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【短いおはなし】3月2日は「ミニーマウスの日」

その一際、背の小さな女の子は、オーバーサイズのミニーマウスのパーカーを着こなしていた。

着こなすなんて、はじめて使う言葉だが、そんなはじめての言葉を躊躇なくボクから引き出す力があるくらい、素晴らしい着こなしだった。

ミニーと彼女は昔からの古い友人のように初恋の相手のことも話しましたけど的な雰囲気があった。しかしパーカーの表面に恋人のミッキーマウスの存在を確認することはできなかったが、それでもまつ毛を一際強調させたミニーマウスは、振り向きざまに、そんなことは関係ないから可愛いものと美味しいものをたくさんちょうだいと言っているようで、彼女のほぼ平らな愚痴を言わない胸のふくらみとは真逆の天真爛漫という最強ワードを盾にした押しの強さを感じた。

この押しの強さは、大阪のおばちゃん的なことなのかとも思った。ボクは飴ちゃんをたくさんもらったし、実際にもらう時には、もう一生取れませんと完全に諦めて肉に食い込んでいる金色の指輪が、必要以上にボクの手を握り飴ちゃんを渡すおばちゃんの手に輝いていたのは、飴ちゃんのチープさとあまりにかけ離れていて、飴ちゃんじゃなくてお前のその金の指輪をよこせと冗談の一つもいいたくなった。

もしかしたらパーカーの背中側でプルートでも散歩しているミッキーマウスがいるのかもしれないが、壁際に背中をもたれているので確認するのは至難の業だった。

この狭くてうるさい店内は、若者をノリノリにするために考えられた、ノリノリソングで満ちている。あまりボクはノリノリソングのことに詳しくないから分からない。
ノリノリソングに乗り、腰をクネクネさせるのが、この部族のルールらしく、一緒に来た友達に薦められて、クネクネを見よう見まねでやってみる。郷に入っては郷に従えとウルルン滞在記でも言っていたのを思い出す。
そんなボクの自称ノリノリなクネクネは、残念ながら部族の輪の中には入れてもらえずに、クネクネにはまだ恥ずかしさがあり、これを捨てない限りは部族の仲間にはなれないと自分で悟った。

恥ずかしさとは、誰に向かったまたは向けられた恥ずかしさだろう。こんな暗い店で、顔も名前も住所も電話番号もマイナンバーカードの番号もスリーサイズも靴のサイズも身長も体重もありとあらゆる情報を必要以上に抱えた人しかいないはずなのに、誰のどの情報も関係ないごった煮のこの場所で、実は恥ずかしさもへったくれもなかった。

そこにあるのは、いかにこの空間の部族の一員としてのふさわしい、恰好であったり、踊りであったり、立ち居振る舞いが恥ずかしさという概念を意図的に頭を強く打って忘却させた状態で綿密に実行できるかという事だけだった。

見ているうちに彼女は、いいや、彼女のミニーマウスはこの空間では異質である気がしてきた。何度も言うが、とてもよく似合ってはいる。しかし、この場の特殊な磁場に反応して良くない方向にミニーマウスが作用している気がする。 

クネクネを当に諦めたボクは、彼女の近くにソロソロと移動し、そっと盗み見ていた。
盗み見るのは簡単なことで、この空間はいやらしさの視線がほぼ9割を占めている。いやらしい目線だけの戦争があったならば、我が軍は圧倒的ないやらしさ光線で敵を蹂躙せしめることが出来たはずだ。ただ残念なのはビームがまだまだ開発途中のようで、いまだにいやらしくない、硬い大きなミサイルなんかを飛ばしている。

ミニーマウスは一人、壁際で何かを飲んでいた。高くて黒い足が一本の細いテーブルは、ミニーマウス以外の人間がそばに立って、好きな飲み物を素敵なグラスで飲むには申し分ないサイズ感だったが、ミニーマウスが使うには背が高すぎた。これが素敵な彼だと話は別だ。理想の身長差は30センチ。横に並ぶと彼を見上げる形がいいのなんて言うが、残念ながらやつは一本足で寡黙な上に動かない。
さて何を飲んでいるのかここからは判断がつかなかったが、小さな体に少し腕まくりしたミニーマウスのパーカーからのぞく細い腕は、大きなグラスのその飲み物の重さに耐えられるのか心配になるほどだった。数センチ浮かせては、グラスに顔の方を近づけて飲むその独特なスタイルは、彼女が長年修行して会得した技なのだろう。小鳥が砂糖水をついばむようにして飲むその姿を、なんとかボクはいやらしい視線たちをかいくぐりながら見ていた。

「そろそろでる?」

一緒に来た友達が声をかけてくれた。
ボクは大変申し訳ないことに、彼の言葉を無視してしまいたくなった。なぜなら今はミニーマウスに夢中で、帰るとか帰らないとか言うことはどうでも良いことだった。
もっと言うと「空気吸うのやめる?」と言われ、やめねーよ死ぬだろバカどうでもいいよと答えるのに近かった。
音楽で聞こえなかったのかと心配した彼はさらにボクの耳のもとで「帰る?」と言ってきた。

その瞬間ディズニーの魔法がとけたように現実に戻ったボクは、彼を見た。
「うん?なに?」
「いや、だから…」

彼からの目線を少し迷って素直に外して、もう一度夢の世界に行けないかと、彼女のほうを見たがそこにはもう彼女はいなかった。彼女の身長に合わせて気を使い、若干低くなった気がするあの黒い一本足のテーブルがぽつんとあり、水滴で濡れた飲み物だったものを乗せる役割を果たしているだけだった。

結局彼女の背後にはミッキーマウスがいたのかは残念ながら確認できなかった。

3月2日は「ミニーマウスの日」


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