。
実際、ターミナルまでの間は等間隔とまではいかないまでも、人工人体数体に一人の人間が一チームとなって、それぞれレーザー銃を携えた状態で、整然と業務についている様子があちこちに見えていた。たまにちょっとした雑談をしているグループもあり、和やかさも感じられていた。
しかし、第一プラットフォームに続くコンコースに入ってから、様子が一変した。人の警備員の姿が消え、ネウロノイドもほとんど見かけなくなり、その代わりコンコース内に散らばる形でアンドロイドが配置されて立っていた。レーザー銃を両手で抱えている状態のせいか,警備というよりも、こちらの様子を監視しているようにさえ見えるほど、威圧的な空気を醸し出していた。
「わかるか?」
「散らばってますね。」
「ああ…他には?」
「無人です。」
「…その通り…」
アンドロイドに会話内容を悟られにくくするために,二人は簡単な単語だけでやり取りをした。他の候補生たちは和やかに会話をしながら移動する中,二人は顔を向けることなく,視線だけ動かして,周囲の様子を確認しながら情報収集に努めた。
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