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〖短編小説〗11月25日は「金型の日」

この短編は685文字、約1分40秒で読めます。

わたしが恋をした相手は、同じ職場にいます。その方とはまぁ、一緒に働いていると言ってよいと思います。工場内は大変広いのですが、彼女の顔を見られただけで幸せな気持ちになります。

正直、話したことはありません。話しかけようとも思いません。わたしなんかが話しかけても無駄ですし、意味もありません。そっと遠くからでもその美しい顔が見られれば満足なのです。

同僚にはこの気持ちを打ち明けたことはありません。恥ずかしさも、もちろんありますが、なにより周りに心配や迷惑をかけるのではないかと、気が気でないからです。

さぁ、今日もこの至福の時間がやってきました。向こうから大きな金型がラインにそって流れてきて、材料の元となる高密度シリコンが金型に流し込まれます。そして強制乾燥を行い、金型から出た姿のなんと美しいこと。

そうです、ここアンドロイド生産工場では、ヒト型アンドロイドの主に顔部分のパーツを作成しています。そして、金型どおりにシリコンのアンドロイドの顔ができるというわけです。

しかし、勘違いしてほしくないのは、私が焦がれてやまないのは、完成したシリコンの顔なんかではありません。金型そのものの顔なのです。

近年では技術が進み、アンドロイドも大変表情豊かになりました。そこらへんの不愛想な人間より、よっぽど愛想がよく表情豊かです。しかし、なにかそこに私は不気味さを感じます。あの金属の無表情さこそに生命を感じるのです。まったく、冷たい金属の金型に生命を感じるなど、どうかしていますね。

私は明日も明後日も、あなたを見ながら、あなたの出来損ないのコピーを作り続けます。

11月25日は「金型の日」

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