【短いおはなし】3月11日は「いのちの日」

冷たい

あの日の夏は台所までかけていった 短い廊下をとにかく走ってね ゴールは冷凍庫の取っ手よ そこから出したのは氷菓

まとわりつくねちっこい感覚が離れるような冷たさに夏であることをほんの5秒忘れたね でもセミはまるで永遠のいのちのように生も命も撒き散らし鳴く 夏の暑さは体中の濃度を更に上げていくようで暑くて暑くて汗がしたたる ぬぐってもぬぐってもしたたる 汗

ぴたっとはりついたのは前髪 夢中でほおばるあなたの前髪をそっと左右にわける 赤いおでこに触れたわたしの手にはあなたの破裂しそうな体温と命の気配

うーん うん ううん おいしい 4つのことばでわたしの質問にこたえるあなた とけたソーダは地面に落ちゆっくりと地球のもの

わたしの汗ばんだ手があなたの汗ばんだ手をにぎる あぁ大丈夫 こんなにも生きている


冷たい

あっという間にかけていってしまった 短い人生を一生懸命に走って ゴールを過ぎてもまだ走る そこから見えるのは何ですか?

この現実の感覚が離れていきそうで 今を1秒たりとも忘れるわけにはいきません この部屋は決して永遠ではない生命と圧倒的な死が静かに対面する場 生きるものの特権か ただただ泣く それがこの部屋の死の濃度を更に上げていくようで悲しくて悲しくて涙がしたたる ぬぐってもぬぐってもしたたる 涙

ぴたっとはりつき覗き込むその顔 震える手であなたの前髪もそっととかす 白いおでこに触れた私の手にはあなたの冷たい体温と死そのもの

ありがとう さようなら ごめんなさい 愛してます 4つのことばすら今はもう伝える事はできません 流した涙は誰のもの

私の汗ばんだ手があなたの冷たい手をにぎる 「あぁ大丈夫、おばあちゃん私大丈夫。こんなにも生きている」 そう言える日が来るのだろうか

3月11日は「いのちの日」






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