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〖短編小説〗2月3日は「大豆の日」

この短編は1503文字、約4分で読めます。あなたの4分を頂ければ幸いです。

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いつものように、電車の一番後ろの車両の2番ドアから乗って、いつものようにガラガラの車内のすぐ右側の一番端の席に座る。今日のメンバーは、ふむふむ。いつもと変わらず、サラリーマンのおじさん(いつもスマホをいじっている)と、サラリーマンっぽくないおじさん(職業不明)がいる。

そして、僕の最大のお目当ては、向いの席の目の前。一番端に鎮座しておられる、その子だ。あぁ、なんと表現していいか分からない、あの黒く美しいサラサラの髪。セーラー服はまるで彼女の為にデザインされたものなの?と思うほど彼女にピッタリだ。いつもうつむき加減で、文庫本を読む姿は、まさに令和に現れた奇跡!きっと、赤毛のアンなどを読んでいるのでしょう。想像だけど。

僕の毎朝の通学の何よりの楽しみは、彼女のことをそっと見ること。なんだか見ると書くと、非常にいやらしい感じがするので拝見する、もしくは仏像と同じような感覚で拝顔すると言った方が正確だ。仏像はいくら、じろじろ見ても誰からも怒られないでしょ?そうでしょ?
そんな彼女は、僕が乗る駅よりも前の駅から、ご乗車あそばしているようで、僕が電車に乗るときは、いつも席に座り、おまつげがくるんとした、目を伏し目がちにして、文庫本を熱心に読んでいる。

しかし、残念ながら彼女が何の本を読んでいるのかが分からない。いつもカバーがかかっているからだ。ただし、本屋さんで付けてくれる紙のカバーではなくて、チェックの柄の可愛らしい布のカバーなのだ。あー気になる何の本を読んでいるのか気になる!!

もしも、なんの本を読んでいるのか知ることが出来たら…

「あら、お嬢さん赤毛のアンを読んでいるのですか?」

「えっ、はい…」

「奇遇ですね、実は僕もなんですよ」

「まぁ!こんな偶然あるのかしら」

「良かったら、アンについて少し語らいませんか?」

「(羨望のまなざし)…はいっ」

なーんてことになるんだけどなー。しかし話しかける勇気など、とてもないし、僕は彼女を、にやにやがバレないように、自分も本を読むふりをしながら見るしかないのだ。

ところがどっこい、今日は様子が違った。彼女がおもむろに本を閉じたかと思うと、ふーと息をはきその瞬間、目の前の僕と一瞬目線が合いそうになり、僕はすぐ本を読むふりをした。そして、また様子を伺うとなんと彼女が文庫本のカバーを外し始めたではないか!

おぉ!神よ。これは千載一遇のチャンス!彼女がカバーを外す一瞬のすきを見逃さずに、読んでいる本のタイトルをチェック!その瞬間にAmazonで同じ本を注文して、彼女と接点をもつ完璧な作戦。

さぁ、さぁ、見える!もう少しで見えるぞ。あせるな、勝負は一瞬で決まるぞ。このチャンスを逃したら次はいつこんなチャンスがあるか分からない。

おっ!見えた、表紙が見えて…あ、一文字目が見えたぞ!

はじめの一文字は…『赤』

うおーー!まさかの、赤毛のアンの可能性あるー!よっしゃーこれは、奇跡が起こるかもしれないぞ。あんなに清楚で素敵な彼女はやっぱり赤毛のアンを読んでいるんだ。

次に見えたのは…『アン』キターーーーーー!

はい、赤毛のアン確定でーす。ありがとうございまーす。なんならもうAmazonでポチっちゃおうかなー。まぁ落ち着け落ち着け。ここは確実にいこうではないか。はやる気持ちを抑えて、彼女の手元を再び凝視した。

そして、ついについに彼女は文庫本についていた、カバーをすべて外して、愛おしそうに表紙のタイトルと絵を、綺麗な細い指でなぞったのでした。

ちゃんから大人まで、誰でもわかる!今までの悩みや疑問にも親切丁寧にアンサー! これ一冊で解決! 大豆のすべて~歴史からその夢の先~』

2月3日は「大豆の日」


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