【超ショート】サイレント・シティ
気がつくといっさいの音がありませんでした。
この街には仕事で初めてやってきたのですが、私を降ろしたバスが無音で走り去っていくのを見て、なんだかおかしいぞということに気がついたのです。
鞄を落としても犬が吠えても、本来聞こえてくるはずの音がしません。そんなものは初めからなかったかのように存在のわずかばかりの痕跡も耳にすることができませんでした。
街では車が走り、おっちょこちょいなウェイターが皿を割るような、いたって普通の日常が広がっています。
音だけが消失しているのです。
ベンチで休んでいるご老人に話しかけようとして困りました。
声が出ないのです。
あたふたとする私を見てご老人は慣れた手つきで紙とペンを取り出すと、なにやら書きつけています。
「この街は初めてですか?」
細くて静かな字です。
私はうなずいて、紙とペンを受け取りました。
「なぜ音がしないのでしょうか?」
「この街ではすべての音が耳に届くまでにあらゆるものに吸収されてしまうのです」
人見知りの私にとってはこの静けさが心地よくありました。
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