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【忌憚幻想譚11話】怪盗#【ホラー短編集

 ――ねぇ怪盗#って知ってる?

 ――知ってる! SNSで願い事を書いて#怪盗って付けると叶えてくれるっていう都市伝説でしょう?

 ――そう。友達の友達が、それで意中の人の心、盗んでもらったんだってー!

 ――えーっ、本当に~?

 キラキラした女の子たちがきゃっきゃと会話をしている。

 あんな話題で盛り上がったのは、いつが最後だろ。

 ……遠い昔みたいに感じてしまう。

 濃紺のリクルートスーツに身を包んだ私は、面接会場への地図を携帯に表示しながら、都会の喧騒に流されていた。

 ――怪盗#……ね。

 もう少しで会場だ。

 顔を上げれば、案内の看板を抱えたスタッフさんと目が合った。

 私は地図を消してアプリを開き、自嘲の笑みを浮かべる。

 ――もう何カ所も受けたのに……一個も内定がもらえない。盗めるものなら盗みたいよ――。

 そもそも人との会話は苦手だ。

 相手が知らない人ならなおさらで、一生懸命震えながら話す私を、面接官たちはきっと笑っているだろう。

 ……わかってるよ。本当はそんなことないのはわかっているの。

 でも落ちるたびにそう思って……それを思い出すと涙が出そうになった。

 友達……と言えるような間柄の子たちは皆、とっくに就職場所を決めて準備に取り掛かっている。

 この世界に、私はひとり、取り残されているんだ。


『内定がほしい #怪盗


 震える指先で打ち込んだ呟きを、そっと電子の海に流す。

 誰も私を認めてくれない、誰も私に気付いてくれない。

 そんな気がして心細かったから……なにかに縋りたかったのかも。

 こんなことしても、なににもならない。

 私は誰にもなれない。

 そんなこと、わかっているのにね。

 ピロッ

 瞬間、私はびくりと身を竦めた。

 いまのは……久しく聞いていない、コメントがついたときの音だった。

 そっと画面を見ると、そこには。

『盗んでみせよう、君が望むまま 怪盗#』

 ……当然知らない人だ。しかも『怪盗#』と名前が付いている。

 ――馬鹿みたい。こんなことに乗っかってくるなんて。

 私はそれでも、反応があったことに胸がいっぱいになった。

 誰かが、私を見つけてくれた気がした。

 私はここにいるよって叫んでいたら、不意に優しく名前を呼ばれたような気がしたの。

 思わずふふ、と笑って、ぽとんとこぼれてきた涙を慌てて拭う。

 ……本当は、逃げ出したかったんだ。今日の面接も。

 つらくてたまらなかったんだ。

 どうして私はこんな出来損ないなんだろうって。

 なにをやっても、きらきらした彼女や彼らみたいにはなれなくて。

 自分のことが大嫌いでたまらなかった。

 でも、せっかくだから。このひとが私を見つけてくれたから。

 怪盗#って都市伝説に乗ってみよう――そう思えた。

『ありがとう、少しだけ元気が出ました。頑張ってきます』

 返事をして携帯をしまい、右足をゆっくり踏み出す。

 磨いた靴は艶々していて、真新しいシャツは太陽の光でさぞや白く見えることだろうと思った。

 面接会場は既に目の前で、似たような格好の人々が次々と吸い込まれていく。

 あの人たちも、私と同じなのかもしれない。

 なら、一緒に頑張ってみよう。

 ――彼女の鞄の中、小さく震えた携帯には、コメントが表示されていた。

『君のつらさはいただいた。さあ、行きたまえ。君はひとりではない。怪盗#』

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